第15話 大将戦(1)
副将戦は負けてしまった。いつもの練習試合なら勝つことができた相手だと思われたが、緊張の糸が
私は頭に
自分にそう言い聞かせ立ち上がると、ちょうど副将戦を終えて同期の女子が自陣に戻ってきた。試合場から下がった彼女は涙が溢れぬように頭を下げた。
「そら、ごめんね」
「大丈夫。私が打ち負かせばそれで済む話なんだからさ。任せておいて」
私は彼女の肩を小手を着けた手で叩き、面の隙間から笑顔を見せる。彼女も救われたように顔に輝きを戻すと「がんば」と声をかけてくれた。私は「おう」とだけ言うと、先程まで彼女が立っていた試合場に足を踏み入れた。
試合は現在、一対〇で不利な状態だ。でもケリをつけるためには私が勝つだけではだめだ。勝つだけでは一対一でタイになってしまう。
そうなると、争点は総本数になる。第四試合までに相手が取った有効打突は一本だけ……つまり、私が相手より一本多く取った上で試合を終わらせなくてはいけない。私が先制二本取って勝つか、一本取られても最終的に二本取れたら勝ち。結局、二本取らなければ今大会が私の引退試合になってしまうことは明白だった。
相手の大将は私と同じくらいの身長だが、面越しでもわかる覇気は副将戦までと格段に異なる。とっておきの隠し玉というやつだ。
しかし、腰から
相手は私と同じ塾で学び、そして他校ではあるが友人でもある小椋梨奈という女性だ。試合の映像を何度も見直してはノートに癖をまとめ、試合で竹刀を交えるたびに実戦経験として積んできた。
となると、相手が私の胴を狙ってくる可能性は低い。注意すべきは面だ。避ければいいという話じゃない。むかし、男の先輩に練習試合で全力で面を打ち込まれたとき、脳天が割れるような痛みに襲われた。それが尾を引きずるように何度も何度も打ち込まれるのだ。とてもじゃないが、たまったものではない。
頭を下げ、三歩詰めては抜刀しながら腰を落とす。竹刀の
――なんだ、相手との距離感に妙な違和感を覚える。宣誓式のときから左眼の視力が不安定に感じる。これは……気のせいなのかな。
「はじめ──っ!」
主審の低い声が勝負の
「押さえ込まれた――」
相手選手は技と呼応するように叫び声をあげると、竹刀同士を強く打ちつけることで私の出鼻を挫いた。私の視界を完全に遮るほど相手の体が懐まで肉薄していることに気付いた私は、竹刀を手元に急速に引き寄せ、力の向きを流すように腕を振るった。
けれど、それで受け流せるほど相手は甘くはなかった。中段の構えからは想像ができないほど強烈な面を脳天に浴びせられると、私は卒倒したように床に後頭部から頭を打ち付けた。目の前に映る光景が会場を照らす照明で非常に眩しい。意識が遠退き、立ち上がる気力すら失われた私に、相手は非情にも接近してもう一度面を繰り出す。倒れた直後の打突は有効として扱われる。
本物の戦と同じなのだ、倒れた者にくれてやる慈悲はない。
「面あり!」
離れたところで主審と副審の三人が赤旗を挙げる。一本目は満場一致の負けだ。私はこれで一度命を落としたことになる。
判定が認められると、相手選手が倒れた私に手を差し伸べてきた。私はその手に
「大丈夫ですか」なんて温かい言葉ではない。
「早く終わらせよう」だった。
制御のきかない体を抑え、所定の位置に私は戻った。肘から先に思うように力が入らなくなり、竹刀の鋒が標準より若干下がり気味になる。
余力は残っていない、せめて一旦引き分けに持ち込もう。私は腹から声を出すと、気合で定まらぬ視界を安定させた。
「はじめ──っ!」
二本目が始まった。私は即座に面に見せかけての小手を仕掛けるべく、足を
だが相手の対処も早かった。前方に足を踏み出し鍔迫り合いに持ち込むと、すぐさま大きく距離を取って、私の技を半強制的にキャンセルさせた。
お互いの視線がぶつかる。私たちは中段の構えのまま再び距離を詰めると、叫びながらお互いに面を打ち込んだ。空気を震えさせる衝突音が試合場を取り巻くように響き渡る。
やったか? と期待したが、副審が一人白旗を挙げただけで判定は認められなかったようだ。有効打突が同時に起きた場合、判定が見送られることがある。
もっと速く打ち込まなければ。もっと、速く――。
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