第97話 偽島とクロード

「……この気配……確かに忘れもしない、あの年増アルテマのものだ。……しかしあの姿はいったいどういうことだ……?」


 偽島組のプレハブの中で、双眼鏡を構えた男が二人。


 一人は偽島組営業課長、偽島誠。

 そしてもう一人は金髪長耳の美男子、聖騎士クロード。


 先日アルテマの気配を追って、ここ偽島組のプレハブにたどり着いたクロード。詳しい話を聞こうとしたはいいが、停めっぱなしのトラックをどかせと、警官に連れて行かれてやむなし出直すことにした。

 急ぎ運転して東京本社に戻り、上司に辞表を叩きつけ、今日またあらためてここに戻ってきたのだった。


 ここの責任者だという偽島にアルテマのことを尋ねると、たしかにそう言う名前の者は知っていると答えた。しかしクロードが尋ねたような熟女ではなく、巫女服を着た小さな少女だという。

 ただ、そいつがおかしな術を使うので困っていると聞いたクロードは、やはりあのアルテマに違いないと確信し建屋の中から様子を探っているというわけである。


 川を挟んだ対岸の集落。

 蹄沢集落というらしいが、その中央に見える一見の家屋。

 そこの玄関で数人の老人たちと話をしている一人の少女がいた。

 レンズに映るその巫女服の子供は、たしかに偽島たちの言う通りあのアルテマとはまるで違う存在に見える。

 しかし、彼女から感じる気配――――魔力は紛れもなくアルテマのものだった。


 クロードは魔術に長けるとされているエルフ族。しかもその中で特に魔法属性が高いとされているハイエルフである。

 魔力の波紋を識別し、人を見分けるなど造作もない。


「ふん……小賢しき帝国の暗黒騎士よ。おおかた、惑わしの魔法でも使って姿を変えているのだろうが、他の者は騙せてもこの聖騎士クロードの目は騙せはせんぞ!!」


 やはりあれはアルテマだ。

 この世界に落ちはしたが、それでもやはり生きていたか。

 クロードは15年ぶりに見つけ出した宿敵を睨み、不敵に口を歪ませた。


「おい、お前……九郎、と言いましたか?」


 ふっふっふ、と低い笑い声を上げている怪しい青年に、隣で同じ景色を見ていた偽島が訝しげな目線を向ける。


「クロード、だ。……なんだ?」

「目上の者にずいぶんと偉そうな口をききますね……これだから最近の20代は……いや、それよりもあんな幼子を双眼鏡で覗き見て、その笑い声はさすがに怪しすぎますよ……? あの少女を追ってきたと言っていましたが……まさか変質者ではあるりませんよね?」

「ば、へ、変質者だと、この俺が!?? 無礼な!! 俺は栄えある聖王国の聖騎士にして名門ハンネマン家の――――」

「三男だというのでしょう? 先程聞きましたよ。それも含めて変質者だといっているのです。あの少女はたしかに私の宿敵的存在で、忌まわしい者ですが、それとこれとはいささか混同できませんよ。彼女に非道な悪戯を企んでいるというのなら、いますぐ警察を呼んで――――」


 偽島には小さな娘がいた。

 歳は今年で十一歳になる。あの娘巫女と同年代。

 だからというわけではないが、その年頃の娘に非道得なことを企む輩を放ってはおけない。まさにソレとコレとは別問題である。


 クロードは妙な誤解をするんじゃないと目をつり上げた。


「だぁれが非道な悪戯を企んでるんだ!! 俺はそんなんじゃない!! どっちかというと熟女好き――いやいや、とにかくそんな目では見ていない!! 変な誤解をするな――――っていま貴様あの女のことを宿敵と言ったか!??」

「ええ……いろいろありましてね。……あのおかしな術を使う巫女のおかげで私たちは工事に入れなくて困っているんですよ」

「そうか……ならば俺たちは同じ敵を抱く同士と言うことだな!!」


 クロードは嬉しそうに偽島の肩に手を回すと、お互いの事情を語り合おうと協力の握手を求めた。





「……なるほど……アモンという名の炎の術か……ふっふふふふ……それはトリックなどではない、帝国軍お得意の攻撃火炎魔法よ」

「異世界……ラゼルハイジャン? あの巫女娘……そしてあなたも異世界の住人ですと……?」


 信じられないと言った表情で親指の爪を噛む偽島。

 目を虚空に泳がせ、聞かされた荒唐無稽な話を、それでもなんとか飲み込もうとグルグルと思考を回す。

 異世界転移に魔法など、普通に考えれば一笑に付すか、重度の中二病だと精神科医にでも引き渡してやるところだが……しかし、信じられないことに、


 偽島はツと視線を落とす。

 そしてクロードの手から浮かび上がる、謎の光の玉を見て脂汗を流した。


 説明によるとこの光は男がかつていた国、聖王国ファスナに伝わる神聖攻撃魔法だという。

 ガラスにぽっかり空いた穴を見つめる。

 先程、本物だとの証明に、この光をガラスに付けてみせたのだ。

 するとガラスはまるで炙った飴のようにグニャリと溶けて、そして消えて無くなった。


「……これは、我が秘術『ラグエル』。自然にあらざるもの、神の作った道に外れるものはみなこの光に触れた途端、無に帰る」


 つまり人工物は全て消し去ってしまうという魔法らしいが……しかしいまはその威力よりも、それが種も仕掛けも何もない、まごうことなき神秘の魔法だという事実の方が重要だ。


 偽島はガラガラ崩れ去る己の中の常識を拾おうとはしなかった。

 事実から目をそらして俗識に浸りこむのは愚か者のすることだ。


 この男の言っていることが本当なのはわかった。

 あの巫女が使ったおかしな術の正体もわかった。

 そして、奴らを黙らせるのにこの男の協力が絶対必要だということも理解した。

 

 いまだ馬鹿馬鹿しいと思う気持ちは消えないが、しかし状況が追い詰められているのも事実。ここは深く考えている場合ではない。


「わかりました……九郎くん。あなたはあの巫女を始末したい。私たちは邪魔されず工事を進めたい。利害は綺麗に一致します。……協力して頂けますか?」


「クロード、だ。もちろんだとも。ともに協力してあの女を打ち倒そうぞ!!」


 二人は互いの目的のため、利益のため、あらためて握手を交わすのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る