エルフの国の失恋男
異世界になんて来たくなかった。
異世界になんて来たくなかった。
異世界になんて来たくなかった。
異世界になんて来たくなかった。
異世界になんて来たくなかった。
異世界になんて来たくなかった。
異世界になんて来たくなかった。
異世界になんて来たくなかった。
異世界になんて来たくなかった。
異世界になんて来たくなかった。
異世界になんて来たくなかった。
異世界になんて来たくなかった。
異世界になんて来たくなかった。
◇
「ん…ナカムラ、どうしたんじゃ? 何か調子が悪そうだがのう?」
オレの顔を見るとオークのテリトラさんが聞いてきました。
そんなことはありません……とオレは答えます。
「そうかの? 少し疲れているように見えたのじゃが」
テリトラさんがフゴフゴと怪訝に豚鼻を鳴らします。
オレは、そうですね、少し疲れているのかもしれません……と答えます。
「食事はしっかりとれておるか? まずは食べないとなぁ」
そう言って、最近流行りの豆料理の店を教えてくれました。
オレは、楽しみですね……と答えます。
嘘です。
本当は白いごはんとみそ汁が食べたいのです。
◇
「あれ? ナカムラさん、元気なさそうですね」
そう言ってきたのはエルフのニレルナです。
オレは、気のせいじゃないですか……と答えます。
「う~ん、そうかな。まぁ、ナカムラさんは働きすぎですからね」
それには同意します。
確かにこの国に来てから、この店が出来てから、何だかずっと働きづめな気がします。
でも、働く以外やることがないのです。
もちろん、そんなことはニレルナには言いませんが。
「そうですよね。でも、そのおかげで私も結婚することが出来るんです。本当にナカムラさんのおかげです」
最近、結婚式の日取りが決まった彼女は幸せいっぱいの表情で言います。
「でも、たまには息抜きもしてくださいね。ほら、もうすぐお祭りも始まりますし」
花が咲くようにニレルナは微笑みます。
それにつられてオレも笑います。
そして、すごく楽しみですね……と答えます。
嘘です。
本当は全然楽しみじゃありません。
本当はネット動画が見たいのです。
◇
「なんだ、ナカムラ。景気の悪い顔をしているな」
音楽屋のナスティフさんが言いました。
いつも不機嫌そうな顔をしている彼には珍しく、心配そうな顔をして訊いてきます。
オレは、そんなことはありません、おかげさまで繁盛していますよ……と答えます。
「そうか……ならいいんだが」
それでもナスティフさんの表情は晴れません。
そして少し考えた仕草をした後に、袋から音石を取り出して言いました。
「新しいのを作曲したから聞いてみてくれ。感想を教えてくれたら無料でいい」
ぶっきらぼうに笑います。
オレもそれに笑みで答えて、早速聞いてみます、楽しみですね……と答えます。
嘘です。
本当はこんな曲なんかよりもJ-POPが聞きたいのです。
◇
嘘です。
最近の俺は嘘ばかりです。
……違いますね。
これまでもずっと嘘ばかりついてきました。
コンビニがないと不便なのです。
読みかけの漫画の続きが気になるのです。
両親が心配なのです。
友達に会いたいのです。
家は、職場は、どうなったんでしょうか?
異世界になんて来たくなかった。
「そうなの?」
そうに決まっています。
奨学金の返済が苦しくても、仕事が忙しくても、彼女がいなくても、日本が好いのです。
「帰りたいの?」
帰りたいです。
豆ばかり食べるのには飽きたのです。
ネットがしたいのです。
J-POPや、ロックンロールや、電子音のする音楽が聴きたいのです。
「中村はこの国のことが嫌いなの?」
嫌いです。
異世界も、魔法も、異種族も、大嫌いです。
そんなの漫画とゲームの中だけで十分です。
「で、でも…好いことだって、あったよね?」
好いことなんてあったでしょうか?
ないです。
好いことなんて何一つありませんでした。
「でも、でも…お姫様と喋ってるときの中村は楽しそうだったよ!」
それは……確かに楽しかったです。
でも、結局それも好いことじゃありませんでした。
「じゃあ、お姫様のことは嫌いなの?」
今は……好きじゃありません。
嫌いでもありませんが。
「そうなんだ……じゃあ」
じゃあ?
「じゃあ……ボ、ボクのことは?」
目の前には泣きそうな顔をした赤毛の女の子がいました。
ルナラナです。
そうです。
今、俺は彼女と話しているのです。
「ボクのことも嫌いなの?」
俺は言葉に詰まります。
彼女の意図が分かりません
…………嘘です。
俺はまた嘘をついています。
この異世界は、エルフの国は、こんなにもファンタジーなのに、こんなにも現実的なのです。
魔法があろうと仕事をしないと食べていけませんし、綺麗なお姫様がいてもそれはもう誰かのものなのです。
だからファンタジー漫画の鈍感な主人公のように気がつかない振りをしていても、本当は解っています。
身寄りのない怪しい男の仕事を手伝ってくれたり、休みの日なのに出勤してくれたり、給料も高くないのに夜遅くまで一緒になって道具や香油を作ったり、そういうのは好意がないと出来ないことくらい解っているのです。
「ボクは中村のことが好きだよ」
俺がうじうじと悩んでいる間に言われてしまいました。ルナラナは不安そうな表情を浮かべながら俺を見ます。
でも、俺は何も言えません。何か言わないといけないと解っているのですが、何も言えないのです。
気がつけば涙が出てきました。いつもの寂しい涙ではありません。嬉しいような、申訳ないような、胸を絞めつけるような、でも嫌な涙ではありません。
「な、中村!?」
ああ、ほら、これです。
これに俺は弱いのです。
俺の突然の涙に驚いたのか、ルナラナが駆け寄ります。
ルナラナの身長は低いので、膝から崩れ落ちた俺の目の前に彼女の顔が来ます。
「ど…どうしたの!? 中村?」
そうです。
これが駄目なんです。
彼女だけが俺を「ナカムラ」ではなく「中村」と呼んでくれます。
以前、一度だけ名前の発音について聞かれたとき彼女は一生懸命覚えてくれたのです。
俺は情けない男です。
好きでも嫌いでもいいから、本当はここで何か言わないといけないのに、いつもこうして彼女の好意に甘えてしまいます。
俺は自分よりも小さなルナラナに抱きかかえられて泣き続けます。
気がついたら店の床の上で俺は膝枕をされて寝ていました。
「いいよ。ボクが好きでやってることだから」
見た目は子どもだけど、彼女の方がよっぽど大人です。
ああ、もう…俺は本当に駄目な男です。
「分かってるよ。だから、今は無理に答えてくれなくてもいいよ……ああ、もう、泣かなくてもいいから」
床は硬くて冷たいのに、膝枕は柔らかくて暖かくて優しいです。
女性の膝枕なんて、それこそ母親に耳かきしてもらったとき以来じゃないでしょうか。
夕闇が窓から差し込んで、街の喧騒も少しずつ遠ざかって、こうしてエルフの国の一日が終わっていきます。
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