CHAPTER.5 蒙昧な透明(モウマイナトウメイ)
§ 5ー1 惑星ラクト① 黎明
希望は、絶望の最悪の形である。
フリードリヒ・ヴィルヘルム・ニーチェ (Friedrich Wilhelm Nietzsche)
♦ ♦ ♦ ♦
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小さく
花言葉が『希望』であることと幼き頃のアイサとの約束を思い出す。確か8歳の頃だった。アイサとおれと今はもういない父さんの3人で特別に地上に連れてきてもらったときだ。
…………
『ソルトは物知りだよね。この小さな花が『希望』かぁー……。それじゃ、私のおじいちゃんはこの花と一緒だ。人類の希望って言われてるもん』
『ぼくの父さんだって、花とか木とかすっごい
『私のおじいちゃんの方がすごいもん! 私もおじいちゃんみたくなるんだから!』
『ぼくも父さんみたいな学者さんになるもん』
『じゃぁ、私が科学者で、ソルトが植物学者さんね。私は勉強できるけど、ソルトは大丈夫かなー?』
『だ、大丈夫だよ! お花の名前だっていっぱい覚えてるしさ』
『じゃぁ、約束ね♪ 約束守れたら、アイサがソルトのお嫁さんになってあげてもいいよ』
…………
あれから13年も
遠くにそびえる氷河の山々に向けて、肺を凍らせ
アイサ、キミは元気ですか?
♦ ♦ ♦ ♦
太陽系第3惑星ラクト。この太陽系は終わりに向かっていた。
太陽の活動が弱まり、
長い歴史で
最初の地下コロニーが出来て500年。そんな地下コロニーが惑星ラクトには赤道上に12個存在している。その最古にして最大規模の中央コロニー・ルベリエ。今このコロニーで人類最後の望みが実行されようとしていた。600年前に発案・計画された2つのプログラム。人類が地下に
今、望みが
はるか昔は当然だったもの。
太陽の光の中、地上で生活できるかもしれないと……
♦ ♦ ♦ ♦
--ルベリエ・第6商業区レストラン--
今日は朝から妙な気分だ。ソワソワと落ち着かない。待ち合わせ時間より先に着いて、出された水の入ったグラスを指で持ち、水を回して遊ぶ。
きっと、今朝、目覚める前まで見ていた夢のせいだろう。昔の幼い頃の夢。少年とそのお父さんと私で初めて行った地上。恐ろしい程の寒さと、地平線まで続く空と白。
心が震えた。サラサラした雪の感触も、野生の雪ウサギの可愛らしさも、少年がいる風景も。21歳になり、『希望』に追われる毎日で色
でも、色
…………
「遅くなってごめん、アイサ」額に汗を浮かべ、息を切らす彼。
「あっ、マリウス。連絡はもらってたんだから、そんなに
上着をボーイに
「念願のプログラムがいよいよ
「私の仕事はほとんど終わってるから、今は手持ち
「おいおい、数百年にも及ぶ事業の最後の
「解ってるって、マリウス。おじいちゃんの夢でもあるんだから、絶対に成功させるわ」
「アイサのおじいさん、アルベルト=シャハルの功績は大きいよ。反物質のバリオス数生成のゆらぎの規則性を見つけたことは、彼にしかできなかった偉業だからね。おかげで、フォワーディング・プログラムの座標決定の
「えー、おじいちゃんは本当にすごい人だった……。だからこそ、おじいちゃんにもプログラムの成功を見届けて欲しかったわ……」
「アイサ、胸を張りなよ。シャハル博士もきっとアイサがプログラムを引き継いで、成功させることを天国で
「……そうね、おじいちゃんの孫として、絶対成功させなきゃね」
付き合いだして2年。私とマリウスは親族に有名で偉大な者がいる、という共通点から仲を深めた。お互いに強いプレッシャーの中で育ったからか、弱いところを分かり合える。そんなフランクだけど誠実な彼を、私は心の
♦ ♦ ♦ ♦
千年以上、昔の話。惑星ラクトにまだ
太陽系の他の惑星への移住計画も進んでいき、いつかは他の恒星系にまで人類は
