少しは味わえば良いわ。@雨谷ゆり
隣を歩く彼の名前は柿本英治。
私の初の彼氏だ。
一月に少し街外れにある本屋さんで偶然再会した。
その突然の出会いにテンパった私は何のプランもないまま言い訳のような懺悔のようなよくわからない告白をしてしまい、黙った彼が話し出すまで、まるで地獄の中にいるかのような、そんな後悔をしていた。
先に連絡先交換とか。
もう少し距離を縮めてからとか。
そもそもこれ、告白したんだろうか、とか。
そもそも彼女居たじゃない、とか。
頭真っ白で何言ったかあんまり覚えてない。
覚えているのは、好きだと彼に伝えたことだけだった。
いろいろと準備が足りてないことにも後悔していたが、言ってしまった事実は変えられない。
だからその合否の瞬間を痛いくらい手に力を握って固まって待っていた。緊張すると知らないうちに力が入る私のくせだった。
すると彼はなぜか受けてくれた。
あんなにも情け無い告白だったのに。
何言ったか覚えてなかったのに。
でもめちゃくちゃ嬉しい。
今までそんな大胆なことしたこと無いのに、調子に乗ってすぐに呼び捨てにしたくらい嬉しかった。
のちに聞けば去年のクリスマスに彼女と別れたそうだ。
でも果たしてクリスマスに別れるものだろうか。
付き合った事のない私にはわからないけれど。
でも構わない。
これでついに私の初恋が実ったのだ。
「で、あの子は誰なのかしら?」
「うん? ただのクラスメイトだね」
「ふ〜ん。そ」
「? 変なゆりだね」
英治は昔から優しかった。
小学五年生の時に転校してきた私には友達が全然出来なかった。臆病で不安な私をいつも安心させるかのように微笑んでくれていた。
そして英治から悪口なんて一度だって聞いたことがない。
小さな頃、男子は英治みたいに穏やかで優しくないと駄目。そんなことを影で聞いてしまったらしく、それからずっと意識してしまい、そんな性格になってしまったそうだ。
だから仮に何かが元カノとあったとしても、少なくとも高校を卒業するまでは何も話さないだろう。
でも私は知っていた。
あいつが元カノの花咲さくらだってことを。
確かに今はただのクラスメイトだ。
そこは嘘じゃない。
それにもしさっき元カノなんて言われたら、私は多分動揺して、拗ねて、困らせて、仲直りの仕方なんて知らなくて、微妙な雰囲気のまま遊ぶことになって、せっかくの英治との時間が少なくなって、変な別れになってしまう。
人付き合いは苦手。
そう小学校の時伝えたことを覚えていてくれているのかもしれない。
それと中学の時のことを覚えていてくれているのかもしれない。
臆病で根暗でイジメられてた私を助けてくれたことを覚えていてくれているのかもしれない。
でも花咲さくらはやっぱり可愛かった。私の高校でも噂されていたくらいだ。
根暗で標的にされやすく、人の意見に流されやすい私とは何もかも違っていた。
あいつより上に行くにはどうしたら良いのか。あんなキラキラしたやつに負けないためにはどうしたら良いのか。
負けたくない。
取り返されたくない。
でも英治がただのクラスメイトと口にしてくれて、正直ホッとした。
そして、その瞬間のあの子の表情ったらなかった。
さっき私が近づかなければ、いったい何を言うつもりだったのかだいたいわかっていた。
きっとヨリを戻したいとか、もう一度やり直したいとか、きっとそういうことを言うつもりだったのだろう。
だって、さっきのあいつは。
花咲さくらが彼女だと知った時の私の表情と、まったく同じだったもの。
私じゃもの足りないかもしれないけど、あなたも少しは味わえば良いわ。
このまとわりつくような悔しさを。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます