5-1 九月・吹き飛ばしたいもの

「そういや悪人と善人の定義ってどうなってるんだ?」


「悪人である者をシステムが定義し、それ以外が善人となります」


「……あぁなるほど。なんか違和感あると思ったんだよな」


「違和感……ですか?」


「ああ」


 タカカミとスズノカが悪人側の能力について確認をしてから二週間が経過した日の夜。戦いの時は訪れた。


「ここが儀式の舞台になります」


 今回タカカミが飛ばされたのはあるオフィスビルの近く。時刻は深夜を過ぎていた。その周囲には様々な高さのオフィスビルが一定の距離で建っており、ヨシカミにとってその場所に覚えはなかった。


「……で、範囲は?まさかここら一体じゃないよな?」


「いいえ。このビルのみです。もちろん周囲のビルに入れば死にます」


「はいはい怖いですね」


 スズノカが指を指した一つのビル。色は全体的にタイヤのように黒く、高さは約二十メートルほど。出入口は自動ドアではなく、手で空けるタイプのドアである。両隣が自動ドア形式のドアでここだけが手を使って開けなければならない事にタカカミは何処か不便さを覚えた。


(これは……六階建てか?ビルの横に建てられた螺旋階段を見るに――)


 近くに設置されたビルの案内板を見る。その予想は正解だった。


(で、肝心の相手はいるとしたら恐らく屋上にいるはずだよな)


 上を見上げる。瞳に映ったのはビルの屋上もそうだが、星々が煌めく夜空の方にタカカミは心を奪われていた。時刻は既に十一時を経過。スズノカの力で既に人払いは済まされ、辺りは静寂に包まれていた。


「そういやここは都心か?毎晩ご苦労なこって」


 タカカミは周囲のビル群を笑いながら眺める。深夜なのか儀式のせいなのか周囲のビルからは明かりは見えず、その時になって舞台となるビルのみに明かりが灯っているのに気づく。


「さて、じゃあもう始めていいんだな?」


「ええ。どうぞ」


 淡白な返事と共にスズノカは消えた。

 深呼吸して真剣な表情でタカカミはビルの中へと足を踏み入れる。


「それじゃ行きますかね。お金と人生を手に入れる為に」


 入るために引いたドアは重くギィと音を立てた。


(どうやって進む?相も変わらず敵の居場所も能力もわからずじまいだが……)


 銃を手にして周囲を見渡す。一階はエントランスで目の前に二つのエレベーター、入って右手にオフィス管理人の窓口が設置されている。エレベーターの隣には階段へのドアがあった。タカカミはそのドアを開く。


(こっちは内側に設置された階段か。さっき外で見たのは避難用か?)


 それは先ほど外で確認した螺旋階段ではなく内側に建てられた階段。早速敵を探そうと一歩、足を踏みいれる。


(五階まで行くか?それとも二階、三階としらみつぶしに行くか?これまでのパターンからして敵は恐らく遠くにいるはず。だったら一度見取り図を確認して――)


 近くのビル全体の見取り図が張られた壁に向かおうとしたその時、一階に呼び鈴のような音が響いた。


「え?」


 エントランスから階段へと入ろうとしたタカカミの足は止まり、視線は音の鳴った方へと向かう。エレベーターだ。心臓の鼓動が早まる。


(……おい、まさか馬鹿正直に一階に来たんじゃないよな?)


 エレベーターから出るものを撃とうと両手で銃を階段のドアの方からエレベーターに向ける。正面ではなく真横からなのでドアが開いたとしてもエレベーターの外側に出てからでないと撃てない。その間に息が乱れ、銃を持った手に力が籠る。


「さあ、来いよ」


 開かれたエレベーターのドア。誰が出るのか。何が出るのかに彼は注視する。

 するとエレベーターからは何かが出てきた。


(……なんだ?光の玉?)


 ふわりふわりと外に出たそれはオレンジ色の輝きをした光の玉でその光は揺らぎながら、それでも出口の方へとまっすぐに飛んでいく。


(あれは一体なんだ?)


