不気味な掌編小説集

中川葉子

不倫だったんだ

 出張先のホテルで会社の後輩と性行為をした。後輩は戸惑った顔で、僕に訊ねた。


「先輩。いいんですか? 奥さんいるのに」


 僕は後輩の顔をジッと見つめて、首を傾げる。理解できなかった。


「やりたいからやるそれだけじゃないか? 君が嫌だったらやりはしないけど」


 後輩は僕の言葉に戸惑いながらも、最終的には身体を許してくれた。

 一回きりで終わり。ではなくて、出張が終わっても何度も何度も身体を重ねた。

 行為が両手両足の指の数で足りなくなってきた頃、家に帰ったら妻が言った。


「ずっと言おうか悩んでたんだけど、不倫してるよね?」

「不倫はしてないけど、セックスはしてるよ」

「それを不倫って言ってるんだけどね。女の匂いがする時があるのよ。むせ返りそうなくらいの匂い」

「セックスって、ダメだったんだ。ありがとう。知らなかったよ」

「もういい。ご飯は他所で食べて。今日は帰ってこないで」


 妻は真っ赤な目を見開いて、涙を溜めながら言った。僕はそうなのかと、後輩に電話をかけ、居酒屋で食事をした。


「いつもやってること、不倫っていうんだね。知らなかった」

「え? 気づいてなかったんですか?」

「うん。身体を重ねてるだけなのにね。この後ホテルいく?」

「えぇ……? その話の後でもできるんですか?」


 初めて誘った時みたいに戸惑った顔の後輩の手を引いて、何回も身体を重ねた。

 家に帰ると妻は首を吊っていた。僕は葬儀を済ませ、彼女の墓に通うようになった。旧姓に入ってる菊の花が好きだと言ったから、菊の花を毎日墓に備えた。

 菊の花を買って、後輩に電話して、墓に花を供えて、会う。

 そんなことを繰り返していたら、後輩は怯え始めた。


「なんでそんなことできるんですか?」


 僕は困惑し、混乱した。何が悪いのか。


「奥さんに花毎日供えてますよね? なのに何で私とセックスできるんですか?」

「近親者が亡くなったら墓に花を供える。ってのは教えられたから。君とセックスをするのは、したいから」


 後輩は化け物を見るような目で僕を見ながら、後退りして、帰っていった。それから少し経って気がついた。会社も辞めていた。

 何か嫌なことでもあったのだろうか。電話をかけても繋がらないし、心配だな。と菊の花を供えながら考えた。

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