第46話 生敗



「あちぃ……」


「ですな。魔法瓶が無ければかなり辛い旅路になっていたでしょうな」


 水筒って凄いんだな。

 カナリアが言うには宇宙レベルの科学って訳じゃないらしい。

 俺のいた現代文明でも水筒はこれ位の保温性があったらしい。


 そんな水筒見た事ないけどな。

 まぁ、水筒を使う事自体が少ないから仕方ないか。


 開始30分で俺とロージはかなり発汗している。

 それはシャルクも同様の筈なのだが、全く疲れた様子もなく辺りを警戒している。


 まぁ、道の横にマグマが流れている環境だ。

 過ぎた警戒という事も無いだろう。


「冒険者をしていたと言ってたが、ランクはどの辺りだったんだ?」


「Bランク止まりでしたね。元は騎士だったので強さには自信があったのですが、Cランクの時に強さだけでは上に行けないと気が付きました。そして冒険者として必要な知識を蓄え技能を磨きましたが、Bに上がると強さすらも自慢できる部分ではなくなりました」


 騎士で、冒険者で、執事。

 その方が驚きだけどな。


「色々やって、全て極める前に逃げております。所詮それが私の人生ですな」


 愛想笑いを浮かべて、ロージは言う。

 余り好きな顔じゃない。


「何言ってやがる。俺の為に働いている時点で、お前は俺に仕えない誰よりも意味のある男だ」


「……その言葉に見合う様、善処させて頂きます」


「当たり前だな。その歳で満足していない事がお前の長所だと俺は思っているぞ」


 遅咲きなんて言葉が世の中にはある。

 けれど、才能はきっとリラの様に持つ者に加速を与える。


 ロージが死ぬまでに付けられる力よりも、リラが死ぬまでに手に入れる力の方がずっと高い。

 それは事実かもしれない。


 けど、それは所詮『力』なんてどうでもいい分野の話でしかない。


 何物も、要は使い方なのだから。


「旦那、敵です」


「やっとか」


 シャルクの視線の先を見ると、そこには炎を纏った猪が居た。

 20頭ほど。


「面制圧か。魔物も中々バカじゃないらしい」


 並んだ猪がラインを引いて突進してくるつもりなのだろう。

 横に逃げ場はない。

 まぁ、上を、空を飛べば回避できるが。


「ブモォ!」


 そう思った矢先、猪の鼻先から火炎が放出される。

 それは機関車の蒸気の様に、奴らの頭上に広がった。


「上も塞がれましたな」


 ロージが冷静にその動きを分析していた。

 機械みたいな動きをする猪共だ。

 しかし、随分と低レベルな機械を差し向けて来た物だ。


「ロージ、お前は言ったな? 善処すると」


「えぇ、しかし今すぐにというのは……」


 あぁ、お前の能力はそういうのじゃない。

 起死回生を生み出す力じゃない。


 経験を元に手持ちのアイテムでどう場を乗り切るかを考える。

 それがお前が培った、経験と言う名の才能だ。

 あぁ、お前の手腕は本当に見事だよ。


 何せ、殆ど終わってた俺の領地を俺がこの歳になるまで存亡させていたのだから。

 ある物全てを使って、それでも運が悪ければ滅ぶ。

 そんな天秤の帳尻をお前を一人で管理していた。


「お前は俺の右腕に相応しい実績をもう持っている」


 マジックデバイスを一枚剥ぐ。

 そして、ロージの首元に張り付けた。


「これは……」


 同時に、肩を掴み耳元に囁く。


「お前は弱くない。俺の部下が弱い訳が無い。証明しろ」


「私など大した魔力もございませんのに」


「必要なのか?」


「……いいえ、老骨に期待する領主など貴方位な物ですよ」


 そう言って、ロージはしゃがむ。

 両手を地面に付け、術式を起動する。

 デバイス内部に記録された基本術式ではなく、ロージ自身の魔法。

 敗北を悟ったからこそ生まれた、弱者が強者に一矢報いる為の魔法。


幻影ミラージュ


 人は機械ではないというがあれはバカの戯言だ。

 猪でも、虫ですら機械的に生きている。

 本能的とも言い換えていい。

 その虫や動物より高い知性を有する人間が、機械的じゃない訳が無い。


「この魔法は……?」


「お前の使う精神干渉って程じゃない。ただ視覚情報を錯覚させてるだけ」


 ロージの魔法は機械的の極みだ。

 敵を見る。

 自分を見つめる。

 そして、最適な反撃を行う。


 結果的に、猪が左右に別れマグマの中にダイブしていく。


 幻影魔法。

 その命中率は相手の納得によって変化する。

 納得性の高い幻影、つまり幻影であるという認識を抱かれにくい物程、相手は簡単に術中に掛かる。


 大した魔力を持たない。

 魔術師としての適性も無い。

 騎士として高い実力も無い。

 そんなロージだからこそ、最も得意な魔法がそれなのだろう。


 どれだけ才能が無くとも、自分で幻影をメイクすれば勘ぐられ難い幻影も作り出せる。


「溶岩の位置と道の形状を少し変えさせて頂きました」


 道が続いていると思って猪は突進した。

 けれど、その先に待っていたのはマグマ。

 幾ら炎属性の魔物でも、溶岩を耐え抜くほどの耐性は無いだろう。


 幻影の制御もマジックデバイスの影響でかなり向上しているハズ。

 ユニバーサルデザインって奴も完璧だ。

 そもそも、思考を読み取る機能がある以上、使えないなんて事はあり得ない。


 使い熟す必要はあるだろうが、使うだけなら誰でもできる。


「よくやった」


「光栄でございます」


 さぁ、大詰めだ。

 ここまで時間を掛けさせたのだから、大した奴が待っていてくれないと困るぞ。


 寒いし熱いし、ストレスを発散したい気分だ。

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