第21話 神官の話
私は玄関の結界から出ないように注意しながら、丸椅子を三つ外に出して座るよう促した。神官たちは仕方がないと言うような顔をして丸椅子に座る。
「お一人でお暮らしですか? 若い女性の一人暮らしは危険ですし、心細いでしょう?」
「……何が言いたいのですか?」
神官が世間話をするように放った言葉に眉を寄せる。私を孤独に追いやった悪役令嬢と執事の姿が神官に重なって見える。
「今の暮らしに満足されていますか? あなたにはどうしても助けたいと願う相手がいないように思います。寂しくありませんか?」
「余計なお世話です」
私が扉を閉めようとすると、神官が扉に足を挟んだ。この世界でも下品と言われるような行動に驚いてしまう。相手はチンピラではない。神官の高そうな革靴が傷ついてしまう気がして、扉を閉める手から力が抜ける。
「私も意地悪でこんなことを言っているのではないのです。一般には知られていませんが、若い聖女様は孤独に陥ると体調を崩してしまうことが多い。私達はあなたを心配しているのですよ」
神官が捲し立てるように放った言葉で、私は動けなくなった。ゲームでヒロインに起こる一学期のバッドエンドは、これが原因だったのだろうか。前世の知識とカチリとはまって、神官の言葉を否定することができない。
この街に落ち着いてすぐに、『聖女の花』は冒険者ギルドを通じで祖国から取り寄せている。国内で『聖女の花』が生息している場所はないかと冒険者ギルドに相談したところ、取り寄せが可能だと聞いたときには本当に驚いた。
しかし、本来の効果を出すには、聖女を想う者の魔力で薬効成分を抽出しなければならないらしい。『聖女の花』を守ってきた家系が祖国には存在するようで、『聖女の花』を送ってくれるときに、その方が添えた手紙で知らせてくれた。それは、ゲーム内での攻略対象者の行動とも一致する。
誰か信頼できる者を見つけなければならない。頭の片隅において生活してきたが、今なお、思い浮かぶのは祖国においてきた弟分の顔だけだ。しかも、私が想像するアランの気持ちには、『あのときには』という注釈がつく。
「私達と一緒に来ませんか? 我々は聖女様に快適な生活をお約束します。聖女様が寂しい思いをしないよう、この者たちをお付けする予定です」
そう言って、神官は後ろに控える二人の青年を視線で示した。二人は作り笑顔を浮かべている。聖女への生贄と言ったところだろうか。そう思ってよく顔を見ると攻略対象者ほどではないが見目が良い。しかし、私が抱く感情は、生贄になれと命令したであろう神殿の高官への嫌悪感だけだ。
「何も心配することはありません。聖女様は神秘の力で少しだけ我々に協力して下されば良いのです。下々の者のように
「お断りします。私はここでの暮らしが気に入っているのです」
「ここにいる二人では、好みに合いませんかな? 聖女様はどのような者が好みてしょう? ご要望に合う者をすぐに探して連れて来ますよ」
「私はそういうことを言っているのではありません!」
人を物のように言う言葉に、怒りが湧いてくる。神官は聞き分けのない子供を見るような視線をこちらに向けている。本当はただの小娘を丁重に扱わなくてはならない現状が煩わしいのかもしれない。
「聖女様も急なことで混乱されているのでしょう。今日はこれで失礼いたします。気持ちが変わったときには、いつでも神殿までお越しください」
神官はそう言って書類のようなものを差し出してくる。私が受け取らないと分かると、丸椅子の上にそれを置いた。神官が言い添えた言葉を信じるなら、中には神殿への地図と紹介状が入っているのだろう。
「ああ。そういえば、聖女特有の病気を発症した場合、正しい治療を受けなければ聖女の力を失うと言われています。普通の風邪ではないと気づいたときには薬の準備が間に合わなかった、なんて話も過去にはあるんですよ。生活の糧を失ったら貴方も困るでしょう? 早めに神殿にお越しになることをおすすめします」
神官は最後にそう言い残して、私の返事も待たずに去っていった。
『聖女の力を失う』
ゲーム内では語られなかった事実に、私は内心震えていた。
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