第1話 異世界転移

 おのれおのれおのれおのれ!!


 まどろむ意識の中、アルテマは燃え上がる怒りと屈辱に身を悶えさせていた。

 誰が老けたババアだあの青二才め!!


 これでもまだまだ、年下にだって言い寄られることがあるんだぞ!!


『――――ふっははははははははははは!!』


 クロードの勝ち誇った笑い声が思い出される。


 情報士官の裏切りのせいで、こちらの作戦が全て聖王国に筒抜けになっていた。

 そうでなければ、この私があのクロードなんぞに遅れを取るはずがない。


 おのれおのれおのれ!!!!

 覚えていろよ!!


「必ず生きて這い上がり、その青いケツに槍の柄でも突き刺してやるからな~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っ!!!!」


 叫びとともに飛び起きたアルテマ。


「ぐわぁぁぁぁぁぁぁっ!????」


 その声に驚き、一人の老人がひっくり返った。


「――――なに??」


 アルテマはキョトンと瞬きし、その老人と周囲を見渡した。


 そこは見たこともない部屋の中だった。

 木で組まれた柱に白い壁。

 紙で作られた扉らしきものに、床からは草の匂いが漂っている。

 天井には何だかわからない傘がぶら下がっていて、その中に白いガラスの輪っかがはめ込んである。

 設置箇所から察するに、恐らくランプの一種だろうか。


 どちらにせよアルテマの知識には無いものばかりだった。


 そんな部屋の布団マットに寝かされていた。


「……ここは、まさか……黄泉の国か?」


 呆然と呟くアルテマに、ひっくり返っていた老人が起き上がり話しかけてきた。


「お、おぉぉ……エマ……。お嬢ちゃん……気が付いたのかい?」


 アルテマの顔を嬉しそうに覗き込んでくるその爺は、歳の頃なら70は過ぎているだろうか?

 これまた見たこともない衣服を身に纏っていた。

 状況は何もわからないが、どうやら自分はこの得体の知れない老人に拾われたようだ。


「あ……ああ……。すまない……あなたが私を助けてくれたのか?」

「ああ、そうだとも。気分はどうじゃ? どこか痛いところは無いかの?」

「ああ、大丈夫――――だっ!??」


 平気と答えようとしたが、矢で射抜かれた左肩が激しく傷んだ。

 苦痛に顔を歪めるアルテマ。


「……ううぅ……あ……」


 同時に急激な眠気が襲ってくる。

 傷を負った身体はまだまだ回復していないようだ。


 ドサリと布団に倒れ込む。


 爺が慌てて何かを叫んでいるが、意識が朦朧として聞き取れない。


 死を覚悟して、それでも伝承に一縷の望みをかけて渓谷に飛び込んだ。

 言い伝えの通りならば、ここは死後の世界なのだろう。

 しかし伝承はこうも伝えている。


『彼の地に降りし者。大いなる力とともに返り咲かん』――――と。


 ここがその彼の地だとするならば、私はまだ生きるチャンスを得たのかもしれない。


 どちらにせよ、今は休む他はない。


 アルテマは不思議と湧き上がってくる郷愁に身を包まれながら、柔らかに目を閉じていった。





 次に目を覚ました時は薄暗闇の中だった。


 それが明け方の闇だと気付くまでに少し時間がかかったが、アルテマは慌てることなく、ゆっくりとその身を起こした。


 まだ肩の傷がうずいているが、痛みは隨分とましになっている。


 手厚く包帯が巻かれ、薬も使われているようだ。

 見ず知らずの私に薬を使ってくれるとは……隨分と裕福な者に助けられたのか? 


 しかしここは一体どこなのだ?


 暗いが、前回に目を覚ましたときと同じ部屋なのはわかった。

 アルテマは額に指をあてがうと、呪文を唱える。


「闇の悪魔よ、契約に従い我にその力の一端を授けよ――――婬眼フェアリーズ


 唱えたのはアルテマの故郷サアトル帝国に伝わる暗黒魔法。


 婬眼フェアリーズと呼ばれるそれは、注目した物や空間の情報を解析してくれる、いわゆる探索魔法の一種だった。

 アルテマはそれを日除けの布を垂らされた窓――――その向こうに見える薄明るい夜空に向かって唱えた。


 しばらくすると優しげな悪魔の声が返ってきた。


『ここは異世界。地球と言う名の星の世界だよ』


 それだけだった。


「ん?」


 答えられた情報がやけに少ないなと、アルテマは眉をひそめるが、しかしそれでも充分驚きの内容だった。


「……異世界。 …………地球??」


 アルテマは立ち上がり、窓を開けて外を見てみる。

 空には満天の星が広がっているが、しかしなるほど……星の位置が元居た世界とはまるで違うことに気がつく。目の前には小さな庭らしき広場が広がっていて、その奥は鬱蒼とした森になっている。


「……婬眼フェアリーズ


 アルテマはその広場に向かってもう一度、探索魔法を唱える。

 すると、


『硬い土だね。砂利が多いよ』


 と魔法は返してくる。


 いや、そんな情報はいらないのだが……もっと地名とか場所を答えて欲しい。

 いつもなら、そのくらいの情報はくれるはずなのだが、どうも様子がおかしい。


 ――――魔力が回復していないのか?


 随分休んだはずだ。

 身体はともかく魔法力はとっくに回復していなければならない。


「……まさか」


 アルテマは手を空にかざし、大気中の魔素量を量ってみる。

 やはり……。

 この世界の空気には、ほとんど魔素が入っていなかった。


「まいったな……」


 アルテマは頭を掻き、困ってしまうが、しかし無いものは仕方がない。

 多少不便になるが、それでも全く魔法が使えなくなったわけじゃない。

 元の世界にいたときよりも、魔法の効果が落ちてしまうだけだ。


 アルテマはもう少し周囲を調べて見ることにした。

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