ep62 タケゾー「初デートを始めよう」

 デートする前段階ですでに色々あったが、俺と隼はようやく街中のショッピングモールまでやって来た。

 それまでに電車に乗ったり、大通りを歩いたりもしたのだが、その時にどうしても気になったことがあって――


「ねえ、タケゾー。なんだか、アタシ達を見る人の目が多くなかった?」

「多かったな……。多分、今の隼の姿が原因だ」


 ――清楚お嬢様系美人へと変貌した隼に対し、周囲の輝く視線が集まりっぱなしなのだ。

 それはそうだろう。今の隼は道行く人も思わず振り返り、その姿を確認したくなるほどの美貌とカリスマ性を携えている。

 俺も自分の彼女が羨望せんぼうの眼差しで見られるのは、妙な妬ましさを覚えつつも、同時に誇らしくある。

 『俺の彼女が羨ましいだろ?』などと、見栄の一つも張りたくなる。


 ――ただ、隼をここまで変貌させたおふくろに対しては、異様だが純粋な恐怖を覚えてしまう。


「ね~ね~? そこの綺麗で清楚な彼女~? 俺らと一緒にお茶しな~い?」

「そっちの男装でスレンダーな彼女も一緒にさ~?」


 さらには厄介なことに、隼のことを狙ってナンパする輩まで現れた。

 確かに今の隼をちょっとチャラい系の若い男が見れば、放っておくはずがない。


 ――てか、俺も女性に見られてないか?

 確かに女っぽい顔立ちとはよく言われるけど、流石に男からナンパされるのは勘弁なんだけど?


「なーに馬鹿なことを言ってんだい。こいつはアタシの彼氏だっての」

「え? あ、ああ。それは失礼。じゃあさ、そっちの彼女の方だけで、俺らと楽しく――」

「嫌なこった! アタシはこいつの彼女なんだ! タケゾーのことは渡さないぞ!」

「い、いや……。俺らはお姉さんの方をナンパしてるのであって、男に興味はなくて……」


 そんなナンパ男二人に対しても、隼は頑なにその要求を拒んでくれる。

 俺としても、嬉しいのは嬉しい。隼が俺の腕を掴んで胸を押し当ててくる仕草も、それはそれで嬉しい。


 ――だが、隼は俺のことで遊んでないか? ナンパされてるのはお前であって、俺じゃないんだぞ?

 ナンパ男二人もそんな隼の言葉を聞いて、逆に態度に困っている。


「で、でもさ? そんな女みたいな彼氏より、俺らの方が男っぽくて――」

「あー!? タケゾーのことを馬鹿にしたなー!? だったら教えてやんよ! タケゾーの好印象ポイントなんだけど、まずは子供にもすんなり好かれる優しさと、アタシみたいな面倒な女のことも理解してくれる器の広さと――」

「おい、隼!? もういいだろ!? 俺のことまで巻き込まないでくれ! 頼むから!」


 さらには俺のことまで隼は巻き込み、もうこれではどっちから話を仕掛けたの分からない状態。

 俺のことを慕ってくれるのは嬉しいが、こんな公衆の面前で声を大にして語るのはやめてくれ。

 俺も片手で顔を隠して必死に恥ずかしさを堪え、ナンパ男ではなく隼を止めに入らざるを得ない。


「……彼氏さん。あんたも苦労してそうだな」

「余計な茶々を入れて悪かった。彼女さんとお幸せにな……」

「なんで彼氏の俺が、彼女をナンパしてきた男二人に慰められるんだよ……!?」


 そんな隼の態度を見て、ナンパ男二人もどこか憂いを帯びた顔をしながら、俺の肩に手を置いて慰めの言葉をかけてくれる。


 ――何だこの状況? ナンパを追い払うどころか、ナンパに慰められる男なんて聞いたことがないぞ?

 隼と一緒にいると、本当に奇妙なことには事欠かない。





 その後、ナンパ男二人とも別れた俺達は、適当にショッピングモールの中をうろつく。

 その間にも隼は五回、俺は二回、チャラそうな男達からナンパされた。

 隼がナンパされるのは分かるが、どうして一緒にいる俺までナンパされるのだ? もしかして、隼の彼氏と思われてないとか?

 俺と隼の容姿がカップルとして釣り合ってなくて、俺の方は『ボーイッシュな男装麗人』とでも思われてるとか?


