好きって言って
好きって言って
視線。いつも気づいてたよ。
気持ち。君の瞳からも、照れくさそうな笑い顔からも。もどかしそうな指先からも。
言葉はなくても伝わるけど。
でも。言ってほしくて。ちょっと意地悪で、わたしからは絶対に言わないって思って。
視線。気づいてほしくて。
気持ち。瞳に、くちもとに、なにげない指先にも。
引っ張られたのは、わたしの方が先だったのに。
* * *
文化祭最終日、最後のプログラムである後夜祭。その中でもほんとに最後の最後の花火が始まる。
『実行委員が線香花火を配りまーす。ろうそくを準備しますが合図があるまで火をつけないでください!』
アナウンスを聞いているのかいないのか、おしゃべりしたりスマホで撮影している生徒たちの間を縫って、わたしたち文化祭実行委員会のメンバーは線香花火を配って歩く。
「えーいっぽんだけ?」
「どっちが長くもつか勝負しようぜ。負けたらマック奢りな」
「たけーよ」
「おれ、面倒だからいらない」
「それならちょーだいよ」
興味なさそうにひたすらスマホをいじってる生徒たちにも線香花火を押しつけ、手提げのカゴが空になったところでわたしたちはいったん運営のテントに戻る。
「あたしたちの分もあるよ、ほら」
「ううん。わたしはやらない。ここで見てるよ」
手を振って断ると、わたし以外の女子たちはろうそくの灯りの方へと走っていってしまった。
『それでは、点火してください。どーぞー』
後夜祭と呼んではいても、日は落ちていたけれどまだ空は白々とした時間帯。少しでも辺りが暗くなるようにとグラウンドの照明と校舎内の電灯も落とされる。
そうすると気分が盛り上がったらしく喚声があがって次々に線香花火のちりちりした火花がいたるところで瞬きだした。
「先輩はやらなくていいんですか?」
後ろから声をかけられて振り向くと、コウスケくんがにこにこしてわたしを見ていた。薄暗くて表情がはっきり見えなくても、彼のことなら声だけでわかっちゃう。
「うん。見てるだけでいいかなーって」
「圧巻ですね。千人でやる線香花火」
「ほんとほんと。お金はそれほどかかってるわけじゃないし地味なんだけど」
「なんか。しんみりしちゃいます」
「そうだね」
あんなにきゃっきゃとざわめいていた生徒たちも、今は声もひそやかに儚い火花に見入っているようだった。
「ちょっと、寂しくなっちゃうね」
一か月間、準備のために忙しく駆け回っていた毎日もこれでおしまい。文化祭という一大イベントが終わってしまえば、わたしたち三年生は受験勉強に集中しなければならない。
「大変だったけど。楽しかったですね」
まわりの雰囲気のせいか、いつもよりずっとずっとコウスケくんの気配を近くに感じる。寂しいなーって思っているわたしの気持ち、ちゃんと感じ取ってくれているように、コウスケくんががっかりしている気持ち、わたしにも伝わってきて。
熱。彼が立っている右側の方だけ、腕を熱く感じて。
指先。少し動かせば、気づいてくれる距離で。
でもわたしからはそうしたくなくて。
そんな微妙なシーソーゲームをわたしたちは春からずっと続けている。ううん。わたしがひとりでそう思っているのだろうけど。
春。校門前の桜の花が散り終わった頃、校内でふとしたときに視線を感じるようになって、わたしはため息ばかりついていた。
てっきりまた浮気性のカズオが新しい女を引っかけて、わたしはもう前の前のカノジョってだけで今は関係ないのに、またあらぬ敵意を向けられているんじゃって思って。
でも、気がつけば、その視線は首の後ろにちくちく感じるようなものじゃなくて。なんだろうって思っていたある日。
「落としましたよ」
教室移動の途中で、半開きだったペンケースから転がり落ちた消しゴムを拾ってくれた、それが一年生のコウスケくん。
姿や名前がわかれば、強く意識に刻みつけられるように。いつも投げかけられる視線はこの人のものだってわかった。
視線。感じて、振り向く。瞳が揺れて。恥ずかしそうに顔をそらして。
「なあに? あれ」
そんなことばかりが続いたから、わたしといつも一緒にいるトモミまで気がついちゃった。
