WOLFRIC 合成獣と聖魔の冠

九詰文登

第一章 大喰者<ビッグイーター>

離れ森

世界は今日も火に焼かれている 1

 狼の暦四〇年六の月――初夏――


 人類三種族のうち人間種が持つ最大の都市、商業都市パレル。かつて傭兵として生きていた、魔法が扱えない少年アルマは、魔法学園の出来損ないの学生として、その生を全うしていた。かつての友から言伝された「頼む」という言葉。彼の力を信じて告げられたかのようなその言葉は、彼の「仲間殺し」という称号から、まるで呪いのように彼の心を縛り付けていた。

「よう、アルマ。そんな弱っちそうな武器でどう戦うんだよ」

 彼の腰に提げられた二本の短剣を見た少年は、その言葉と同時に彼へ鋭い蹴りを繰り出す。アルマはその衝撃に耐えるわけでもなく、ただ為すがままに力を受け入れ、そのまま地面へと転倒した。盛大に転んでいるのは明らかだったが、アルマは苦悶の声一つ上げずに立ち上がり、彼を蹴飛ばした少年イギルを虚ろな瞳で見据えた。

「文句あんのか? 木偶の坊」

 強く吐き捨てられた唾のような言葉を意に介さず、アルマは小さく一言だけ「ない」と答えた。彼のいつも着ている黒いローブには醜く、茶色い泥汚れがついている。


 魔法学園一年生、エリス=ライターという女教師を担任とするクラスの者たちは、学園での訓練カリキュラムを修め、実践訓練として離れ森に来ていた。

 離れ森表層から少し進んだ開けた辺りで、隊列を止めたエリスはそこに本日の拠点設営を生徒に命じた。拠点設営と言っても、魔法を扱える生徒に火をつけさせたり、力に自信のある生徒にいくらかの木を伐採させ、バリケードを作らせる程度のことである。そしてある程度の拠点設営が終わったところで、エリスは生徒たちを集め、訓練の概要を改めて説明した。

「これから森の中に入って、魔物との戦闘を主にした戦闘訓練を行ってもらいます。パーティを組むかどうかは個人の自由としますが、訓練終了後、5等級晶石を一人、五つ提出してもらいます。怪我をした場合はすぐに拠点に戻り、回復を受けること。中層へは近づかないこと。以上を心得た人から、解散!」

 まるで台本をそのまま読み上げたかのような説明を終えたエリスは若い。装備の見た目の落ち着いていなさ気な雰囲気だけでなく、髪や肌の艶感からそれは充分に察することが出来た。その見え見えの若さを悟られないように、舐められないようにと気丈に振舞って見せていた結果が、この台本読みであった。その姿を女子生徒に可愛いと小さく言われれば、彼女らを静かにしなさいときつく叱った。

 解散の号令を受けたアルマは、まるで誰かから隠れる様にしずしずと一人の女子生徒サリナの元へ向かう。彼女こそ、かつての仲間に「頼ま」れたその人であり、かつて共に戦った仲間の愛娘であった。しかしサリナ自身は、会った時から冴えないアルマという男に不安感を覚えながら、寧ろ自分が助けてやらねばと、進んで彼の前に立った。今日も彼のためにと、立場が逆転した状態で二人は目標の5等級晶石十個を目指し、獲物を探しに森の深くへ、足を踏み入れていく。

「なんでやり返さないの?」

 赤毛の可憐な少女がアルマに尋ねた。アルマのローブの前面には未だに土埃がついている。サリナは先ほどイギルに蹴飛ばされた瞬間を見ていたのだろう。

「だって、やり返すほどのことじゃないだろ」

 誰がどう見ても気が強い少女であるサリナは、その切れ長の目の奥に光る、獣の眼光とも言える瞳でアルマを睨むように見た。

「そんなんだからいっつもあんなことされるのよ! アルがってより、その綺麗な黒のローブが可哀想だわ! あんな些細なことで汚されて!」

「良いんだよ。別に俺は痛くも痒くもない」

「だからアルのことは心配してない!」

 そんなことを言いつつも、自分のことを遠回しに心配しているというのはアルマには重々承知であった。彼はそこまで鈍感な男ではない。それどころか彼女の大声に気付いた鎌鼬が、アルマを見るために振り返ったサリナの背後から飛び出してきたことにすら気付いており、彼はそれを見るや否や光の速度とも言わんばかりのスピードで、短剣を引き抜き、鎌鼬の急所を一突きにして見せた。


