第47話 卑劣な置き土産

『うむ。元一に節子と申すのか。我が近衛騎士アルテマを救い、匿ってくれているそうだな、重ねて深く礼を申そう』

「おお……あ、いや、とんでもありません。アルテマはワシらにとっても…………孫…………のような存在。この出会いにむしろ感謝しているくらいじゃ、あいや……ですじゃ」


 一通り日本側の紹介も終わり、それを興味深く聞いていたカイギネス皇帝。

 あらためて礼を言われた元一は、なんだかおかしな言葉遣いでうろたえ畏まった。

 皇帝陛下などと肩書を持つ人物と直接会話するなど、いままでの人生でももちろんなかったものだから、どう対応したらいいのかわからないのだ。

 それを察したカイギネスは周囲の側近たちの顔を確認し、目だけで意志交換すると軽く頷き、


『そんなに畏まらないで良いぞ。我は確かに皇帝ではあるが、それはこのラゼルハイジャンにおいての話。そちらには関係のないことじゃ。構わんから普通に接してくれ、我もその方が肩が凝らなくて楽だしな』


 と、玉座に座った足を崩し、無作法に組んでその上に頬杖をつく。


「そ……そうか……? それは、た、助かるが」


 ほんとに良いのかと、元一はアルテマに確認の目配せをする。


「陛下がそうおっしゃられるのであれば構わない。……もともと陛下は堅苦しいのが嫌いなお方だし、それにおっしゃられる通り、そなたらと我々は住む世界が違う。お互いの肩書など、この場においては無意味とのご判断なのだろう」

『うむ、その通りだ。皆も良いな?』


 カイギネスの声に側近たちはやれやれと言ったようすでそれぞれに頷く。

 どうやら、こういう展開も初めてではない様子だ。


『……この場において、という条件ならば同意します。ですが、民衆や、他の国の者がいるところでは皇帝陛下らしく振る舞って頂きますぞ?』


 高官の中の一人、いかにもな魔術師ローブを纏った老魔道士がそう釘を差す。


『わかっておるわ。……ま、そういうわけだからよろしくな元一。我のことはカイギネスと呼び捨てて構わんぞ?』


 と、嬉しそうに笑い、あらためて挨拶してくるカイギネス。


「お……おお……こちらこそ、よ……よろしくな、カイギネス」


 それはそれで、少しやり辛そうに元一は返事を返した。





『なるほどなるほど……やはりそちらの世界はこちらと比べ、かなり文化も文明も違うようだな』


 転移してからのこちらの生活や出来事を一通り説明したアルテマ。

 大まかな話はジルから聞いていたとはいえ、それでも実際の異世界人を目の前にしては信憑性が違う。

 カイギネスはアルテマが見せるタブレットなる奇妙な道具を見て大いに驚き、興味津々に唸った。


『その薄い板に……我が帝国図書館以上の書物が収まっているというのか? ……とてもじゃないが信じられんな……』

「私も最初はそうでしたが、これこの通り、書だけではなく活劇も見せてくれるのであります」


 そう言って動画サイトの、やってみた系バラエティーを開くアルテマ。

 それを見てざわつく異世界の住人たち。


『なるほどな……して、それは魔法ではなく科学という技術だと言ったな』

「はい。こちらの世界は魔素がかなり薄く、それ故、ラゼルハイジャンとは異なる文明に進化したと思われます」


 ラゼルハイジャンとは、異世界全体の総称である。


『そのようだな。その辺りアルテマは苦労しているようだな。……して、その悪魔憑きの話なのだがな』

「はい」

『そちらの世界では悪魔憑きではない者の治療――――『医学』に長けているというのは本当の話か?』

「本当でございます。私が負わされた切り傷もこれこの通り、綺麗に治っておりますし、腹を壊したときに飲んだ腹薬の効き目も素晴らしいものでありました」


 自信を持って説明するアルテマ。


「……腹なんかいつ壊したんや?」


 飲兵衛が聞くと、


「こっちの世界に来てすぐの頃じゃ。節子の料理がうまいうまいと毎日腹がはち切れんばかりに詰め込んどったからな。それでな」


 元一が説明する。


『ほお、腹薬か、それは興味深い』


 カイギネスと同じく、聞いていた高官たちもザワつく。


「……何かあったのですか?」


 おかしな雰囲気を感じ取りアルテマが聞くと、カイギネスは神妙に頷く。


『実はな、水源を取り返したのは良いのだが……聖王国のやつら、水門に呪術をかけて行きおったのよ』

「呪術を!? ……おのれ聖王国の連中め……どこまでも卑劣なことを!!」


 それを聞いて瞬時に事態を理解し、拳を握りしめ怒るアルテマ。


「……呪術とな? それは何じゃ?」


 そんなアルテマに占いさんが説明を求めてくる。


『呪術とは呪い魔法の一種です』


 それに答えたのはアルテマではなくジルの方だった。


「ほう……呪いか? どんな呪いじゃ?」

『今回使われたのは……そこに触れた物を腐食させる呪いです。それを水門の柱に刻まれてしまい、そこを通る水は全て腐食の水となってしまっているのです』

「……なんてことや。水の中毒は怖いんや……それじゃあ下手すりゃ死人も出とるんじゃないか!?」


 話を聞いて青ざめる飲兵衛。


『はい……。幸い呪いのレベルはそこまで高くはないので、飲んだ者全てが犠牲になっているわけではありませんが、幼子や、赤ん坊は……』


 暗い表情で頷くジル。


『……この呪いが恐ろしいのは、症状自体は魔法の類ではなく、自然の悪菌が原因と言うところなのです。ですから除霊や解呪では効果がありません……。せいぜいが回復魔法で抵抗力を高めるくらいしか対処が出来ないのですが、それにしても術者の頭数が足りなく、被害は徐々に広まっております。柱の解呪を急いでおりますが……これにはまだまだ時間がかかります』

「……なんてことや……そりゃ女子供にゃ堪らんで……」


 生活水に毒を混入する計略は、現世でも古くから使われている。

 そしてこの結果、どういう悲劇を起こすのかも歴史で学んでいる。

 飲兵衛は怒りの表情で膝を強く叩くと、


「よっしゃ、なら腹薬やな? とりあえずその腐食した水のサンプルを送ってくれや。ワシが確認して最適な解毒薬を送ってやるわい。ワシにまかせとけ!!」


 その言葉に、元一や他の者たちも大きく頷いた。

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