ラストソング
『残り五分です』
「はーい」
通話口に返して私は受話器を置く。
よし、最後の曲だ。うちらの中ではいつも最後に歌う曲は決まってる。高校時代からの定番ソングだ。小泉今日子の『学園天国』。
私はマイクを持って立ち上がる。掛け声を上げるのは私の役目だ。腕を回してシャウトするとノリの良い友人たちはみんな合わせて歌って踊ってくれる。いつしかそれが定番になった。
高校を卒業した後も、カラオケボックスに来て歌ったり仕事やカレシの愚痴を言い合ったり、飲んだり食べたりまた歌ったり。溜まり溜まったものを吐き出して、また頑張ってきたんだ。みんなでばか騒ぎしながら。
だけど、一人また一人と友だちは離れていく。
エツコは大学時代に知り合った彼氏と結婚して地方に移住していった。最初の頃こそ里帰りのときには時間を合わせて会っていたけど、それもしなくなり今では年賀状のやりとりだけだ。
アイリは大学時代に家族が北海道に引っ越すことになり、それでも自分は残りたいからこっちで就職する、なんて言ってたくせにやっぱりそうもいかずに海峡を越えて行ってしまった。もう年賀状のやりとりすらない。
マスミは地元にいるものの三児の母で忙しそうだ。最初の子どもの出産祝いに家を訪ねたことがあるが、余計な気を使わせてしまい申し訳なくなってしまった。年賀状が来る度に子どもが増えているから驚く。
独身組のひとりのミホは仕事をばりばり頑張って、古い体質の製造業の子会社で女性初の管理職に出世したものの、周囲の軋轢に耐え切れず会社を辞めてしまった。以来、静養中と称して実家に引き籠っている。
トシコもそうだ。長屋社会の役所で息苦しい思いをして転職するかどうかを何年も悩んでいる。
若い頃こそ、笑い飛ばして遊びまわっていれば元気づけることはできたけど、年月に応じて仕事の悩みというのは深刻になっていく。
同期からはそねまれ、下からは嫌われ、上からはいじめられる。真面目に頑張ってる人間に限って大きな組織の中ではつまはじきに合う。
何をどう励ましてもプレッシャーにしかならない時がある。
だから私はひとりで歌う。カレシみたいのがいるにはいるけど、カレシの前ではこんなふうに思い切り歌えない。「会いたい」とか「愛してる」とかを繰り返す曲を選んで可愛く歌ってあげなきゃならない。そんな曲好きじゃなくても。
カレシじゃダメなんだ。友だちと、歌わなくちゃ。
思い切り思い切り声を張り上げて歌いきる。時間が終わる。
息をついてマイクを置き、グラスに残ったアイスコーヒーを飲み干す。鞄と伝票を持って個室を出る。
よし、これで明日も頑張れる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます