ep9 暴走車両を食い止めてみせる!

 パトカーに追われている車がおばあさんを轢こうとした車だと気付いたアタシは、デバイスロッドに腰かけながら全速力で後を追う。

 高速道路もなんのその。こっちは高低差については無視できる。


「てか、あの車どんだけ速度出してんの!? アタシの方だって、今で160km/h以上は出てるよ!?」


 そうして追いつこうとするものの、相手が速すぎて高低差を超えた直線からの距離が縮まらない。

 アタシだって、トップメジャーリーガーの球速並みの速度で飛ばしてるんだけど? 一般車両のリミッターって、180km/hだったけ?

 相手の車との距離から予測するに、それに近い速度は出している。


「パトカーも他の車両への安全を意識してか、中々追いつけずにいるみたいだね……! これはどうにも、ただのお仕置きじゃ済まないってもんよ!」


 こうなったら、アタシだって意地だ。なんとしてもあの車を止めて、一つごめんなさいでもさせてやる。

 これ以上の速度は出せないが、カーブに差し掛かったところでショートカットして、なんとか真後ろにまで追いつく。


「お、おい! そこのバイク――じゃないよな!? え!? 何!? 魔女!? と、とにかく、お前も止まりなさい!」

「悪いね! お巡りさん! 話をするなら、後にさせてもらうよ!」


 その際、パトカーの前方に出る形になってしまったため、拡声器越しに注意を受けてしまう。

 そうは言っても、あそこまでのスピードを出す車は危険だ。放っておくわけにはいかない。

 今優先するべきは、あの乱暴暴走車両を止めることだ。


「おおっと! トンネル内に入ったか! 狭くなってくると、中々操縦も難しいもんだ!」


 なおも逃げ続ける暴走車両なのだが、トンネルに入ってもその運転の荒さは変わらない。

 無理矢理な追い抜きを何度も繰り返し、どんどん前の方へと進んでいく。

 こちらも負けじと腰かけたロッドを重心移動で微調整し、同じように車の間を抜けて後を追う。

 上も左右も空間がなくなったせいで、一気に操縦難易度は上がっているが、それでも意地で食らいつく。

 難しくはあるが、アタシもかなり能力が馴染んできたのか、出力調整も神経も冴えわたる。

 とはいえ、このままでは距離が詰まらないままだ。

 何かいい手はないものか――




「……よし! ここはいっちょ、アクロバットに決めちゃいますか!」




 ――ここでアタシの頭に、ナイスなアイデアが浮かんでくる。

 いや、ナイスと言うより、無茶と言った方がいいかもしれない。

 それでも、今のアタシにならできる気がする。なんだか、スポーツ選手のゾーン状態な気分だ。

 丁度トンネルも抜けて、上の方にもスペースができた。

 アタシは思いついたままのことを実行に移すため、疾走するロッドの上で立ち上がる。

 かなり不安定に見えるが、今のアタシは運動神経も抜群中の抜群だ。

 バランス感覚も問題ない。スケボーを乗りこなす要領と一緒だ。


 ロッドがこれ以上のスピードを出せないのは、アタシの分の重量でベクトル変換した移動エネルギーが抑えられているのが原因だ。




「ほらよっとぉお!!」



 タンッ!




 だから、アタシがロッドを踏み台にして飛び上がれば、その分だけ速度が上がる。

 アタシ自身も宙返りしながら前方へ飛び、ロッドは暴走車両の下をすり抜けさせる。

 そして、アタシが暴走車両の前方に降り立つタイミングで――



 スタンッ!



 ――同じく暴走車両を追い抜いたロッドの上に着地。

 完璧なタイミング。どうやら、アタシはとんでもないスーパーウーマンになってしまったようだ。


「よっす! なんでそんなに急いでるのか分かんないけど、高速道路とはいえスピード出しすぎでしょ?」

「な、なな、なんだぁあ!? なんで車の前に女が出て来てんだぁあ!?」

「し、しかも浮いてんじゃね!? 魔女みたいな恰好をしてるし、本当に何者だよ!?」


 前方へと回り込んだアタシは、再度ロッドの上で腰かけて、片足を暴走車両のフロントへと突き出す。

 車内に目を向けてみると、運転席と助手席に座った男二人が、目が飛び出るんじゃないかってぐらい驚いている。


 ここまで来ればこっちのもんだ。腕組しながら、余裕の笑みを浮かべて二人の男を煽る。

 トラックだって殴り飛ばせる肉体強度。その力を前にして、暴走車両の速度はどんどんと落ちていく。

 後はパトカーが追い付けば、完全勝利ってね。




「くっそ! わけ分かんねえが、こんなところで捕まってたまるかぁあ!!」

「いいぃ!? け、拳銃!?」




 そう思ったのも束の間、助手席に乗った男が窓から手を出し、拳銃をこちらに向けてきた。

 マズい。拳銃に耐えられるかは別問題だ。トラックを殴り飛ばすのとはわけが違う。

 思わず両手で身を守ろうとするが、無情にも引き金が引かれてしまう――



 バンッ! バンッ! バンッ!



