ほのかな恋の短編集
奈月沙耶
彦星とわたし
彦星とわたし
わたしが通った小学校では毎年、七夕集会というのが行われていた。文字通り七夕にちなんだイベントだ。そのメインとなるのが『彦星・織姫コンテスト』だった。
各クラスで趣向を凝らした彦星と織姫の衣裳をデザインして制作する。そのアイデアと出来栄えを競うファッションコンテストだ。
モデルとなる彦星役と織姫役には、男子と女子共に人気の高い美少年と美少女が選ばれる。例年ではそうだった。
その年、五年三組で制作が決まったのは『未来の彦星と織姫』だった。
ロボットのような胴体になるよう画用紙を体に巻き付け、触手の先に星をくっつけたカチューシャを頭に装着することがまず決まった。
その後、モデル選びが始まると、今年のモデルはその子に間違いないであろうと思われていたかわいい子が、何故かわたしを推薦した。
その子と仲の良い仲間たちが口々にはやし立て多数決を待つまでもなくわたしに決まってしまう。
訳がわからなかった。後で友だちが教えてくれた。
「あんなへんてこりんな格好をするのが嫌だったんだよ」
そのとおり。とてもお姫さまとは思えないへんてこりんな格好だった。美少女にはそれは耐えられなかったらしい。
一方のわたしはといえば、何をやるにもほどほどに周りに合わせてほどほどに上手くやるタイプであったから、嫌な役目を押し付けるにはちょうど良かったのだろう。
集会の当日には顔にまで白い絵の具を塗りたくられ、好き勝手にいじられた。みんなノリノリだから笑って我慢するしかない。こうなったら楽しまなければ損というものだ。
彦星役には結局このデザインの言い出しっぺである男の子が選ばれていた。自業自得というものだ。
まさか自分がさらし者になるとは思っていなかったのか、絵の具を塗りたくられながら彼はムスっとしていた。
往生際が悪いなあ。私が横目に眺めていると、視線に気づいた彼はわたしの顔を見てぷっとふきだした。
何もかもアンタのせいでしょうが。思いつつ、わたしもキシシと笑う。
そこまで体を張ったのだから、コンテストはもちろん五年三組の優勝だった。当然だ。ステージの上でわたしたち二人はガッツポーズをとりあった。
彦星・織姫コンテストの後には外部の劇団によるお芝居が続く。だけどまずは顔の絵の具を落としたくて、わたしたちは体育館を抜け出して、校庭の隅の水道で顔を洗った。
念入りに水ですすいでハンドタオルで顔をふく。
ふと横を見ると、彼はタオルを持っていないのか、犬のように頭をぶるぶる振ってしぶきを飛ばそうとしている。
しょうがないなあと思って顔を上げると、彼もわたしの方を見て、目をぱちくりさせて唐突に言った。
「おまえ、かわいいな」
洗面台の前に立ち、メイクを落とすのにクレンジングで顔を洗う。顔を拭きながらふと思い出す。
鏡の中の自分の顔をぼんやり眺めていたら、
「風呂、先に入っていい?」
言いながら彼がサニタリーの扉を開ける。鏡の中の私と視線を合わせて笑う。
「やっぱりかわいいね」
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