第29話 デモン・ザ・ホール

「魔神ヘケトへ命ずる。汝、その理力にてことわりを穿ち、我が知と覚をいざなれ――――開門揖盗デモン・ザ・ホール!!」


 皆の注目の中、アルテマは声高らかに呪文を唱えた。

 両手を天へと掲げ、魔力を放出する。

 銀色のまばゆい輝きが、柱となって空を突き抜けていく。


『おお~~~~~~~~っ!!』


 その幻想的な輝きに一同が歓声を上げる。


「さあ、帝国の術師よ、誰でもいい、応答してくれ!!」


 願いを込めてアルテマが祈る。

 その姿を複雑な表情で見つめる元一と節子。

 ――――そして、


 し~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ん…………。

 なにもおこらなかった。


『……………………………………………………………………………………。』


 少し気まずそうに静まる一同。

 掲げた両手を静かに下げて、アルテマはその場に四つん這いになった。


「あ、あの……アルテマちゃん? し、仕方ないよ、異世界だもん。呪文だってそりゃ届かないよ……やっぱり……ね?」


 失敗したんだねと悟って、ぬか娘が恐る恐るなぐさめて来るが、


「だぁ~~~~~~~~っ!!」


 アルテマは大の字にひっくり返り、大きく息を吐きだした。


「はぁはぁ……この体に、この大呪文は疲れる……!! コールするだけで魔素がごっそり持っていかれたぞ!!」


 息を切らせながらアルテマは汗だらけになって転がった。


「え? せ、成功したの!??」

「まだ、わからん。この呪文は……そうだな、こっちの世界の電話みたいな物で、まずは通信したい意思を相手に伝え、応答する意志のある者が呪文を折り返してくるのだ。そうして同時に唱えることによって双方繋がることが出来る」

「……おう、なるほど……ポリポリ、では後は反応が返ってくるのを待つばかりということか……? もぐもぐ」


 モジョが食事を進めながらぼんやり聞いてくる。


「その通りだ。この呪文が世界線を越えてなお使えるのであれば、きっと返事は返ってくるはずだ」


 祈るようにアルテマは唇を噛む。


「しかし、もしも本当に異世界に繋がったら、これはエライことですよ。コロンブスの大陸発見。ガガーリンの宇宙飛行以来の、いや、それを超える世紀の大事件になりますよ!!」


 興奮しながらヨウツベ。

 しかしそれ以外の皆は白けた顔で、


「……いまさら何を言っとる?」

「そうそう、アルテマちゃんが転移してきた時点で世紀の大事件でしょ?」

「しかしその事は世間には黙っておこうと皆で決めたはずじゃ。その事は忘れておるまいな?」

「あんた、ことあるごとにアルテマちゃんの姿撮ってるけど、まさか動画に上げてないでしょうね??」

「……そんなことしたら、アルテマは……謎の政府組織の研究材料に……ポリポリ」

「よし、ヨウツベよそこに座れ。ワシが引導を渡してやろう」


 元一が静かに殺気を発し、ヨウツベに向かって銃を構える。


「し、しししし、し、してませんって!! 撮ってるだけで、変な事はしてませんから!! これはあくまで記録用!! 将来の為の純粋なアルバムです。だっていつか帰ってしまったら寂しいじゃないですか、そうでしょう??」

「アルテマは帰らん!! ずっとここにおるわっ!!」


 子供みたいにムキになり、銃を下ろさない元一。


「いや、私は――――」


 どうにかして帰るつもりだ、と言おうとしたそのとき、


 ――――からからからから~~んっ!!


 喫茶店にあるカウベルのような音が頭上から響いてきた。

 皆が一斉に見上げると、そこには金色に光った半透明のベルが空に踊っていた。

 それを見たアルテマは、


「し、師匠……だ!!」


 歓喜に振るえて呟いた。


「師匠じゃと? おヌシのか!?」


 占いさんが聞いてくる。


「ああ、このベルの色はサアトル帝国暗黒神官長ジル・ザウザーの物だ!!」


 言うとアルテマは慌てて呪文を唱える。


「――――開門揖盗デモン・ザ・ホール!!」


 再び空へと伸びていく銀柱。


 ――――パァァァァァァァァァァッ!!!!

 激しく輝くと、次の瞬間――――、


「おぉぉおおぉっ!??」

「な、何だこれは!?」

「……ホ……ホログラム……?」


 アルテマの前には不思議な光の板が浮かび上がり、それはまるで宙に掲げられたスクリーンのよう。そしてその中には見慣れない風景が映し出されていた。


 それはどこかの石造りの部屋の中。

 部屋の四方にはいかにも異世界らしい装飾が施された燭台、机、魔法書があり、部屋の中央には一人の、若く、整った顔立ちの女性がアルテマを見つめて立っている。


 綺麗に後ろに結われた青髪に豪華な金糸の刺繍と宝石が散りばめられたローブ。浮いた石がはめ込まれている杖は、その者が高貴な魔法使いであると物語っていた。


「……この人が暗黒神官長にしてアルテマの師匠か?」

「にしては……若くないかの?」

「いや、見てあの耳!!」

「……長い。……あれはエルフか……エルフは長寿……」

「し、師匠……っ!! ジル師匠!!」


 感涙に咽びそうになりながらアルテマはその女性を呼ぶ。

 半透明に透けているその人物は、ワナワナと振るえながらアルテマを見つめ固まっていた。

 そして一言、言葉を発する。


『……だ、誰??』


 がたがたがたがた。

 ずっこける一同。


「だ、だれじゃないですよっ!! 忘れましたか!? アルテマです!! あなたの弟子にして暗黒近衛騎士のアルテマ・ザウザーですよ!!」


 そんな冷たい!! と、かぶりつくように師匠に追いすがるアルテマ。

 しかし半透明の師匠には触れられず、スカして向こう側にひっくり返る。

 その間抜けな姿を振り返って、その人物は困ったように汗を一筋、そして、


『……だ、誰??』


 もう一度同じ言葉を繰り返した。

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