 ――だとしたら、俺も俺でもうちょっとファッションに気を遣おう。

 今の隼に釣り合いそうな俺の恰好なんて想像もつかないけど、そこは事の発端であるおふくろに押し付けよう。




「ねえねえ、タケゾー。これって、アタシに似合いそうかねぇ?」

「いや……。『饂飩饅頭』なんてデカデカと書かれたTシャツ、誰にも似合わないっての……」




 そんな俺達は現在、まずは試しとばかりにファッションショップへ入ってみた。

 一応はおふくろから隼の外着を見繕ってもらったとはいえ、俺からも何か服のプレゼントぐらいはしたい。外着が一着だけというのも不安だ。

 とりあえずは隼にも服を選ばせてみたのだが、こいつのファッションセンスは壊滅していた。

 選ぶものはことごとくダサT。しかも、異様に難しい漢字が並んでいる奇抜な奴。

 そんなもの、海外の観光客が『なんか面白そう』ぐらいの感覚で買うものであって、外着で買うようなものではない。

 隼の見た目も相まってか、さっきから店員も『あのお嬢さん、世間知らずなのかしら?』みたいな顔で、こちらの様子を伺ってくる。


 ――確かに世間知らずではある。何せ、普段着として作業着しか持ってないような奴だ。

 ファッションセンスなんて言葉、庭の穴にでも埋めてしまったのだろう。


「だったらさ~、タケゾーはどんなのが似合うと思うわけよ?」

「うーん……。俺も正直、おふくろと同じぐらいのセンスで服は選べない……」

「なんだよ~? タケゾーだって、全然選べてないじゃんか~?」


 そんな隼なのだが、俺にも服選びをせがんでくる。

 とはいえ、俺もあまり人のことは言えない。外着なんて、パーカーやジャケットぐらいでいいと思ってるレベルだ。

 ただ、俺もおふくろレベルとは行かずとも、何か彼氏らしいものを選ぶぐらいは――




「お? これとか良さそうだな」

「これって――わわっ!?」




 ――そう思って目についた商品を、隼の頭の上に乗せてみる。

 清楚なお嬢様風ワンピースとくれば、ツバが大きめの丸い帽子が似合うだろう。

 白を基調とした色合いもワンピースと同じで、俺から見ると全体的にもバランスが取れている。

 まさに花畑にでもいそうな優雅なお嬢様。中身は全く逆だけど。


「どうだ? この帽子とか似合うんじゃないか?」

「おおー!? これはアタシ的にもいいチョイスじゃないかなー!? なんだか、タケゾーのお母さんのセンスに乗っかってる感じではあるけど」

「ほっとけ。お前のダサTを選ぶセンスよりはマシだ」


 隼も一言余計なことを言ってくるが、帽子自体は気に入ってくれている。

 なら、これで決まりとしよう。服の方は結局選べなかったが、それはまた今度にすればいいか。


 ――最悪、おふくろの古着と同じデザインのもので行こう。

 おふくろのハードルが異様に高すぎるのだ。




「お? ねえねえ、タケゾー。これ、記念に買わない?」

「ん? キーホルダーか?」




 そうして俺が選んだ帽子を持ってレジに向かっていると、隼がレジの前に飾ってあった商品に目を向けて尋ねてきた。

 そこにあったのは、いかにも『最後にちょっと見て行ってください』的な空色の宝石のようなキーホルダー。

 値段も手頃ではあるが、ハッキリ言って安っぽい。本物の宝石というわけでもないし、初デートでの彼女へのプレゼントとしては少々味気ない。


「こんなのよりも、もっといいものを買ってやってもいいぞ?」

「いんや、アタシはこれがいい。これを二つ買って、タケゾーとお揃にしない?」

「まあ、恋人同士で同じものを持ってるってのも、よくある話ではあるが……」

「値段じゃないんだよ。安っぽくてもいいさ。それに、空色なんてアタシにピッタリじゃない?」

「まあ、確かにピッタリではあるが……」


 俺は思わず難色を示してしまうが、隼の方は興味津々といった様子。

 空色の魔女としての顔を持つ隼には、この空色のキーホルダーも確かに似合う。


「彼女との初デート記念だと思ってさ、買ってくんないかな? なんだったら、お金はアタシが出すし」

「これぐらいのキーホルダーも買えないほど、俺も安月給じゃないさ。隼がそこまで言うなら、俺も買ってやるよ。今日のデートのお代ぐらい、俺に任せておけ」

「おお!? 随分と太っ腹じゃないか、タケゾー! 愛してるぞ!」

「ちょっとキーホルダーを追加したぐらいで、そんな大げさな反応をしないでくれ……」


 結局、俺は隼の要望を断れるはずもなく、空色のキーホルダー二つも揃えてレジへと持って行く。

 レジに並ぶ途中で愛を叫ばれたりして恥ずかしくもあったが、これで隼が喜んでくれるなら本当に安い買い物だ。


「ニシシ~! タケゾーとお揃い~!」

「……まあ、俺も隼と同じものを持っているってのは、どこか特別感はあるか」

「でしょでしょ~? これまでの幼馴染の関係から、一歩進んだ感じをさせるには十分っしょ!」


 そんな喜ぶ隼の姿を見て思うに、こいつも俺との交際を機として、何か特別の証が欲しかったのだろう。

 俺の思い上がりかもしれないが、隼も隼で俺に気があったからこそ、こうやって率先して関係を進めたがるのだろうか?

 まあ、それは今になって考えることでもない。


 ――俺の傍に隼がいてくれて、こうして喜んでもらえている事実だけあればいい。




「おっ! さっきの彼氏さんと彼女さん、いい雰囲気じゃないの~!?」

「俺らも応援してるぜ! いい夢見なよ!」




 そうやって想いにふけながら耳に入ってくるのは、一番最初のナンパ男二人の声。

 偶然通りかかった俺と隼に対し、揃って励ましの言葉を述べてくれた。


 ――ありがたいのだが、余計なお世話でもある。

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