第11話 お前がいい
私の胴に決め手を打ち込んだ、次期主将候補の神崎先輩と呼ばれた人は、そのまま私の横を軽やかに通り過ぎ、残心──打ち込んで切り抜けた姿──のまま、判定が出るまで動かなかった。そして、私の負けが確定した瞬間、私に走り寄ってきては小手の上から突然手を握られる。
「お前すごいな! あんなに焦ったの初めてだ!」
嬉々として手を握ったままぶんぶんと振る神崎先輩はとても笑顔だった。その嬉しそうな顔を見て、私は気付いたのだ。神崎先輩は敵なんかじゃない。同じ剣道部の仲間なんだと。
かくして、その先しばらくは一度も先輩に勝つことはできなかったが、その頃にはとっくに打ち解けて「浩一先輩」、「そら」と名前を呼び合い、お互いを認め合っていた。
そして一年後──、浩一先輩の高校生活最後となる部内の引退試合は指名制で行われた。各三年生が最後に戦いたい相手を選び、一戦だけこなすのだ。一人につき一回のため、大抵はお互いをライバルだと思っている相手を選ぶ。そんななか、浩一先輩が選んだ相手は私だった。
「そら、お前がいい」
初めこそ戸惑って拒否してしまった私だが、もちろん拒否できるわけなんてなく、「お前がいい」なんて言葉にすっかり心を射抜かれ決心を決めた。
私はこのとき思っていたことがあった。男子と女子の違いこそあれど、私は先輩がライバルだと思っている相手なのだと。先輩と同等の力だと認めている後輩なのだと。相手が先輩でよかった……。私はこの人の横に立てているんだ。
この気持ちがいつ好きに変わったのかはわからない。ただ、卒業式の日には思わず先輩の家族がいるのに抱きしめて泣いてしまったことはいまでも記憶に新しい。恥ずかしくて記憶から消し去りたいのだが、消すのもなんだかもったいなく思ってしまう。不思議だ。
結局のところ、告白はしていない。私のこの気持ちがなんなのか、そのときは自分でわからなかったから。
だけど、いまは違う。決めたのだ、告白するときは引退試合にしようって。そして、私服の先輩を指名して「浩一先輩、あなたがいい」なんて言って驚かせて、道着を着て戦う。そして、私が勝ったら「好きでした」ってその場で告白する。負けたときは……まあ、そのとき考えよう。私はその日が来るのが悩ましくもあり、楽しみにもなった。
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