そして僕は知らない言葉を口にした

墨色

そして僕は

そろそろ僕は振られたい。@柿本英治


「でさ、夏休み出掛けない?」



 今僕に話かけているのは花咲さくらさん。


 僕の事を彼氏だと設定している女の子だ。


 そして僕は彼氏のフリをずっと続けている。



「いいよ。いつにしよう?」



 遊ばれている事実に気づいてからだから、もうかれこれ一月ほど片想い中の恋人だ。


 もう一度偶然街で見かけることを期待しているが、小さな街とは言え、そんな簡単には見つからない。



 花咲さくらは本当に可愛い女の子だ。


 人気のある彼女は男女問わず囲まれる。その合間を縫って、僕は告白した。


 その勇気だけは持っていた。


 高校二年の始業式の日、公園の桜の木の下のベンチに座り、精一杯伝えた。


 彼女は桜色の唇から短くはいと可愛らしく答えてくれた。


 正直なところ、何度釣り合いが取れていないと嘲笑われたかわからないくらいだ。クラス内でも、僕だけが否定される。


 でもそんなことは知っている。


 だけど、特にもう何も思わない。



「ね、持って行くのにお揃いとかよくない?」



 全然良くない。

 思い出をモノにして残したくなんてない。


 けど、街で偶然会ったときの惨めで悔しそうな演出アイテムのためなら喜んで。



「いいね」



 付き合ってから三ヶ月が経っていた。


 片想いで一月だ。


 そろそろだ。


 そろそろ僕は振られたい。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る