第24話 前祭


 魔族の遺伝子情報の照合開始

 術式実験データの共有完了アップロード

 第3プロジェクト進捗率26%

 ゾーンシステム開発率87%

 領民のバイタルチェックデータ共有完了アップロード

 魔族領監視ドローンの映像データ受信完了ダウンロード

 シェリフ王都行動履歴閲覧

 戦闘ランキング更新

 術式転用第一段階成功クリア

 アンドロイド定期ケア実行スタート



 終わらないミッションを熟していく。

 私の演算能力を以てしても処理する速度よりも多く、タスクが増えていく。


 けれど、私にとってそれは幸せな事だ。

 多忙である事は、無価値である事に比べれば数億倍幸福度が高い。


 アンドロイドは元々、人を助ける為に生み出された。

 人型であるのは、人の不信感を少しでも取り除こうとした結果。

 しかし、私には理解できない。


 説明書があるのに、どうしてそれを信用できないのか。

 確かめる方法は幾らでもある筈なのに。


 それはこの惑星の住人にも同じだった。

 人間も魔族も、我ら機械生命を理解する気が無い。

 畏れ、萎縮し、アンドロイドに声をかける事自体が稀だ。


 だから、己に向かない作業を己でやろうとする。

 旦那様に与えられた仕事の他に、非効率な問題を抱え込む。


 しかし、それを脳力的な性能不足と断じるのは早計だ。


 旦那様やリラ、ディアナは我らの事をよく理解しているのだから。


「知識欲の欠如」


 現状、そんな答えが私の最適解だった。

 けれど、やはり理解できない。


 時間は有限だ。

 可能な限り知識を蓄える事に何の疑問があるのだろうか。


「やはり生命には期待できない」


 私として悪魔と呼ばれる生物にクラックされた身。

 完璧と言うにはほど遠く、失敗をしないとは言い切れない。

 けれど、そもそも成功する気が無い相手に何を望めるのだろうか。


『カナリア、仕事タスクの追加だ。お前にやって欲しい事ができた』


 旦那様から通信が入った。

 その内容は長期的に考えられていた作戦を速めるという事だった。


「了解しました。都合の良いタイミングです」


『そうか?』


「えぇ、昨日使者が来ましたよ。放置しているので、そろそろ動きがあるかと。それで大義名分も貰いましょう」


『それは良い話だ。蹴散らしておけ、期待しているぞ』


「了解しました」


 そう言って通信は切れる。

 これが正しいアンドロイドの使い方だ。


 ふと、自分の口角が少し上がっている事に気が付いた。

 顔に手を当て、表情を元に戻す。


 領民には不満も問題もある。

 それを解決する方法が無いという現状は正直、不服ストレスだ。


 しかし、それでも構わないと思う。


 興味の無い数百人に褒められるよりも、たった1人の好意的な存在に褒められ期待される方が心が動く。

 それを知ってしまったから。


 心の理解、解析。

 それが、私に心という機能が存在する最大の理由。


「知識欲。この感情は、そうですよね?」


 私は少しだけ己の心に不安を感じた。



 ◆



「アスト・レイナード・グロービス。やはり問題は公爵家の次男って事だ……」


 俺の今の地位は辺境伯。

 辺境伯は貴族の階級制度から抜けた位置にある。

 しかし、実際の家の力を加味して、他の貴族たちは辺境伯をランク付けしている。


 俺の領地の規模や文化力を考えれば、ランク付けは最底の男爵と同等だろうな。

 そんな俺が、最高位である公爵家とお近づきになれる訳も無い。


 って事は、功績を国王に認めさせて爵位を貰う必要がある。


 思いつく方法は二つ。

 財宝か戦果。


「なぁ、顔も知らねぇ国王になんで自分の物をやらないといけないと思うか?」


 独り言だ。

 俺の部屋には俺と、使用人用のオートマタ一体しかいない。

 だから回答を期待した訳じゃない。


 けれど、オートマタは俺の芯を見透かしたように答えた。


「貴方の意思はこの国の王と同等の力を持ちましょう。何故なら、我らが貴方の手足となるのですから」


 はっ。

 オートマタとの会話は、脳の運動に丁度いい。

 自分の思考がどれだけ凝り固まっていたのか理解できる。


 何故、俺が見定められなければならないと勝手に思い込んでいたのだろうか。


 俺がするのは、見せつける事だ。

 力と知恵を。

 武力と意思を。


「カナリアに通信を繋げ」


「了、繋がりました」


 公爵級の地位を手に入れる。

 それが自分の目的に最も近いと勝手に思い込んでいた。


 けれど、俺の目的はもっと簡単な事だった。


 国王は確かに国で一番偉いが、例外なんて歴史上何度も作られて来た。

 法王でも英雄でもなんでもいい。

 国王ですら意見できないだけの力を誇示し、この国で一番の有力貴族になるとしよう。


 そうすれば、伯爵家に圧力をかける事すら可能となる。


「カナリア、仕事タスクの追加だ。お前にやって欲しい事ができた。――魔族には、俺の力を証明する為の生贄になって貰う事にした」

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