第49話 魑魅魍魎

「ううう……困った困った」


 空はすっかり夜になり、元一たちもとっくに薬局から帰ってきていた。

 お目当ての薬は少量ながら思っていたものが手に入り、後はそれをサンプルとして帝国に送るだけなのだが、肝心のアルテマの魔力がまだそこまで回復していなかったのだ。


 昼の間に、ぬか娘の粗大ご―――もとい、お宝からかなりの魔素を吸収したので開門揖盗デモン・ザ・ホール を唱えるだけならば、何とか出来そうなのだが、少量とはいえ大袋三つ分の薬剤を転送できるかと言えば自信がない。


 というのも、この薬の価値がどの程度のものなのか検討がつかないからだ。

 前回の水は、帝国の金塊と交換して、大体こちらの貨幣で1万円くらいの金が送られてきたという。

 薬局に行くついでに鑑定してもらった元一が『多すぎる』と驚いていた。

 なぜならこちらの価値相場で言うと、送った水の料金は800円程度だったらしいのだ。

 こちらの世界の水の相場の安さにも驚いたが、それよりも気になったのはレートのズレのほうであった。


 800円の価値が1万円へと変化した。


 国の窮地を救ってくれた物資が1万円程度などとは破格の値段もいいところなのだが、問題はその価値の差。

 開門揖盗デモン・ザ・ホール はその呪文の意志が独立し、交換物資の相場は独自で勝手に決めてしまう。


 だから、今回のこの薬の山も一体どの程度の等価を求められるのか……。

 買ってきた薬の値段はこちらの世界で5万円くらいと言っていたが、しかし帝国からしてみれば今回も国の命運が掛かっていると言ってもいいほどの貴重な物資。800が1万になったのだとすれば……ひのふの……いやいや、こんな単純計算などアテにはならない。

 とにかく、水を送った時と同等以上の魔素をため込んでおかなければならないのだけは確かだろう。

 それでアルテマは悩んでいるのだ。


「……まぁとにかく飲兵衛に連絡して、また適当な悪魔憑きを呼んでもらうしかない……」


 元一に電話をかけてもらい。

 とりあえず今日はもう寝なさいと節子にせっつかれ、アルテマは渋々布団に入るのだった。





 翌朝――――。


 起きて飲兵衛の家まで来てみると大変な事になっていた。

 ワイワイガヤガヤ、家の前に爺婆ジジババの集団が押し寄せていたのだ。


「……な、な、な、何だこれは!??」


 とりあえず麦わら帽子を目深にかぶり、近くの茂みに身を隠すアルテマ。

 そ~~~~っと顔を出して見てみると、顔の知らない老人たちが口々に『ワシも治してくれ』『ここが痛い、あそこが苦しい』と呻きながら蠢いていた。


「ちょ……ちょっと待ってや!! わかった、わかったから、順番に並べぇやっ!!」


 そんな魑魅魍魎どもに押し寄せられながら飲兵衛が心底困った顔をして玄関先で頭を抱えている。


「……え~~~~……と、これはまさか……」


 何となく察しがついて冷や汗を浮かべるアルテマに、


「お、おお!? アルテマやないか、こっちやこっち!! ちょっとこっちに来てくれんかっ!??」


 目が合った飲兵衛が助かったとばかりにアルテマに手を振った。

 帽子をしっかり押さえつつ、爺婆の間を縫って飲兵衛の元へと這っていくアルテマ。


「お……おい、これはまさか昨日の……?」

「そうや、マチコ婆さんが村で言いふらしおったんじゃ。したら老人連中がワシもワシもと朝から詰めかけて来おってもう大わらわや、堪らんぞこりゃ!?」


 びっくりするくらいに腰が治ったマチコ婆さん。

 アルテマと悪魔祓いの存在は伏せて、あくまで飲兵衛の治療の奇跡と言うことにしたのだが、そのおかげで飲兵衛はすっかり名医認定されてしまい、この有様というわけである。


「ワシも腰がいたいんじゃぁぁぁぁ、マチコ婆さんみたいに治しておくれや~~」

「ワシは足じゃぁ、もう腿があがらんのじゃぁぁぁぁ~~……」

「昨日のはたまたまや!! たまたま治ってしまっただけなんやで!! お前らちょ……落ち着けやって痛たたた、引っ張んなや!! わかった、わかったから!!」

「取り込み中のようだ。私はまた出直すとしよう」


 見なかったことにして、そそくさと帰ろうとするアルテマに、


「待てぇや、魔素を取りに来たんちゃうんかい!? ほれ、よりどりみどりやないかい!! どれでも持っていけやっ!!」


 言って襟首を離さない飲兵衛。


「ば、馬鹿者っ!! よりどりみどり過ぎるわ!! こんなもの一斉に悪魔祓いしてみろ、辺り一面悪魔だらけになってしまうぞ!!」

「そこはだから上手いことやってやなぁ、とにかくこのままじゃ事が収まらへんのや!!」

「じゃあどうするというのだ!!」


 飲兵衛は「ちょっと待て」と、必死に知恵を巡らす。

 そして何かを思い付いたように手を打つと、


「……ワシに妙案がある。とにかく家ん中に入って待っていてくれや」


 と言って、アルテマを家に押し込み、村の有線電話を手に取った。




 そして待つこと小一時間。


「……なんだこれは」


 アルテマは可愛い巫女服に着替えさせられていた。


「うっひょーーーーっ!! アルテマちゃん、可愛い可愛い!!」


 ぬか娘が大喜びで嫌がるアルテマに頬ずりしている。


「……こんな服、なんで持っとるんじゃ??」


 それを呆れた顔で見ながら占いさんが呟く。


「……ぬか娘は可愛いものに目がないからな、可愛いものならなんでも持っている……そして巫女服は間違いなく可愛い……」


 朝一で呼び出された占いさんにぬか娘&モジョ。

 そして元一。

 占いさんとぬか娘は問題ないが、徹夜でゲームをしていたモジョは目が真っ赤で意識も朦朧としている。


「で、一体何を始めようというんじゃ」


 群がり蠢いていた患者たちを、なんとか一旦、座敷に押し込めてきた飲兵衛に占いさんが尋ねた。

 事情は概ね電話で聞いてはいるが、この騒ぎをどう収めるつもりなのか、そこはまるで検討がつかない。


 聞かれた飲兵衛は頭を掻き、みなに提案した。


「いやな、こうなったらもう開き直るしかない思てな。……どうやろう、ここは魔法のこと……バラしてみたらどうやろうか?」

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