本編【シャーロット】

The Lovers(恋人たち)

 潜入調査開始から早一週間。

 いつまでこんなことを続けていればいいんだろう。パトリックに虚偽の報告をしなければならない時の、あの緊張感と恐怖。あれをこれからも何度も繰り返すことになるのだろうな、とカレンは気が滅入る思いだった。 「まだ収穫がないからもう少し調べてみます」と言って時間を稼ぐことになったとしても、長続きはしないだろう。

 (これからどうすればいいんだろう? 私、どうなっちゃうんだろう……?)

 学校も仕事も無く、おまけに珍しく空が晴れ渡った朝だというのに、カレンは自室の天蓋付きベッドの上に抜け殻のように横たわり、天蓋の内側を彩る、植物を形どった刺繍模様をぼんやりと眺めていた。

 ふと、部屋のドアがノックされたかと思うと、「カレン様、よろしいですか」と呼びかけられた。カレンが応じると、声の主は静かにドアを開けて姿を現した。

 執事のハルヒコだった。

 カレンと同じ黒髪を綺麗に整え、上質な執事服に身を包んだ彼は、部屋に入って来ると丁寧にお辞儀をした。

 外国人とはいえ、凛とした立ち姿や知的で教養ある所作からは、一族に使える人間として申し分ない気品が滲み出ている。それは、彼が祖国では上流階級の出身であるという噂があるほどで、ハルヒコの日々の振る舞いがそのような噂に信憑性を持たせているのは確かだった。

 それに加えて、カレンが常々関心を持っていたのは、彼の若過ぎるとも思える容貌についてだった。三十代前半(とカレンは聞いていた)にしては、童顔で肌ツヤも良くて随分と若々しい。カレンは、それがいつも不思議だった。同時に、密かに「かわいらしい」と親しみやすさを感じて慕ってもいた。カレンにとって、この殺伐とした家の中では、ハルヒコほど信頼できて癒しを感じられる人間はいなかった。

 「どうしたの? ハルヒコさん」

 「カレン様のご学友の、『チャーリー』様という方からお電話です」

 カレンは言葉を失った。

 今、このタイミングで電話をかけて来るとしたら、そんな学友なんてしか思い当たらない。しかもそれは、おそらく『チャーリー』なんかじゃない。一体、何の連絡だろう?

 急に不安になってみるみる青ざめていき、「どうしよう、どうしよう」と目を泳がせた。

 ハルヒコにが知られたら? がただの学友なんかじゃないということを勘付かれでもしたらどうしよう……。

 カレンの動揺を読み取ったのか、ハルヒコはすかさず「ご安心ください。このことは他のどなたにも内緒にしておきますから」と言って、カレンを安心させてあげるかのようににっこりと微笑んだ。

 ハルヒコの優しさに感激したカレンだったが、再び不安に襲われた。

 ハルヒコの笑顔も声色も、まるで「カレン様の秘密の恋愛を心から応援しております」とでも伝えたいかのようにも見えてしまう。やっぱり、電話の主はに違いない。彼はハルヒコに何かを吹き込んでなどいないだろうか? 「カレンの恋人です」などとでも名乗ったのだろうか。でも、まさか私と彼が恋人だなんて……。

 色恋に疎いカレンは、不覚にもその様を想像してしまった。一瞬でもそのような妄想に耽ってしまったが最後、「恋愛」などという、彼女にとっては縁遠い、けれども密かに憧れてもいるその言葉で頭が染まり、思わず顔を赤らめてしまった。

 その結果、カレンと『チャーリー』の仲に関して勘違いをしているであろうハルヒコに対して、それがあたかも事実であるというような印象を与えてしまったのは言うまでもない。


(続く予定)



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