第70話 アニオタの乱②

「あ……あんな物で……まさかあの馬鹿アニオタをおびき寄せるつもりじゃないだろうな……?」


 呆れきった六段が、苦い表情で聞いてくる。

 ぬか娘はリールをゆっくりと巻き、ときおり竿をピクつかせ絶妙な振動をパンツに与えつつ、


「その通りで~~す。アニメの女の子しか興味ないアニオタにとって、この異世界おパンツは夢の2・5次元パンツだからね、きっと釣れると思うの」

「いや……そんなことせんでも二、三発どついて正気に戻せばいいだろうが」


 腕をまくりながらゲンコツを握りしめる六段だが、そんな爺にチッチッチと舌を鳴らすぬか娘。


「甘いよ六段さん。あの状態になったアニオタに不用意に近づくと……二次元美少女に勘違いされて思いっきり抱きつかれたあげく顔中舐め回されて吸い付かれるんだから。……それでもいいって言うんなら止めないけど?」

「……いや、遠慮しとく」


 その光景を想像して吐きそうになる六段。


 実は昨日の晩、暴走を止めようと不用意に近づいてしまったぬか娘はその餌食になっていた。

 唇だけは死守し膝蹴りと肘鉄を駆使して何とか脱出したが、モジョが餌食になるといけないと、階段にバリケードを設置し自分は体育倉庫で一晩を明かしたとのこと。


 六段の影に隠れつつ、同じく廊下の様子を見ているアルテマ。

 さっき見たヨウツベの顔に出来たキスマーク……あれはそういう意味だったのかと顔を見合わせ血の気を引かせる。

 再び廊下の闇に消えていったヨウツベの背中に成仏せよと念を送る。


「……で、釣ってその後はどうするのだ?」

「パンツの尊さで目を覚ましてくれたらそれで良しだけど、ダメならそのまま引っ張って、あそこに作っておいた落とし穴に落っことすわ」


 言って校庭の真ん中を指差すぬか娘。

 よく見てみるとその辺りに不自然に枯れ草を集めた箇所が……。

 ちゃっかりあんな物まで準備しているとは……昨日はよほど怖い目にあったのだなと二人は彼女に同情の視線を向けた。


「しかし穴に落としたところで……」

「お腹が減って動けなくなるまで待って、それから水をかけるなり、棒で突くなりしてどうにかこうにか正気に戻すといいと思うの。とにかくいまはアニオタの動きを止めることが先決だと思う」

「……まるで猛獣でも狩るみたいだな……」


 アルテマが苦笑いすると、


「うぐるるるるるるる……」


 その猛獣の唸りが廊下の奥から聞こえてきた。


「ぬ……現れたぞ」


 緊張した面持ちでそれを出迎える六段。

 闇から四つん這いで現れたアニオタは、さっきまでの奇声は上げておらず代わりにに野太い唸り声を上げている。その口からはヨダレがボタボタと滴り、目は真っ赤に血走っていた。

 彼は唸りながらゆっくりとこちらに這いずって来ると、


 ――――くんかくんか……くんかくんか。


 鼻をせわしなく動かし、何かを探しているようだった。

 何かとは、言うに及ばず。


「よ~~しよしよし……よ~~しよしよしこいこいこいこい!!」


 ぬか娘は小刻みに竿を震わすと、異世界渡来の美少女パンツをまるで生きているかのように挑発的に操りだした。


「うぐるるるるる……ん……?」


 動きが増したパンツから、そのかぐわしい香りが溢れ出し、そよそよとアニオタの鼻孔を刺激する。

 途端に彼の意識が少しだけ戻ってきた。


「ぐぅぅぅぅぅんが……ん……ん!? んん?? こ、こ、こ、ここここのかほりは……!? ま、ま、ま、まさか……!???」


 香りがそよぐその方向へカッと視線を向けてみると、そこには宙をひょこひょこと、おいでおいでをするように踊る一枚のおぱんてい。

 それを見たアニオタは、


「猫耳美少女の脱ぎたてパンツーーーーーーーーっ!!??」


 瞬時にそれを見極めると、閃光のごとく速さで飛びついてきた!!


「かかったっ!!」


 食いつくと同時に竿を思いっきり引っ張り上げるぬか娘。

 いや、やっぱり釣り上げる意味はあるのかと、アルテマは思ってしまったが、その場のノリと言うものもある。

 ともかく、これで正気を戻してくれればいいが……?


「ぬお~~~~ぃ!! こ、これは……どこかで熟成されたでござるか!? 甘酸っぱくもしょっぱい香りがより濃く濃厚に、しかし決してクドくなく鼻通りマイルドに仕上がって絶品なおぱんていになっておるでござる!!」


 捕まえた異世界パンツを抱きしめ頬ずり、くんかくんかしまくるアニオタ。


「アニオタ、正気に戻ったのね!? よかった!! お願い、私たちの話を聞いて!!」


 竿を引っ張り続けながら会話を試みるぬか娘。


 ――――正気とは????


 とてもそうには思えない台詞を聞いたばかりのアルテマだが、しかしそれがアニオタの平常運転なのだとしたらパンツ効果はあったということだろう。


 し、しかし……なんなんだこの馬鹿馬鹿しい展開は……? 

 深く呆れながら額を抑えるアルテマ。


 まあ、なんでもいいや。

 とにかく早く薬を手配出来さえすれば……と割り切り、しばしの悶絶の後、頑張って気を取り直した。

 しかし、正気に戻ったかと思われたアニオタだが、


「むおーーーーーーーーーーっ!! 引っ張るなでござる!! こ、こ、こ、このおぱんていは誰にも渡さんでござる!! ぼ、ぼ、ぼ、僕のお嫁はもう僕のモノでござる!! 異世界ダイブ、ビバ猫耳美少女でござるーーーーーーーーっ!!」


 絶叫すると、針に結ばれた極太釣り糸を噛みちぎる。

 そして嫁指定パンツを頭にかぶると、


「どり~~む、おんざ、どり~~む。僕はいま世界最強の存在へと昇華し申した!! 今宵さらなる同化を求め、妾は旅立つ!! ではおさらばでござる!! 神秘の香りと酒池肉林の宴~~~~♪」


 謎の言葉を残し。

 ――――ガシャンッ!!


 と、廊下の窓を突き破って外へ出てしまう。


 どすどすどすどす。

 そしてそのまま肥満体の肉を揺らしてどこかへ消えてしまった。


 しばし呆然とそれを見送る三人。

 やがてアルテマがハッと目を覚まし、


「ば、馬鹿者!! 早く追いかけるぞ!!」


 二人の尻を引っ叩いた。

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