ep60 タケゾー「服を買いに行くための服がない」
「……作業着のままじゃダメかな?」
「そりゃ、ダメだろ。自分だけ外着のパーカーを着て、彼女に作業着を着せて連れ歩く彼氏がどこにいるんだ?」
「……タケゾーがその第一号ってことで」
「嫌に決まってるだろ……!」
これから恋人同士のデートっぽく、街に出てお洒落な服でも買おうとした矢先に起きた、ある意味想定はできた事態。
俺も隼との付き合いは長いが、思えばこいつがお洒落に気を遣っているところなど見たことがない。
学生時代も目にする服装は大体作業着か制服。酷い時はパジャマのままウチにやって来たこともあった。
ここ最近に至っては、本当に作業着以外を着ているところを見たことがない。
――要するに、服を買いに行くための服がない状況だ。
「あっ。だったらこうやって、空色の魔女に変身すれば――」
「余計にダメに決まってるだろ!? お前だって、空色の魔女の正体はバラしたくないんだろ!? 俺と一緒にいたらすぐにバレるぞ!? てか、本当に一瞬で変身できるんだな!?」
そんな隼なのだが、あろうことか手に持ったブローチを使って瞬時に空色の魔女へと変身し、これでデートに向かうと言い始めた。
無論、即行で却下だ。その変身技術は凄いと思うが、今はそれの見せどころではない。
――空色の魔女はいかにもそれっぽいデザインで作ってあるのに、まともな普段着はどうしてないのだ?
「仕方ないね~。ちょっとアタシも見繕ってくるから、小屋の外で待っててよ」
「それは構わないが、探したところでまともな服はあるのか? ピンク色の作業着とかもなしだぞ?」
「え? ダメなの? あれが一番女の子っぽいと思ってたのに……」
「本当にあったのか……。とにかく、作業着から離れろ」
ひとまずは隼も作業着以外のまともな服がないか探し始めるが、どうにも期待はできない。
さっきの話の様子だと、本当に作業着以外は持っていないと見える。
例外があるとするならば、空色の魔女の装束と、親父の葬式の時に来ていた喪服ぐらいか。
――そういえば、隼って技術者としては自分で営業回りもしてたよな?
だったら、それ用のスーツとかは持ってないのか?
まさかとは思うが、作業着のまま営業回りをしてたのか?
あいつが営業に失敗する最大の原因って、服装の準備ができてないことだったりするのか?
――いや、もう余計なことを考えるのはやめよう。
むしろ、俺が隼のために何か服を用意する方法を考える方が建設的か――
「タケゾー! あったぞ! この服装なら問題ないっしょ!」
――などとプレハブ小屋の外で考えていると、隼がドアを勢いよく開けて中から出てきた。
そして肝心の服装なのだが、確かに作業着ではない。俺もよく見覚えのある服装だ。
――だがな、隼。それはいくら何でも攻めすぎじゃないか?
下手をすれば、作業着よりも倫理的に危ないぞ?
「この高校時代の制服なら、全然違和感ないよね!」
「違和感ありまくりだよぉ!? お前は本当に何を考えて、どこを目指してるんだぁ!?」
それは俺も高校時代によく見た、隼が通っていた工業高校のブレザーだった。
確かに似合っていないわけではない。ただ、隼も当時からかなり肉体的に成長している。
出回って歩くことが増えたためか、タイツを履いた脚はムチムチしている。
胸は高校時代も大きかったが、さらに大きくなって胸元がパンパンだ。
――単刀直入にエロくなってるし、そのせいで制服姿がいかがわしいコスプレっぽくなってしまっている。
「まあ、確かにアタシも体が成長したからね~。でも、これはこれでお洒落じゃない?」
「……もういい。俺が考えた方法で行くから、作業着のままついてきてくれ……」
このまま隼に任せていると、デートをするのでさえも何時になるか分からない。
――俺もできればこの手は取りたくなかったが、あそこになら隼に合いそうな服ぐらいはあるだろう。
■
「――というわけで、ここでお前に合いそうな服を探すぞ」
「ここって……タケゾーの家じゃん?」
そうしてやって来たのは俺の家だ。
ここでなら隼が作業着のままであっても、とやかく言われることもない。
「まさか……タケゾーって、女性用の服も持ってるの? 確かに見た目が女っぽいから、女装とかも似合いそうだけど……」
「違うっての! おふくろから服を借りるんだよ!」
隼にいつもの調子でおかしなことを言われてしまうが、おふくろの服ならば隼にも合ったものがあるはずだ。
この『服を買いに行くための服がない』現状を打破するためには、俺と隼に縁のある人物から借りるしかない。
