第37話



 イーサンが大声で叫ぶと、船底から伸びる階段をギシギシと鳴らす足音が聞こえてきた。規則正しいリズムと共に現れた姿は逆光で黒いシルエットのように見える。


 ナディアとイーサンが、目を細め見ている中、その男はプリシラの横に立った。プリシラが当たり前のように腕を絡ませる。


「よく分かりましたね」


 銀縁の眼鏡が夕陽にギラリと光った。


「全ての襲撃があまりにタイミングがよすぎるんでな」


 忌々しげにイーサンがフランクを睨む。

 思わず一歩踏み出したナディアの肩をロドリックが抑える。フランクのあとからきた数人の男達がぐるりと周りを取り囲むと、体躯のいい男が少し離れた場所でナディアに剣を向けた。

 ナディアはチラリと男を見るも、気にすることなく口を開く。


「マルシェに行く前日、ラーナはあなたにどこを案内してくれるのかと聞かれ、マルシェと答えたと話してくれたわ。そのことを知ったあなたは、この船にいる仲間に連絡をとりマルシェでの襲撃を企んだ。護衛がいないのでチャンスだと思ったあなたにとっての誤算はラーナだった」

「まさか、ナディア様達がナイフを持つとは思いませんでした。まして、ラーナの投げるナイフが、弓矢に匹敵する距離を飛ぶなんて。あの女の肩は一体どうなっているんだ」


 ナディアはその言葉に少し口角をあげた。


「それから宿での襲撃だが、捕らえた奴らが全て教えてくれたぞ。道を塞いでいた石はお前の指示で落としたとな。あの宿に泊まるのは俺達にとっては予想外だったが、お前にとっては計画のうちだ。宿にいた客も、宿主までお前の手先だったとはな」


 あの宿の違和感に始めに気がついたのはナディアだった。


「私が三人目の襲撃者を追いかけて外に出たとき、雨でぬかるんだ地面に足跡がなかった。入り口の上にある屋根に飛び乗って逃げたと思っていたけれど、朝見た宿の周りにも足跡がなかったのを思い出したの」


 その時は違和感を感じながらも、その正体が分からなかった。でも、雨上がりの道に馬車の車輪の跡がずっと続くのを見て、その違和感の正体に思い至ったのだ。


「そうなると考えられることはひとつ。襲撃者は屋根づたいに走り、窓からまた宿に戻った。それができるのは宿主だけだわ。彼も、妻を演じていた女も襲撃者の仲間だった」


 見張り役をかって出たフランクと宿主は二人の男の手当をした。フランクはイーサン達が宿を出たらすぐに逃げるように指示をした。宿から森に少し入った場所に、馬が繋がれていた跡が見つかっている。四人は足を負傷した仲間を馬に乗せ、無傷の二人が手綱を握り逃げた。


 捜索範囲を広げたところ、反対側の川岸で本物の宿主の夫婦の遺体が見つかり、二つ向こうの街で襲撃者を見つけた。ジルが取り調べたところフランクに頼まれたとあっさり話したそうだ。


 本当にあっさりなのか、どんな取り調べをしたか、ナディアは敢えて深く聞かなかったが。


 フランクは忌々しそうに舌打ちをする。しかし、顔には余裕が滲んでいる。既にイーサンもナディアも船の上、彼の手の中にある。


「フランク、お前の望みはなんだ? 俺の命ならくれてやる。だからナディアを離せ!」

「もちろん貴方の命ですよ。貴方が帰国したせいで計画が全てくるってしまった」


 イーサンは青と黄色の双眸でロドリックを睨む。


「その計画とは、教会の使途不明金を着服することか」

「ええ、そうです。そもそもルシアナは第二王子のルース様が治めるはずだった」


 ルースは第一王子のウィル殿下が王となった際には右腕となることが決まっている。その為、王都に行くことも多く、領地は留守がちになる。


「俺はルース様の側近として、ルース様が留守の間、領地を任されることが決まっていた。そうなれば、教会との癒着で金を得ることも、炭鉱の台帳を誤魔化し金を作ることも容易にできる。それなのに、貴方がきた。これは俺にとって大きな誤算で、迷惑な話だった」


 フランクの隣で今まで黙っていたロドリックが、イーサンに蔑むような目線を向けた。


「教会側としても、貴方のような容貌を持つ方が公爵となることは受け入れられない。不満や恐れを持つ司教やシスターが多く出てくるので、失脚して頂く必要があります」


 ナディアが堪らず声をあげた。


「そんなの言いがかりでしょ? あなたは私腹を肥やしたいだけじゃない!!」


 イーサンの容姿を批判されるのも、父親が作った金の道を引き継がれるのも、耐えられなかった。


 それから、フランクの隣にいるプリシラを見る。


「プリシラ、あなたの望みは何なの?」

「ふふっ、それはもちろん公爵夫人です。お姉さまがいなくなれば、王族の血を継ぐ未婚の女性は私だけになります。そうなれば、私がルース様の妻となり公爵夫人となるのです」


「その割にはフランクと仲が良いのね」

「あら、お姉さま。その質問は野暮というものですわ。ルース様は王都に赴くことも多いそうですから、その間は私がフランクと一緒にこの土地を治めるのです」  


 フフフと笑うプリシラは、ナディアの理解を超えていた。姉としてはそこまで地に落ちたかと思うだけだ。


「もう私のことを二度と姉と呼ばないで。それから、手に入れたものを大切にできない穴の空いた心では、永遠に満たされることもなければ、幸せにもなれない。あなたは可哀想な人間よ」


 プリシラは初めて向けられた侮蔑の視線と言葉に、聖女のような顔を歪めた。



「……姉妹喧嘩はそれまでにしましょう。どのみち、お二人にはこの船で死んでもらうのですから」


 フランクがプリシラの頭を撫でながら冷酷に言い放った。


「俺の遺体が見つかったらどう言い訳するつもりだ? 兄達はお前を問いただすぞ」

「信仰深い信徒により、海の魔物として殺されたと伝えます。あぁ、それからラーナを頼っても無駄ですよ。私の仲間が港の倉庫に閉じ込めていますから。彼女の遺体もあなたと一緒に浜辺に投げ捨てて置きましょう」


 フランクはクツクツと笑いながら、プリシラから離れるとナディアの背に剣の切っ先をあてた。

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