last flower

 見渡す限り瓦礫の広がる地上。焦げ跡や穿たれた孔が無数に残る壁の一部が点在している。この場所にかつては人が暮らし、そして戦場になったのかどうなのか、知る者はもういない。


 ひしゃげた鉄筋がひときわ長く突き出た壁の、瓦礫とのすきま。灰色と茶色の間の濃淡ばかりの世界に、ぽつんと色鮮やかなものがある。

 多数の黄色い小花が束になって丸い頭花を形作っている。その下には濃い緑色の葉が、力強く幾重にも広がっている。更に太く長い根は、瓦礫の隙間を突き抜け地下に深く根付き、この根は太陽の光にさえあたれば次々と新しい花芽を芽吹く。


 この花を踏みしめ闊歩し、物質のみの豊かさを追い求め、あらゆるものを消費し尽くし、弱いものを置き去りにし、自覚も無く差別し、責任を放棄し、関係ないと見て見ぬ振りをし、便利さに慣れ、考えることを止めた人々はもういない。もういない。


 黄色い花は、日が昇れば開き、日が沈むと閉じる。数日咲き続けて萎れた後に、再び茎を長く伸ばして開き始める。丸く丸く、今度は白い綿毛の姿となって。

 ひとつひとつに種を宿した放射型の綿毛は、砂埃の交じった風に吹き飛ばされて天高く舞い上がり、わずかな気流にのって旅を続ける。そして着地したその場所で、すぐに発芽する。

 葉が広がり、茎が伸び、黄色の小花が開き、萎んで種の付いた綿毛を作り、また風に飛ばされて。


 瓦礫の町で。

 プラスチックの地層に囲まれたわずかな岩場で。

 金属スクラップの合間の砂地で。

 砂漠の上で、たとえ今は水がなくても懸命に根を伸ばす。


 飛んで、どこまでも飛んで。地表のどこまでも、その根を地下にはりめぐらせて。地上で見向きもされなかった草の根のネットワークは、ワールド・ワイド・ウェブが消えてもなくならない。

 どこまでも、どこまでも。





「あれ何? テオ」

 問いかけられて少年は、白くもやがかかった空中を見上げる。

「なにも見えないよ」

「ううん、何か飛んでる。よく見て」

 少女が指差す先に、もう一度目を凝らす。

 確かに、小さな白いものが無数に横切って行くように見える。ゆっくりした速度で、優雅に。

「何だろう」

 頬に風を感じたとき、もやが少しだけ晴れて上空から日が差した。光の角度によって、飛んでいた白いものがきらきら輝いて見える。


「きれい……」

 つぶやいてから、少女ははっとしたように少年の腕に縋りついた。

「悪い物じゃあ、ないよね?」

「さあ……どうだっていいさ。こんなに綺麗なんだから」

 少年は微笑んで、そっと少女を促した。

「エレナ、あいつらを起こしてこい。いいものが見れるってな。今日は明るいし空気も澄んでる。気分転換になるだろう」

「そうだね。あの子たち、ずっと籠りっぱなしだから」


 少女は慌てて梯子を下り、地下道の中を慣れた足取りで走って行く。そこは「洞窟」。かつて放射性廃棄物を埋めるために建造された場所。そこが今は子どもたちにとって安定した住処となっている。


 ひとり残った少年は、再び空中を見上げて目を細める。

 彼はまだ知らない。その種子が根付いた黄色い花は、食用にもなり、葉や茎や根も生きるための栄養に溢れていることを。やがて芽吹く美しい花が、心も体も養ってくれることを。

 今はただ、風に乗って煌めく光を綺麗だと感じるだけで。


 何が滅んだとしても、美しいものは残る。弱い者たちが身を寄せ合い、助け合い、草の根が互いに補強し合い広がるように、やさしい気持ちが命を助ける。その思いこそが美しい。

 最後の花を、愛でる気持ちのように。小さくても希望の光を。願う、明日を。




※参考記事:BBC NEWSJAPAN

https://www.bbc.com/japanese/features-and-analysis-48184318

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