「お、おふくろ~……? ちょーっと、お願いがあるんだけどさ~……?」
ただ、この方法には重大な課題がある。自らの母親に俺と隼が交際を始めたことをバレないようにすることだ。
いくらおふくろと隼がよく知った間柄とはいえ、ここで交際のことを明かしてしまえば、絶対に話が余計な方向にこじれる。
そんなわけで、自宅のドアを恐る恐る静かに開けながら、小声でおふくろを呼んでみる――
「あらあらら~? 武蔵に隼ちゃんじゃないの~? 二人一緒でどうしたのかしら~?」
「タケゾーのお母さん! アタシ、タケゾーに告白されて付き合うことになった! これからもよろしくね!」
「ちょっと黙っててくれないかなぁあ!? 隼んん!?」
――そして、即行で交際のことを隼にバラされてしまった。
迂闊だった。こいつは俺との交際について、少々俺とは違う捉え方をしていたようだ。
確かに俺も隼とは小さい頃の幼馴染だし、こうやって正式に交際を始めたところで急に特別何がどうするわけでもない。
俺はただ、隼の傍でこいつのことを支えていきたいだけだ。
――いや、今そんなことは関係ない。
問題なのは、隼が交際のことおふくろに言ってしまったことにあって――
「あらあらあらあらら~!? 武蔵、ようやく隼ちゃんに告白したのね! お母さん、嬉しいわ! この二人の姿をお父さんにも見せてあげたかったわね……ううぅ……!」
「おふくろ、泣くなって! あああ! こうなるのが分かってたから嫌だったんだぁああ!!」
――おふくろも隼のことを気に入っており、俺が内心でずっと隼が好きだったことも知っていたからか、過剰な反応をされてしまうことだ。
しかも『お父さんに報告しなきゃ!』と言い出し、俺と隼を親父の仏壇の前へと案内してくる。
――こんなことなら、隼に口止めしておくべきだった。
「いやー。タケゾーのお母さんも喜んでるね~。これで『ウチの息子はあげません!』なんて言われたら、アタシも対応に困ってたよ」
「それって、立場的に逆じゃないか? 俺は現在進行形でこの状況に困ってるのによ……。ハァ~。お前ももう少し、空気を読んで発言してくれないものか……」
「別にいいじゃんか。自分の母親にまで隠すことでもないでしょ?」
隼も言う通り、いずれはおふくろにもバレる話ではあった。
だが、今でなくてもよかったはずだ。今回の目的である、隼の服を借りるという話もどこ吹く風となってしまった。
隼はどこかウキウキと話すが、こうも問題が立て込んでしまうと、俺のメンタルが持たない。
「……これでもさ、タケゾーが告白してくれたことに対して、アタシはかなり喜んでんだ。ついつい舞い上がっちゃったけど、アタシの彼氏になってくれてありがとね」
そんな俺の疲労困憊なメンタルも、隣にいる隼の笑顔と飾り気のない言葉によって一気に元に戻った。
よくもそんなことを恥ずかしげもなく言えるものだ。言われた俺の方が恥ずかしさで目を逸らしてしまう。
「実を言うとさ、本当にアタシがタケゾーみたいな色男の彼女でいいのかなって、疑心暗鬼にもなっちゃうんだよね」
「なんでお前が疑心暗鬼になるんだよ?」
「だって、タケゾーって中学や高校じゃ、女子からも結構人気者だったじゃん」
「それを言うなら、隼の方こそ男子からモテてただろ?」
「そうだったっけ?」
「自覚なしかよ……」
わずかに目を逸らしてしまったが、すぐに俺と隼はいつもの調子での会話に戻っていた。
俺も隼も、お互いの学生時代には色恋で色々とあった。隼の方は無自覚なようだが、他校の俺でもその噂が耳に入るぐらいには評判が良かった。
それでも、今の俺にはそんな昔のことよりも、こうして隣に隼がいることが嬉しい。
隼は俺の告白を喜んでくれているが、俺の方こそ告白を受け入れてくれたことはこの上なく嬉しい。
「タケゾーの親父さんにも、しっかりアタシ達のことは報告しておかないとね」
「そうだな。お前も空色の魔女として、色々世話になってたみたいだしな」
気がつけば、俺と隼は自然と親父の仏壇に報告することができた。
なんだか流されるままではあったが、親父も俺と隼の関係についてはずっと気にかけてくれていた。
できることなら、親父が生きている間に伝えたかった。親父も俺と隼が結ばれることを、ずっと望んでいるのは知っていた。
そんな後悔が頭をよぎれど、俺は隼と一緒に目を閉じて手を合わせながら、仏壇の前で心に誓う。
――俺は絶対に隼を不幸になんかさせない。
それが今はもう言葉を交わせない親父とする、男同士の約束だ。
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