奇妙なインド料理店

 Tさんという女性の体験。


 彼氏のOさんが「このまえ、サービス旺盛ないいお店みつけたんだよ」と、あるお店を紹介してくれた。


 ある日のデート終盤。

 晩御飯は予約したその『サービス旺盛な店』にしようということで、彼氏がそこまでエスコートしてくれた。

 賑やかな繁華街から離れ、閑静な住宅街の網目のような細い道を突き進んでいく。




「よく考えたら、その時点でおかしかったのよねえ」




 地図をみることなく、迷っている素振りもなく、どんどん細い道を選んでいくOさん。Tさんは内心、本当にこんなところに店があるのか不安になり始めた。


 やがて、人しか通れない路地から、車が一台だけ通れるような道に出た。


 暗い夜道、明かりの灯っていない住宅が立ち並ぶなか、アパートの一階に燦々と輝く店舗があった。


 入口の上部にある看板は、下から漏れでる明かりが逆光になって、蛇がのたうったような文字が黒いシルエットだけしかみえない。


 早く早くとOさんに手を引かれていったTさんは、

(看板も外国語とは本格的な店なんだろうなあ・・・)

 と、なんとなく思っていた。




 そのまま一歩店舗に足をいれると、先ほどの暗い通りとは真逆、天井にある無数のシャングリ・ラからは光が照り注ぎ、壁には色鮮やかで高そうな絨毯が、崩したトランプの山札のようにズラーッと並んでいた。


 そこにいままで行ったインド料理屋とは少し違う、スパイシーな薫りが鼻孔をくすぐる。


 まるで万華鏡のなかのような異国情景だった。




 民族衣装を着こみ、清潔感のある黒髪と黒髭、浅黒い肌をした男性に席まで案内されて腰を掛けると、彼氏がその男性になにか耳打ちした。

 男性は何度かうなずくと、手を叩いて母国語らしきなにかを発した。


 すると店の奥から、これまた店内の彩りに劣らない、煌びやかで色っぽい異国衣装をした一列の女性陣が雪崩のように押し掛けてきた。


 席の周りを流れていく彼女らが、二人になにか言葉をかけてくるが、外国語に疎いTさんはなにも分からず「な、ナマステー!」と誤魔化すことしかできなかったそうだ。


 声をかけ終わった女性たちは、そのまま席の前方にある広めの空きスペースに立ち並んでいく。

 最後にきた女性が、軽い料理とコップに入った水を丁寧に配膳すると、ぎゅうぎゅうになった前方のスペースに流れていった。


 そのタイミングで軽快な音声が店舗に流れ、女性らが踊り始めた。

 そして踊りながら歌い始めたが、これも外国語でどんな歌詞なのか分からない。

 分からないが踊りと歌声、曲調などから雰囲気は伝わってくる。


 色っぽい踊りや、ボリウッドのような壮大でアップテンポな踊り、ゆっくりでしめやかな踊り。

 その合間合間の、いいタイミングで豪勢な料理が運ばれてくる。

 絶品の料理を口に運びながら、異国の曲に懐かしいものを覚えて心打たれる。


 笑い、驚き、感動し、泣いて、泣いて、泣いて、・・・。




 ただ、そのときのTさんは少しだけ混乱していた。

 豪勢なおもてなしや、その後のお会計が心配になったからという訳ではない。

 踊り子たちの顔の区別がつけられずに困惑していたという。


 これは、海外ドラマ・映画の鑑賞中によくあることで、見慣れない外国人の顔がみんな同じにみえることがある。


 そのときのTさんもその類いだと思っていた。





 しかし。


 踊っている彼女らをなんとか区別しようとしたせいか、妙なことに気がついた。


 右目下部、左目の上部、そして唇の右端。彼女ら全員の顔には、決まってその部分に黒子があった。


 Oさんにそのことを耳打ちしようとしたが、ちょうどウェイターの男性になにか注文している最中だった。

 男性の方をみやると、これまた妙な感じがした。

 ウェイターは立ち去り際、自分に笑顔で会釈して去っていたが


 その右目下部、左目の上部、そして唇の右端に黒子があった。


 そのうえ、その口髭を剃ってしまえば、踊り子達と瓜二つのような気がした。




 途端にゾクッとしたTさんをよそに、Oさんは嬉しそうに耳打ちしてきた。


「ここの最後に出てくるチャイが特別なんだよ」


 するとタイミングよく、金属製のカップに白く泡立った液体が運ばれてきた。


 すぐさま手に取ったOさんは、それを美味しそうに一口啜ると「あーっ!」と感嘆の声をあげた。そしてカップに手をつけないTさんをみて


「どうしたの? 冷めちゃうよ?」


 おどけた口調で優しげな声をかける彼。


 何度もみてきたその顔には、いままでみたことのない黒子が右目下部、


 左目の上部、


 そして唇の右端にあった。


 Tさんは声をあげて立ち上がり、周りの踊り子やウェイターを掻き分けて店から飛び出した。


 這這ほうほうていでなんとか見覚えのある場所にたどり着いたTさんは、それから彼氏のOさんとは連絡をとらず、会っていないそうだ。







 最後に、この話を取材したときのことを書き残しておく。


 Tさんが『席を立ち上がり、踊り子やウェイターを掻き分けて店を飛び出た』ところまで話したのだが、そのまま彼女は顔を青くして、ぶるぶると震えだした。


 そのまま黙ってしまったので、思わず声をかけた。しばらくの沈黙のあと、彼女は震える声を振り絞って


「取り囲んでたあの人たち・・・? を掻き分けたときね、手応えがなかったんです」


「まるで中身がないみたいに」




 金属のソーサーのうえに、金属のカップに注がれたチャイと、一口大で団子のような黒いナニカが出てくるお店の話である。


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