「ねーえ。賭けようか? あの一年生が何日後に告ってくるか」
「性格悪ッ」
「うるさい。最近楽しみがないんだもん。久々の恋バナじゃん」
「まだわかんないよ」
「そうかあ? バレバレじゃん」
「わかんないよ」
ちょっと見つめられて、目が合って、それが感じのいい男の子だったとしても。それが好意だなんて、これくらいじゃわからない。ちょっと気になる先輩だなって思われてるだけかもしれないし。それで終わっちゃうかもしれないし。
ただ、あまりにも伝わってきちゃって。ちょっとどころか、すっごく気にされてるの。あんまりじっと見られると、わたしの方が挙動不審になっちゃって、目を合わせられなくなっちゃって。
視線。感じて。からだ、かたくなって。
目線がはずれるのを感じてはじめて振り向いて。今度はわたしが彼を目で追う。
おかしいの。そんな、あべこべな感じ。いつの間にか。
「気になるならあんたから話しかければ」
「やだよ」
「ええ? 何言ってんの。カズオにもキヨシにもあんたからアピールしてたのに」
「あいつらは結局、寄ってくるなら誰でもいいって男だったじゃん」
「それはなぁ」
「だから、もうやだよ。好きなら好きって向こうから言ってくれなきゃ」
「そうは言ってもねえ」
トモミは頬杖をついて行儀悪くお菓子を食べながら嘆息した。
「そういうオトコマエがいるかあ? この学校に」
そう言われちゃうと、期待はできない。わたしだって結局、少し気になるって程度で、自分が彼を好きかはわからなかったんだから。
秋。じゃんけんに負けて文化祭実行委員を押しつけられて、いやいや顔を出した一回目の委員会で。コウスケくんと初めてまともに顔を合わせて話した。
思った通り、少し人見知りする感じでおとなしくて、でも意外と自分の意見をしっかり発言したりして。
背はそんなに高くないけど手足は長くて、他の男子が文句たらたら言ってる重たい荷物もひょいっと運んでくれちゃって。
なんか。ギャップのある男の子なことがわかった。
今まで気配を感じるだけで話したこともなくて。なのに急に彼のことをたくさんたくさん知ってしまって。浮ついてた。
気のせいじゃなく、わたしのことを気にかけてくれているのがわかって。先輩ってはにかんだようすで呼ばれるのも嬉しくて。浮ついてた。
「いいじゃん別に。いい感じに仲良くなったんならさ、告っちゃえば?」
「なんでわたしが」
「まだそんなこと言ってんの?」
むっとトモミは眉を寄せる。
「好きなんでしょ」
「……うん」
「じゃあ、いいじゃん。逃したくないでしょ」
「でも」
「めんどくさいオンナだなあ」
うう、ヒドイ。親友なのに。
でもそうだよね。わたしも自分をメンドクサイなって思う。
三年生の女が、一年のカワイイ感じの男の子に告白とか、恥ずかしいとか。そんなことも気になって。
悔しいって。狡いって。そんな気もして。
「終わっちゃうね」
次々に、火球が落ちて、グラウンドはどんどん暗くなっていく。せっかく近づいたコウスケくんとわたしの距離も離れていく。
しょうがないよね。わたしがぐずぐずと告白しないでいたように、コウスケくんにとっても決め手に欠けるオンナだったのかもしれない。わたしは。
気持ち。感じていても、動けなくて。
気持ち。伝えたくても、うまくできなくて。
……そうなのかな? 彼の方から、ちゃんと言ってほしいって、それだけなのに。これってそんなにワガママなことなのかなあ?
気持ち、こんなに溢れ出して。
熱、視界が揺れて、しずくがこぼれて。
ぽとりと落ちる、線香花火の火の玉みたいに。
「先輩」
やだ。今振り向けない。顔を見せられない。
「あの……」
言ってくれたら、わたしも言える。喉につまってる言葉。今。
「ぼくは」
わたしも、ちゃんと言えるから。
「先輩のことが」
なみだ。見られてもいいと思って。振り向く。引っ張られるように。
「――――」
ふたりの言葉がちゃんと重なって。
わたしは。嬉しくて、みっともないほど泣いちゃったんだ。
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