第10話 この気持ちは封印しないと【後編】~ルーカス視点~

結局アリーが目覚めたのは、10日後だった。こんなにも長い期間眠るなんて、よほど無理をしたのだろう。


目が覚めたアリーは、俺たちに何度も謝っていた。さらに俺たちの為に料理を作ると申し出てくれたのだ。彼女の作る料理は、美味しいだけでなく、体中から力がみなぎるのだ。どうやら彼女は、料理に魔力を込めている様だ。


さらに皆の部屋の掃除まで買って出てくれた。本当に彼女は何から何まで完璧だった。いつも笑顔で仕事をこなすアリーは、一瞬にして隊の人気者となった。彼女に好意を抱いている隊員も多い。


中でも、ダイ・グレイ・ダニーとは特に仲がいい様で、よく4人で一緒にいる姿を見かける。


とにかく、彼女が来てから隊が見違えるように明るくなった。さらにアリーは、なぜか俺の事も気に掛けてくれる。


俺の好きな肉と玉ねぎのサンドイッチの時は、必ず俺の皿にお替りを入れてくれるのだ。


「隊長はこのサンドウィッチ、お好きですものね。沢山食べて下さい」


そう言ってほほ笑んでくれる。その笑顔を見ると、どうしてもカーラル公爵夫人を思い出すのだ。いつも俺の事を気に掛けていてくれていた夫人を…


もう夫人には5年も会っていないから、きっと恋しいのだろう。母上が亡くなってから、俺を本当の息子の様に接してくれた夫人に。


さらにアリーは、俺のちょっとした傷も見逃さない。少しの擦り傷でも見つけ出し、すぐに治療してくれるのだ。


本当に彼女はよく俺の事を見てくれている。それが嬉しい。気が付くと、アリーの事を目で追っている自分がいる。でも、俺には婚約者がいる。そうだ、他の女性など好きになってはいけないのだ。


俺が他に好きな女性が出来るという事は、アリシア嬢を、カーラル公爵家を裏切る事になるのだから。俺の為に命を懸けて動いてくれているカーラル公爵家を、決して裏切る訳にはいかないのだ。


そんな日々を過ごしていたある日、俺は中々寝付けず、外で訓練をしていた。その時、1人で歩いているアリーが目に入った。


こんな夜中に、どこに行くのだろう。心配で後を付ける。すると、テントから少し離れた川の前まで来ると、服を脱ぎ始めたのだ。


俺は慌てて目をそらした。でも…


木の陰からゆっくり彼女の方を見つめる。すると、気持ちよさそうに水浴びをしていた。その姿は、まるで妖精の様に可憐で美しい。つい釘付けになってしまう。その時だった。複数匹の魔物たちが、アリーをめがけて襲い掛かって来た。


俺は急いで炎魔法を掛け、魔物たちを焼き尽くす。それと同時に、アリーの元へ向かった。


多分すぐに焼き払ったから、怪我はしていないと思うが…


すると、俺に背を向けて水の中にしゃがみ込んだ。しまった、アリーは裸だった。急いで背を向け、見ないから着替える様に促す。着替えが終わったアリーが、俺と話をしたいと言い出したのだ。


2人で草むらに腰を下ろし、話をする。アリーは嬉しそうに星を見ているが、俺はつい彼女の方ばかり見てしまう。


そんな中、アリーは俺に、“もっと自分を大切にして欲しい、もしもの事があったら、たくさんの人が悲しむ”と言ったのだ。


俺にもしもの事があったら、きっと王妃や第二王子は両手を上げて喜ぶだろう。きっと国王でもある父上も…そんな思いから



「俺にもしもの事があっても、悲しまない…むしろ、喜ばれるくらいだ…」


そう伝えてしまった。一瞬きょとんとするアリー。でもすぐに


「あら?そんな事はありませんわ。少なくとも私は悲しいですわ。それに、あなた様の事を大切に思っている人は、たくさんいるのではありませんか?隊長は少し、自己評価が低い様ですわね。あなた様が思っている以上に、皆隊長の事を大切に思っておりますわ」


俺の方を真っすぐ見つめ、そう伝えてくれた。彼女は俺がいなくなると、悲しんでくれるのか…その言葉が、俺の心に響き渡る。


その時だった、ふと見上げた空に、綺麗な流れ星が流れたのだ。俺がその事を伝えると、“流れ星に願い事をすると叶うのだ”と教えてくれたアリー。


さらに何やら真剣にお願いし始めた。アリー、君は一体何をお祈りしたんだい?俺は君の事が気になって仕方がない。でも…


もし願いが叶うなら、せめてこの討伐部隊にいる間は、彼女の傍にいたい…

俺もそっと星に願い事をした。


翌日、いつも通り笑顔で迎えてくれるアリー。ダメだ、アリーの事が気になって仕方がない。俺はどうしていいか分からず、副隊長で親友のカールに相談した。


「なるほど、アリーを好きになってしまったのか。わかるぞ、俺もアリーには好意を抱いている男の1人だ」


「お前もかよ!でも俺には、アリシア嬢という婚約者がいる。だから、俺がアリーを好きになるという事は、アリシア嬢、さらにはカーラル公爵家を裏切る事になる…」


「そんなこと言ってもさ、好きになってしまったものは仕方がないだろう。公爵家に素直に話して、婚約を解消してもらったらどうだ?第一、いくらお前を守るためだと言っても、当時2歳のアリシア嬢とお前を普通婚約させるか?お前が王になったら、娘を利用して権力を振りかざすつもりじゃないのか?」


「カーラル公爵家の一族は、そんな人間じゃない。とにかく俺は、この気持ちを封印する!やっぱり、カーラル公爵家を裏切る事は出来ないからな」


「は~、お前、本当に頑固だな…でもさ、俺はお前には、幸せになってもらいたい。だから、アリーの事は頑張って欲しいんだけれどな…」


ため息をつくカール。でも、俺はやっぱり今までお世話になったカーラル公爵家を裏切る事は出来ない。とにかく、これ以上彼女に近づかないようにしないと。まだ後戻り出来るうちに…

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