うどん、そば、拉麺

 古いアパート住まいのNさんの体験。


 ある日、部屋を掃除していると、洗面所に備え付けてあった棚のなかからレシート大の色焼けた紙切れが出てきた。


 そこには


 うどん

 そば

 拉麺


 ・・・と、自分のものではない達筆な文字が書かれていた。



 これは、前の住人がうっかり落とした献立のメニューだろうか?

 しかし、そうすると献立にわざわざ“拉麺”と書くのが気になる。

 それなら“そば”も漢字にしないのはなぜか。


 では、どこかで外食するためのメモだったのだろうか?

 すると今度は、具体的な店名やメニュー名を明記しないところが気になる。



 そしてどちらの線で考えたとしても、結局は、そんな麺類ばかりのメモ書きが、なぜ洗面所の物置に迷いこんだのか? その最大の謎が立ちはだかるのであった。



 その頃から、Nさんは寝付きが悪くなった。

 床で横になって、やっと、うとうとし始めたところで


「ザザザザザザザザザザザザザザザザザザ」

「ゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾ」


 と、どこからか、なにかを軽いものを畳のうえで引き回す音や、啜る音が聞こえるようになった。


 隣人の騒音や、害虫・害獣の線を疑ったがどれも的はずれだった。


 Nさんは最終的に


「以前の住人の残留思念が怪音を引き起こしている」

「おそらく、あのメモ書きにあるように、麺類が好きで堪らなかったのであろう」


 という憶測を導きだした。


 そこで枕元にお清めの塩ならぬ、お清めの素麺(本人いわく塩が入っているし、これが一番安上がりだとか)を置いてみたところ、怪現象はある程度おさまったそうだ。







「でも、絶対にそれだけで済んでないですよ」


 Nさんの同僚であるSさんは、やつれた顔をしてそういった。

 彼は、先述の話をしてくれたときのNさんの様子を細かく教えてくれた。




「話の最中、ずっと気になってたんですが、あの人、明らかにカツラになってたんですよ」



「カツラばかりに気を取られていて見落としてたんですが、よくみたら眉毛をティントで書いてるし、睫毛も全くなかったんです」



「そこまでのことがあったら、普通、なんかいうでしょ?」






 Nさんの身に何が起きたのかは、おおよそ想像がつく。


 だが、口に出さないということは、我々の想像を越えたナニカが起きているのではないか?






 Nさんはいまでも健常なフリをして出社している。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る