それは突然だった。宇宙空間に存在していた人類は絶滅した。原因は大規模は太陽フレア。肥大し
しかし、惑星上に残っていた数百万人ほどの人類だけは死を
生き残った人類は、人類が
【ハイバーネイト】プログラムは、寒冷化する地上から生存圏を地下に移行する計画。そのために、100万人規模が生活できるコロニーを製造し、運営していく仕組みを構築することが必要だった。
【フォワーディング】プログラムは、反物質のバリオス数生成に多元空間への反転転送の可能性が見込まれることから、その理論体制を確立し、惑星ラクトごと反転転送させる計画。そのために、赤道上に
地下の閉鎖空間による感染症や派閥対立等の諸問題を乗り換え、600年の歳月の末、人類は遂に【フォワーディング】プログラムの最終段階に入った。
宇宙ステーションを核とし、惑星に3重の電磁膜を生成する。そこで水素陽子を遠心力と電場によるローレンツ力で加速させ、衝突させ、反陽子を生成する。反陽子を同タイミングで一定数の天文学的な個数生成し、そのうちの10億分の1個の割合で起こる反陽子から陽子に入れ変わる変化に同調し、反陽子と共に空間ごと反転転移する。
それにより、今いる宇宙と似た反転世界へ移動する。これが
♦ ♦ ♦ ♦
--ルベリエ・中央区セントラル広場--
普段はシンメトリーの緑の芝生の遊歩道。ソレイと呼ばれる巨大な照明の光が注ぐ落ち着いた広場。そんな広場が今日は様子が違っていた。緑など見えないほど群衆が集まり、広場の外の
広場の舞台の前には数十台のテレビカメラが設置され、ルベリエだけでなく他の地下コロニーにまで広場の様子が放映されていた。地上にいるすべての人類が今日この日を待ち
舞台の演台横には、マリウスの父・第167代評議会代表フランクリン=ボーネサリアが今か今かとその時を待っていた。マリウスも来賓席の一席に座っている。目が合うと、彼は軽く微笑む。
カラン……カラン……カラン……カラン……
広場の前にあるルベリエ評議堂の鐘が鳴り響く。その鐘は、全ての地下コロニーで同時に鳴らされた。
「あぁ、私はなんて幸せ者なのだろう。この鐘の音を皆様と共に聴くことができるなんて……」
そう。この鐘の音が鳴るのはプログラムの準備が整ったことを意味する。それは小学生でも知っている希望の音。代表も、聴衆も、私も、自然と涙が
「そうです、皆様。
高らかな宣言に、ある者は手を
この地下世界が出来て、もっとも
「では、皆様。ともに我々の未来に足を
それを合図に舞台には、やけに派手派手しく鳩や薔薇が装飾された装置が
「さぁ、ではいざ参りましょう。新世界へ!」
オォォー!! という歓声も後押しをし、そのレバーが今
惑星の空を
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--e:+1.047 μ:+0.762 τ:+3.194--
一瞬の
【成功です! プログラムは成功しました! 宇宙には
興奮を隠しきれないその声。興奮そのままに放送は何度も何度も繰り返される。そして、徐々に上がる歓声は大きくなり、先ほどをはるかに超える騒ぎになる。
「やった! やった! やったんだよ、アイサ! やったぁ!!」
喜びのあまり、人前なのもお
「マリウス……、やったのね、本当にやったのね、私たち」
涙が止まらなかった。スッと離れたマリウスは、私の左手を取る。何かを指に感じ、涙で
「アイサ……、このときを待ってたんだ。僕たち、結婚しよう」
思いもがけないプロポーズ。断る理由はなかった。再び抱き締め合う。「はい」と返事をしようとしたときだった。抱きしめられた私の目に映った。雰囲気も髪型も昔とは全然違うが一目で分かった。
私を見つめる、幼き頃に私の前から
ソルト=ライバース……、あなたなの?
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