或る都市のネオンブルー《アンダーラインスピンオフ》

朝香トオル

第1話 《事件発生》――The incident has occured!

「――本部から〈イータ〉巡回Aチームへ。東四南三の宝石店に窃盗犯が入ったとの連絡があった。至急現地へ確認に向かってくれ」


 朝から派手な事件が起こってくれた、と思いながら〈アンダーライン〉第三部隊副隊長の松本山次まつもとさんじは事件が起こった【住】地区七番街〈イータ〉を巡回しているチームへ連絡を入れた。


『了解しました』


 現場付近を巡回していたチームはすぐに応答し、指定された場所へ向かった。


「朝から派手な事件が起きましたね」


 日勤隊員の櫻井さくらいが松本に声をかけ、どうぞと言って茶を置いた。彼はかなり年下の上官である松本にも物腰柔らかく接する。松本は礼を言って茶を受け取った。


「宝石店から何が盗まれたかわかりませんけど、少額被害ではなさそうですし、今日はこれにかかりきりになりそうですね」


 やれやれ、と肩をすくめた松本に、櫻井も苦笑しながらがんばりましょうね、と声をかけた。

 彼らは、都市国家〈ヤシヲ〉に設置されている自警団〈アンダーライン〉の隊員である。〈アンダーライン〉は国の警察任務を請け負う組織であり、二十四ある【住】地区の警備と治安維持を四部隊が分担して努めていた。今、松本が所属しているのは第三部隊であり、通報のあった【住】地区七番街〈イータ〉は彼らの担当地区であった。





 現場の隊員たちがもう一度本部へ連絡を入れてきたのは、彼らが現場に着いた直後だった。曰く、盗まれたものが高額すぎて自分たちの手には余るとのことだった。


「俺が行ってもいいのはいいですけど」


 通信を切った松本はちらり、と横目で第三部隊長の六条院真仁ろくじょういんまさひとを見た。六条院も松本を見つめ返し、やがて小さくため息をついた。


「わたしが出た方が都合がよいだろうな」

「俺もかじも櫻井さんも、庶民ですからね」


 隊長の名前、こういうときに便利ですね、と言う松本の言葉に「こういうときに使うための名ではないぞ」と六条院は反論した。都市国家〈ヤシヲ〉の【貴賓】地区にある貴族家出身の名があれば、高額な盗難品の事件も任せてもらえるはずだが、その推論は六条院のお気に召さなかったらしい。


「適宜、状況報告の通信を入れる。それに合わせて動けるか」

「動かします。他の地区の通信はひとまず俺が対応をしますので、よろしくお願いします」

「それと梶を借りる」


 六条院が指名したのは日勤隊員の一人だった。指名された本人が一番驚き、


「え⁈ 僕っすか?」


 と、すっとんきょうな声を上げた。まだ幼いといっても過言ではなく、第三部隊最年少の彼は今年で十八歳だ。せっかくなので社会勉強をしてこいと松本は言った。

 お気をつけて、と松本と数名の日勤隊員に見送られて六条院は梶と共に隊舎をあとにした。





 現場に着いた二人が見たものは店頭のガラスが派手に割られた店舗だった。梶はそれを見ながら首を傾げた。


「これだけ派手に壊して警報鳴らないものっすか?」

「普通は鳴るだろうな。だが、昨夜はシステムの定修があって一時的にシステムの電源が落とされていたらしい」


 宝飾品を扱う店のセキュリティが甘いという話は古今東西耳にしたことがない。だが、昨日は運悪くシステムの定修のため、侵入者への警報はおろか監視カメラの録画機能もオフになってしまったようだ。出費はかさむが、セキュリティシステムを二つに増やすしかない、と店主は嘆いていた。

 そんな店主に六条院が名乗った後(それまで〈アンダーライン〉隊員を警戒していたのが嘘のように店主の態度が変わり、梶はわずかに眉をひそめた)、何が盗まれたのかを訊ねると、店主は端末の写真を二人に見せた。そこに写っていたのは濃いブルーが美しい宝石だった。宝石は高価なもの、くらいのイメージしか抱いていなかった梶が何の気なしに値札を見ると、【貴賓】地区の一等地を買って別荘を建てられる程度の金額――一億 ――が記されており、目を白黒させるはめになった。

 宝石の名前も確認すると《パライバトルマリン》と書かれており、見慣れないその名前に梶はまた首を傾げた。


「昨夜はこれをどこに置かれましたか」


 だが、六条院は見慣れたものを見ていますと言わんばかりの態度で、特に目立った反応は見せなかった。店主は六条院の問いに「いつも通り、鍵付きのショーケースに入れていました」と答える。


「? 金庫に保管するようなものではないのですか」

「そんなことしてたらうちの商品はすべて金庫行きですから」


 一つ一つ金庫への出し入れをする方が大変でとてもではないが管理しきれない、と店主は言った。梶が店内をくるり、と見渡すとどこもかしこも、まばゆい宝石の光に満ちていて、確かにそうだろうなと思った。


「わかりました。では、すみませんが、捜査のために先ほど見せていただいた写真を拝借できませんか」


 六条院の言葉に店主は素直に端末の写真を送信した。六条院は店主に礼を述べると、店を出た。


「え、もういいんですか」

「システムがほとんど機能していない時間帯での犯行ゆえ、わたしたちが訊けるのはここまでだ。あとは科技研かぎけん(科学技術研究局)の調査と店の外の監視カメラに頼るしかあるまい」


 六条院は現場から連絡を入れてきた隊員たちに「付近一帯の監視カメラの映像をできる限り集めて送ってほしい」と指示をし、梶とともに〈アンダーライン〉の本部へと帰還した。

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