第29話 五十歩百歩
タイミングはばっちりだった。
まさしく漫才の呼吸だといえるだろう。
なんでだよ‼ っていう、おれのあざやかなツッコミ。
なのに―――
「…………はぁ?」
ぜんぜん笑ってない。この
さんざん
「ねえ、どういう意味なの? それ」
「いや……えっと」
「私が『やめて』って言ってるのに『なんでだよ』じゃないじゃん」
赤い夕やけの空をバックに立ってて、あいつは両手をグーにしてる。
数メートルの距離をたもったまま、おれのほうに近づこうとしない。
やっと気づいた。こいつはマジだ。ふざけていい空気じゃなかった。
(あっ)
と両方の眉毛を高く上げたのは
そして、たたた、とすばやくおれに接近し、
「とにかくそういうことだから。明日からずーーーっとなんだからね。私ももう
「えっ? えっ?」
スカートをひらひらさせながら、とまどうおれの横をダーッと駆け抜けていく。
そのままうしろ姿をながめていたら、遠くのほうで立ち止まって近所のおばさんにペコリと頭をさげた。むかしからよく知ってる人だ。
(あの人、おれたちが二人でいると必ず「お似合いだよ」ってからかってくるんだよな)
……萌愛はそれがイヤだったのか?
てか、おれあいつにめっちゃキラわれてる?
心当たりは……ないな。
そもそも今日は学校では一言もしゃべってないし、登校のときだってエンカウントしてない。
なぞだ。
(明日になったらキゲンなおしてるだろ……)
そして夜が明けて、10月2日。
登校しながら指を折って数えてみると、左手の人差し指までいってしまった。つまり〈今日〉は今回で7回目。
「うぃ」
靴箱のところで肩で肩を押してきたのは、おれの親友。
「
「あぁ~~~? 朝からわけわかんねーこと言ってるぜ。長々とってなんだよ。ベツとダチんなって、まだ一年もたってねーぞ」
「いや、もう余裕で二年目に突入してる」
「ははっ! そんなボケたおすなよ、ベツ!」
と、笑ってる優助の向こうから、見なれた姿がやってくる。
ショートの髪をゆらして、おれたちのそばを――――
(……)
無言で通過。
口元はきゅっと結んで、視線はずっと反対方向に流していた。
おれと目が合うのを
いよいよこれは……ヤバい気がするな。
なにかがおかしい。
確実に、萌愛のヤツに変化が起きてる。
「おはよ。べっちん」
教室に入ったら、いきなり
正直今はかまって……
(ハッ⁉)
手には『恋愛心理学』の本。
はげしく見おぼえのある――いや、これはほぼ前回のループと同じじゃないか?
「あーっ! あいさつしたのに返してくれないとかー、ひどーい!」
「おいおい。さわぐなよ。するから」
「じゃ、してよ。ほら」
「おはよう」
「フツーに
どっ、と近くにいた女子のグループが笑った。その中には
しかし、おみごと。
はやからずおそからず、じつにいいタイミングだった。あれじゃ笑わない子はいないよ。感心してる場合じゃないけど。
「今日も一日がんばろーね、べっちん」
ニコニコでウィンク。
相変わらず、今日もキャラにふさわしくない王女様みたいな髪型で。
(朝の「おはよう」からのポジティブな声かけ――か。基本的な恋愛のテクニックだ)
ってことは、つまり前回の安藤といっしょで今回の安藤もおれのことを……
だがあいつの「いかないで」じゃ、おれはループを脱出できなかった。
いったいどういう「いかないで」ならオッケーなのか、たのむから教えてくれ。
(萌愛のこともあるし……よしっ! もうやるしかない!)
明日まで待てない。
というより、〈明日〉は安藤にジャマされて、彼女と接触できないことを―――
「あ、あのっ‼」
おれは知っている。
だから強行突破だ。
理科室へ移動中の三時間目の休み時間。
優助にはあらかじめ「先に行っててくれ」と伝えておいて、
廊下でまちぶせして、とおせんぼするように彼女の前に立ち声をかけた。
横の窓がすこしあいてて、胸の前の赤いスカーフが風でバタバタゆれている。
「なに?」
と、腕を組みながら目をスーッと細めていう。
「ふ……
「それは私が解決できるような問題なの?」
「まず言わなきゃいけないんだ。おれ、じつは」
―――「タイムリープしてる。」
(ぴったりハモった⁉ まじか!)