「ひいいぃ!? ……って、あ、あれ?」

「は……はあ!? ど、どうなってんだ!?」


 ――そうして三発の銃弾が飛んできたのだが、アタシの体までは届いていない。

 別に外れたわけではなく、銃弾は確かにアタシ目がけて飛んできた。




 ――ただし、薄っすらとした青い膜のようなものに遮られ、アタシの眼前でピタリと止まっていた。




「こ、これは……電磁フィールドってやつか!? こんなことまでできるなんて、本当にとんでもない能力だねぇ! ニシシシ!」


 どうやら、アタシの防衛本能が働いたことで、新たな能力に目覚めたようだ。

 電磁場で発生したローレンツ力によって、金属物を遮断する電磁フィールド。まさにSFの世界の力。

 もうここまで来ると何でもありだ。自分の力が恐ろしくもなってくる。


 ――それ以上に技術者としての面白みが勝り、またしても笑っちゃうけど。


「でもまあ、今やることはあんた達の成敗だよね。ほれ。こいつはお釣りとしてとっときなぁ!」


 電磁フィールドが解除されると、止まっていた銃弾の一つを右手で掴み取る。

 これも即座の思い付きだが、ついでだから試させてもらおう。


 右手を筒のように丸め、その中に掴み取った銃弾を設置。

 その右手に電気を流すのだが、その際の流れは螺旋状になるように調整。


 ――要するに、アタシの右手をコイルにする。

 つまりこれにより、右手の中にある銃弾は導体となって押し出され――



 バシュンッ! パァアン!



 ――即席のコイルガンとなって発射。

 そいつをタイヤ目がけて放ったから、ものの見事にパンクして、暴走車両もスリップする。


「さーて! これで悪あがきもおしまいさ!」


 そんなスリップする車両も、今度は両足を使って押し止める。

 さっきと違い、今度は完全に停車させるのが目的だ。


 そんなアタシの全力ストップ人力バリケードにより、暴走車両はようやく停止した。


「やれやれ……。なんだかんだで骨が折れることをしたもんだ。それにしても、どうして拳銃なんか持って、ここまで必死に逃げて――」

「うわぁぁあん! 怖かったよぉぉお!」


 少し落ち着いてこの状況の理由を考えていると、車の後部座席から小学生ぐらいの男の子が降りてきた。

 かなり怯えて泣きじゃぐっており、アタシの足へとしがみついてくる。


「え、えーっと……。まあ、大丈夫だからね? もう安心していいからね?」


 よく分からない状況だが、こうも泣きつかれると無下にはできない。

 アタシもロッドから降りて腰を落とし、その男の子の頭を撫でてやる。




「誘拐犯の車は止まったのか!?」

「はい! よ、よく分かりませんが、とりあえず止まってはいます!」




 男の子の頭を撫でてあやしていると、後方でパトカーが停車して、中から二人の男の人が降りてきた。

 一人は制服だが、もう一人はスーツ姿。見た感じ、巡査さんと刑事さんってところかな?


 ――てか、この男の子、誘拐されてたのか。

 そして、暴走車両に乗っていた二人は誘拐犯と。

 今は車内で逃げる気力も失せたのか、おとなしくしてるけど、アタシが犯人逮捕に協力したってことだよね?


 これは予想外。もしかすると、表彰されたりするのかな?


「あ、あの魔女みたいな女性が犯人の車を止めました! 赤原あかはら警部!」

「俺も見てたが、本当に彼女は魔女か何かなのか……?」


 どうやら、アタシの活躍もバッチリ見てくれていたらしい。

 これは期待できる。警察から表彰されるなんて体験、そうそうあるもんじゃない。




「……あれ? ちょっと待って? あのスーツの人、赤原警部って呼ばれてなかった?」




 ただ、ここで私はあることに気付いてしまう。

 前方からくる警部と思われる男性なのだが、名前に聞き覚えがある。

 いや、名前どころか姿にも見覚えがある。


 この赤原と呼ばれる警部さんなのだが、もしかして――




「え、えーっと……。と、とりあえずは犯人逮捕に協力してくれて感謝する。俺は警部の赤原あかはら 大和やまとという者だ」




 ――ああ、近くで見て思い出した。

 この人、タケゾーの親父さんだ。

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