ep52 今度こそ大切な人を救ってみせる!
「ほ、本当に逃げてくれ……! このままだと……俺はお前を殺して――」
「いいから黙ってなっての! アタシだって、愛してくれる男の一人や二人、見殺しにするほど腐ってないさ!」
タケゾーはアタシになおも逃げるように促すが、こっちだって意地がある。
空色の魔女へと再度変身すると、タケゾーの背後に回り込んで脊椎に繋がった回路用ナノワイヤーへと目を向ける。
「ナノワイヤー自体は脊椎に直結してて、稼働中に下手に抜き取ると装着者に過度の負荷がかかり、脳に後遺症が出る可能性も……!」
アタシは頭の中にある脊椎直結制御回路の構造を思い出しながら、必死にそれを破壊する方法を考える。
設計図を見直す余裕などない。時間をかけてしまうと、それだけタケゾーが苦しむことになる。
――アタシの両親と星皇カンパニー。
いくらアタシよりも優秀な人達が作った技術であっても、それを止めることだけならアタシにもできるはずだ。
「……よし! 右手で回路をオーバーロードさせて、左手でアース線の役割を担えば……!」
そうして必死に考えた末、アタシは一つの方法へと辿り着く。
まずは右手をタケゾーの脊椎に接続された制御回路のメイン基板へと触れさせ、左手はタケゾーの脊椎への接続部を摘まむように構える。
――考え付いた方法はこうだ。
まずはアタシの右手から制御回路に直接電気を流し込み、回路そのものを過電流でショートさせ、その機能を停止させる。
ただ、そのままだとタケゾーの脊椎にまで、アタシの電気が流れ込んでしまう。
だからその余剰分の電気をアタシの左手にアースのように送り込ませ、同時に脊椎に繋がったナノワイヤーを素早く抜き取る。
方法こそ決まったが、簡単な話ではない。
一歩間違えれば、タケゾーの身に何が起こるかなんて分からない。
それでも、これでいくしかない。もう余計なことを考えている余裕もない。
「タケゾー……。絶対に……絶対にアタシが助けるから!」
情報制御コンタクトレンズも焦点を合わせ、脊椎直結制御回路に意識を集中させる。
電流なんて制御するにしても一瞬だ。その一瞬でタケゾーの安否が分かれる。
瞬きすることも忘れ、アタシはその一瞬のタイミングだけを狙う。
――タケゾーをこのままになんてできっこない。
絶対にアタシの手で救いだしてみせる。
――バチィンッ!
ピンッッ!!
「うぅ!? ぐうぅ……!?」
少しの間を置いた後、思いついた方法を決行。
制御回路はショートし、脊椎に繋がっていたナノワイヤーも確かに抜き取れた。
だが、問題となるのはタケゾーの方だ。アタシがナノワイヤーを抜き取った後、わずかに声を漏らすと体が脱力してしまう。
「タケゾー! しっかりして! アタシのことが分かる!? ねえ!?」
自分ではうまく行ったと思っても、こんな即席の方法では予想外のことが起こってもおかしくない。
制御回路がショートする前にナノワイヤーを抜き取っていたら、AIのエラーでタケゾーの脳に異常が生じる。
ナノワイヤーを抜くのが遅れていたら、アタシの電流がタケゾーの脊椎に流れ込んで大惨事。
どんな異常が起こっていてもおかしくない。
アタシは脱力したタケゾーの体を抱え込みながら、その顔を覗き込んで必死に声をかける。
お願いだ。せめて、声だけでも聞かせてくれ――
「そ……空鳥……? ほ、本当に俺を助けて……?」
「よ……よかったぁ……! タケゾー!!」
――その願いが届いたのか、タケゾーは薄っすらと目を開きながらアタシの名前を呼んでくれた。
体にまだ力は入らないようだが、それでもこの様子を見る限り、脳に特別な異常は及んでいないと見える。
何より、アタシの名前を呼んでくれた。記憶障害も起こしていない。
アタシにとっては、それが本当に嬉しかった。もしタケゾーが助かっても、アタシのことを忘れられるなんて嫌だ。
――だって、アタシはついさっき、タケゾーに思わぬ告白をされたのよ?