敬礼のような手をメガネの横にあて、深森さんは言葉をつづける。
「あなたの〈今日〉ははじめてじゃない。それだけはなんとなくわかった。ほんとに、なんとなくね」
「…………」
「はいそこ、
「も、もちろん!」
爆速。
おれはセキを切ったように、これまでのことを超早口でしゃべった。
身ぶり手ぶり。まわりのヤツらはヘンな目で見るけど、気にしない。
休み時間はみじかい。10月もみじかい。チャンスは今しかないんだ。
きき終えた深森さんが、ふう、と細い息をはいた。
「―――で、あなたが今一番問題だと思ってるのはどっち? このループを出る正しい条件について? それとも、幼なじみの急な心変わり?」
「それは……」
「その二つともに、私は同時にこたえることができる」
なにっ!!?? とおれはビビった。
にっ、と深森さんのくちびるがななめに上がる。
「じゃ、じゃあ、ぜひおしえ……」
「あほ」
「あほ……?」
くいっ、と深森さんは無言であごの先をうごかした。
まわりをたしかめて、というジェスチャーのようだ。
「……とおくでこっちを見てるのは、萌愛……か?」
「彼女に
そりゃないよ~、という気持ち。思わず「なんでだよ‼」と口から出そうにもなった。
ん?
おれの肩に手が……
「つづきが知りたければひとつだけ条件がある。それは――――」
◆
放課後になった。なってしまった。
まる一日チャンスを狙ってたんだが、あいつのそばにずーっと中山と山中がべったりくっついてて、ムリだったんだ。
が、問題ない。
なぜっておれたちは幼なじみだからな。
家が近所というメリットを最大限に……
「あー! フシンシャはっけんだー‼」
「ターゲットの家の前に直立不動で待機。これはなかなかふてぶてしいストーカー」
ひどいいわれようだ。
先に中山がおれを指さしながら言って、次に山中が片手を口元にあてながら言った。
(いや、なんで今日にかぎってこいつらが萌愛の家まできてるんだよ!)
よりにもよって。
こっちには重大な任務があるというのに。
こうなったら、明日でも……てかぶっちゃけウソつくっていう手も……
―――「ウソはすぐバレると思いなさい」
うっ。
だよな。そう言ってたもんな。なによりおれレベルで彼女をだましとおせるとも思えん。
いくか……。
全7回のループじゃいろいろあったが、いまが一番ドキドキしてるかもしれない。
ガケからとびおりる覚悟で、
も、も、も、
「モア。ちょっと話があるんだ……」
「はぁ~~~っ‼? そう呼ばないでって言ったじゃん。バカなの?」
でだしは最悪。
そしてきびしい視線をとばしてるのが萌愛のサイドに二つ。
風向きはわるい。
「じゃあ、いいかえるよ」
「そうしてよ」
「
「キミ~~~っ!!? なんかやだー、その言い方。他人みた」ぴたっ、と萌愛の口がとまった。
「そ、そうなんだ、おれたちは他人じゃないんだよ」
「………………知らないじゃん」
ぷいっ、と横を向いた。
すなわち、耳が、みじかい髪で外に出てるちいさな耳が、おれのほうに向く。
近くでは、中山がなにか言いたそうに口をパクパクしてる。
あいだに入らせちゃダメだ。せっかくの空気が台無しになるから。
いけっ、おれ!
「おまえのことが、す、すす、す」
あれ。
なんだこの感じ、ぬかるみに足をとられたみたいな。
おれがおれに、すごいパワーのブレーキをかけてる。
(すき、って言うだけだろ!)
それが深森さんのだした条件。
「幼なじみに告白してきて」と。
表現は問わない。ただしスマホですますのはNG。かならず面と向かって言うこと。
面と向かって言うこと。
「えー、あ、すー、すっていうか、だな……」
「……」
「すきとかきらいとか、あるか? おれに」
「はぁ⁉」
「じゃなくて―――」
かーっと赤面してるのがわかる。
〈それ〉を言ったとたん、全身まっぱだかになってしまうような予感。
照れ、はずかしさ、ためらい、そういうののせいか?
うそだろ。
おれはくりかえすループで、たしかに失敗ばかりだったけど、あれだけ女の子と仲良くなれたじゃないか。
『恋愛心理学』の本だって、穴があくほど読んだ。
なのに、たった一言がいえないなんてあるか?
「おれは……」
萌愛がまっすぐみつめている。
横顔のときより、なお、告白しにくい。
「な、なんでもないよ、また明日な」
あーーーっ!!???
心でさけぶ。
なさけない。
がちゃ、とそばでドアがしまる音が冷たくひびいた。
追いかけてノックする勇気は、いまのおれにはない。
翌日。
校門の前に、黒いカサをさした人が立っている。
近づくと、
「でしょうね」
深森さんだった。
ちいさく肩をすくめながらそう言った。
「わ、わかる……?」
「できなかった、って顔にびっしり書いているじゃない」
「だけど、おれは」
「強がらないで。どうせ、あなたはこれまでのループで、ただの一回たりとも自分から告白できてないんだから」
そうシテキされて、記憶をたどる前に、そのとおりだとわかった。
きっとこれが図星ってやつだろう。
「
「でもおれは、モアのことは大事に思ってる」
「戦場からどれくらい逃げたのか、その距離は問題じゃないの。そういうことわざがあったでしょ?」
カサをもってない手を、メガネの横にもっていく。
きれいにそろえた指でメガネにさわった瞬間、レンズが光を反射して白一色になった。
「あなたは逃げてる。幼なじみを好きになることから」
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