 目で追って考えている矢先に何か違和感を目が感じ取った。するともう一つの同じような光がいつの間にかタカカミに近づいて――


(しまった――)


 とっさにドアの向こうの階段に飛び込む。そして光は……勢いよく爆発した。

 爆破の衝撃が到達するよりも前にタカカミはどうにかその範囲から逃げおおせることはできた。


「フェイク交じりの攻撃か!やるねえ!」


 その攻撃方法に思わず称賛の声を出した。


(楽しめそうじゃねぇか)


 うつ伏せからゆっくりと体を起こし、階段からビルの上階へと視線を向ける。


(待ってろよ、今すぐにぶち殺してやるからな)


 むき出しの殺意が表情から見えるほどになり、銃をその手にして彼は階段を駆け上がる。


(敵は何処だ?一階の施設は全部見た。となると二階から六階。それと屋上だから……いや屋上は省いていいか?)


 足が二階で止まり、ドアと螺旋階段の周囲を見回す。監視カメラはなく、ドアの向こうに意識を集中させてゆっくりとドアを開ける。向こう側で構えている可能性があり得るからだ。

 ゆっくりとして、そして一気にドアを開き、銃口を左に右に向ける。通路には人の気配がせず、おそらく周囲の室内にも誰もいないだろうと察知する。


(何もなさそうとはいえ……だ。調べて回るか)


 タカカミは誰もいないとわかっていても、息を潜めて周囲を回った。そしてビルの一室に構えられたある会社のオフィスに足を踏みいれる。


「これが会社?イメージしてたのと随分小さいな」


 それまでタカカミは会社というのは会社というのはビル丸ごと持っているという認識で偶にビルを二、三階分借りているという会社があるというイメージだった。しかし入ったその会社のオフィスは入口に受話器が一つ、奥に続くドアを開けるとそこには左右に合わせて約十人分の机が並び、更には小さな別室と社長室と刻まれた銀のプレートが張られたドアがあった。


(……俺も、もしかしたらこういう現場で働いていたのだろうか)


 オフィスの中心で、戦いの最中であったが、彼は物思いに耽っていた。ちなみに彼の将来なりたい職業はというと――


「でもやっぱり公務員の方がいいよな。安定してるイメージあるし。こういうとこだと定時上がり出来なそう……だよな」


 端に置かれたホワイトボードには『終電まで粘る日もある』と書かれていた。


(……うーん。っておいおい)


 ふとハッとして入ってきた方を見る。そんなもの見てる場合かと自分に突っ込みを入れながら。視線を入口に向けつつ、その場にあった小さな手鏡を一つ手に取ると彼は足早にその場を去った。

 続いて三階と四階にそれぞれ足を踏みいれた。特に何かがあるわけじゃなかったがそれでも潜んでいる可能性を捨てきれずにいた。なのでぐるぐるとそれぞれの階を探索した。文字通りに『徒労に終わる』結果だった。


(四階より下にはいない。エレベーターもあれから動いた気配がない。という事は――)


 かすかな疲労を覚えて四階までの探索を終え、内階段にて四階から五階の方へと視線を向ける。腰に手を当てながらタカガミは考え始めていた。


(おそらく敵は五階と六階のどちらか。それでいて俺をある程度監視できる部屋があるんだ)


 四階のオフィスがいくつか入っている空間から出て内階段に入ったのにはちゃんとした理由があった。


(最初の攻撃。あの時、あの場所には監視カメラがあった。だから俺の居場所が分かればある程度の攻撃が可能なはず。例えばオフィス内を監視カメラを通して一括で確認できる部屋。敵はそこに潜んでいるはずだ)


 最初の攻撃から現状までを思い返し、タカカミは敵の居場所に検討を付け始める。



(だけど探索中にわかった。六階は大きなホールが一つだけの特殊な階層。何か大きなミーティングをやるにあたって作られた空間らしいが――)


 思い返すのは三階の探索にてある会社の社員が書いたとされる六階に関する記述のメモ。


――六階はトイレ以外は大会議室しかないのでスペースの一部に荷物置き場を用意させましょう。その方がレクリエーションもしやすいはずです


「四階までになくて六階がメモ通りなら五階の部屋のどこかにあるはずだ。その部屋が」


 確信を胸に彼は階段を上り始めた。その間に銃とナイフをそれぞれチェックし問題がないことを確認しながら。


(それにしても……なんで最初の爆発から相手は何もしてこないんだ?まさか魔力が底をついたとかか?いや節約のつもりか?)


 そして疑問が浮かぶ。ゆっくりとなる足の速さ。何もしてこない相手に何処か不気味に感じていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る