アタシにとってもタケゾーは大切な幼馴染だ。そんな奴の気持ちまで忘れられたら、アタシが悲しすぎる。
――思わず涙を流しながらタケゾーに抱き着き、喜びを体で表現せずにはいられない。
「お、俺……お前に酷いことしたけど……本当は……」
「大丈夫さ。あんたの言葉の続きは、アタシも後できっちり聞かせてもらう。だから、今はゆっくりと休みな」
「あり……がとう……」
無事だったとはいえ、タケゾーもジェットアーマーの装着と精神汚染による負荷が祟ったのか、アタシの腕の中で目を閉じて寝息を立て始めた。
それでも、脈拍も呼吸も落ち着いている。このまま目を開けないということはないだろう。
アタシもようやく安心することができた。
「それにしても……どうしてタケゾーがジェットアーマーを装着してたんだろ?」
ただ、こうやって落ち着いた後に気になるのは、タケゾーがジェットアーマーを装着していた理由。
タケゾーが
だが、そもそもその原因となるジェットアーマーを装着していた理由が見えてこない。
それに警察施設にあるものを、責任者だったタケゾー父の息子とはいえ、一般人であるタケゾーが持ち出せるはずもない。
ならば、誰かがタケゾーに無理矢理装着させて――
「グゲゲゲェ! せっかく、空色の魔女に復讐できる力を与えてやったのに、満足に役目も果たせぬとはナァ!」
「なっ……!? あ、あんたは……!?」
――その謎の人物の正体が気になっていると、アタシとタケゾーしかいないはずの屋上の上から、誰かの声が響いてきた。
もう何度聞いたか分からない、忌々しい下卑た笑い声。さらにはその口ぶりから、こいつこそがタケゾーを利用した張本人と見て取れる。
いや、正確には『張本鳥』とでも言うべきだろうか――
「ま、まさか……あんたがタケゾーを利用したのかい!? デザイアガルダ!?」
「グゲゲェ! 『デザイアガルダ』カァ! 警察連中はワシのことをそう呼んでいるらしいナァ!」
――タケゾー父を殺した仇敵クソバード、デザイアガルダ。
そいつが翼をはためかせながら、アタシ達の頭上へと姿を現した。
そして予想通り、こいつこそがタケゾーを利用した元凶だ。
「タケゾーの親父さんだけじゃなく、タケゾーまで散々な目に遭わせやがって……!」
「物のついでで、その小僧の内なる願いを叶えようとしてやったのだがナ。だが、空色の魔女を倒せなかった以上、本来の目的を果たさせてもらおうカァ!」
「な、何する気――うんぐぅ!?」
タケゾー親子への仕打ちを思うと、このアホ馬鹿ボケバードへのアタシの怒りはもう臨界点を超えている。
そんなアタシに構うものかと、デザイアガルダはお得意のソニックブームをいきなりぶつけてくる。
それでアタシは大きく吹き飛ばされたのだが――
「ワシはこのジェットアーマーが必要でナ! この小僧ごといただいていくゾォ!」
「ううぅ……」
「タ、タケゾー!?」
――傍にいたタケゾーの方はデザイアガルダに捕らえられ、そのまま夜空の中へと連れ去られてしまった。
話を聞いていた限り、タケゾーにジェットアーマーを装着させたのは、邪魔者であるアタシを倒す目的こそあれど、一番の目的ではない。
ジェットアーマーを奪うことこそが、あいつの一番の狙いだ。
「……ふざけんなよ。ンク! ンク! プハァー! ……ンク! ンク! ンク!」
デザイアガルダが何故ジェットアーマーのことを知っているのか? 盗み出して何を考えているのか?
そんな疑問が頭の片隅に浮かぶが、今のアタシにとっては何よりも許せないことがある。
――タケゾーを攫ったことが、アタシには何よりも許せない。
もう堪忍袋の緒が切れたとかじゃない。怒りで頭がどうにかなりそうだ。
逃がすつもりなどない。アタシは懐にあった残りの酒のボトルを飲み干し、生体コイルをこれ以上ないほどに稼働させる。
全身が凄まじいまでに熱く滾り、体の周囲に放電現象が現れるほどのオーバーチャージ状態。タケゾー父を救えなかった時と同じ状態だ。
ハッキリ言って、これがあまりに無茶なことはアタシ自身も理解している。
それでもやるしかない。やらずにはいられない。
宙に浮かせたデバイスロッドにまたがり、追うべき標的へと狙いを定める。
アタシのこの身がどうなろうとも、やるべきことは一つしか思い浮かばない――
「タケゾーを……返せぇぇええ!!」
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