 ――黒鋼のトレンチナイフ――


 短剣と拳鍔メリケンサックを組み合わせたことで打撃に合わせた斬撃を放てる短剣であり、彼の主武器メインウエポンの一つであるこれは今、鎌鼬の紫色の血液によって黒光りを鈍らせている。

「あ、ありがとう」

 素直に告げるサリナを背後に激しく返り血を浴びたアルマは、少なくとも顔だけは綺麗に血を拭ってから、向き直って一言「気を付けて」とだけ告げる。そして鎌鼬の心臓の辺りから――鎌鼬の魔力が結晶化した――魔晶石を取り出し、次へと向かう。


 それからはサリナも気を抜くことはなく、彼女の得意とする炎魔法によって合計十匹の鎌鼬――二人分の目標を達成して見せた。

 目標を達成した二人は取り敢えず報告をと、エリスがいる拠点へと足を運ぶことにしたが、拠点に近づくにつれ、二人の耳には人々の所謂ざわめきが届いていた。もちろん学生の訓練程度に使われる離れ森に冒険者が大人数で入ってくることもないので、騒がしいのは彼らのクラスの面々であろう。鎌鼬と言えど、サリナのようにクラスにおいて上位の成績を持っているような生徒でなければこんなに早く目標数討伐できるわけがない。だから拠点に生徒が集まっているのはおかしいはずだった。多くの怪我人が出たのか、はたまた拠点に集まらなければならない状況に陥ったのか。少なからず異常が起きているということは確かだった。

 正義感の強いサリナは進んでエリスの元へ歩いていき、何があったかを尋ねる。

「ロード君たちが中層に入り込んで、小鬼ゴブリンたちに囲まれて、皆がいるから私はここを離れられないし――」

 捲し立てる様に続けるエリスは、台本読みの時とは打って変わって、焦りという感情を強く悟らせた。どうしようかと迷い慌てふためくエリスを横目に、サリナは「私助けに行ってもいいですか?」と続ける。彼女を「頼ま」れているアルマからすれば、サリナをわざわざそんな危険な場所へ向かわせたくはない。それが彼女の真の望みではなく、危機的状況から生まれた正義感が故の無謀であるのであれば、以ての外だった。しかし感情に駆られたサリナが、人の話を聞こうとしなくなるということも重々承知であり、アルマは溜息をつきながらついて行こうとしたところ、その話を聞いていたイギルが近づいてきてサリナに言った。

「俺も行くつもりだった。ついてくるか?」

 今にも走り出してしまいそうなサリナは、突然話しかけられたことに身体を震わせて驚き、後ろを振り向いた。

「あ、イギル……」

「俺も先生に助けに行きたいって言ったら、一人では行かせられないって。だから炎の魔術では横に出る者はいないと言わしめたサリナがいたら、文句ないだろ? 先生?」

 もちろん二人になったところで、危ないことに変わりはないので良いとは言い切れないエリスであったが、サリナの後ろにアルマがいることに気付き、「彼が行くなら」と告げた。

「はぁ? アルマを? 寧ろ足手纏いになるじゃねえか!」

 当たり前の反応であるだろうが、エリスは冷静さを取り戻し続ける。

「半年近く貴方たちを見てきた。アルマ君は俯瞰の能力に優れている。だから最適な方法で、最小限の被害で。出来るよね?」

 当人を抜きにして、もう引くことは出来ないほどに話が進んでしまった後に投げかけられた確認に対し、アルマは頷くことしかできない。流石教育者と言ったところか。エリスはアルマの得意なことをしっかりと言い当てて見せた。また炎という拡散力と、爆発力に秀でている魔術を扱えるサリナとの相性の良い仲間は、大きな得物を振り回し、敵を怯ませ、足止めし、サリナの魔法を確実に当てるための布石を打てる者であるべきと判断していたアルマにとって、もう一人のメンバーがイギルであることは最良の選択であるとも言えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る