第91話 N.G397年 ラフィン戦争⑫

「ふぅ、不思議な感じよね。この街にいると今が戦時中って事忘れそう」


「そうだな。しかも俺とクリスは敵同士なんだよな」


 二人コーヒーを飲みながら街行く人々を見つめ呟く様に会話を重ねる。二人の視線の先には腕を組み楽しそうに歩いて行くカップルや小さな子供と手を繋ぎ歩いている幸せそうに笑う家族達が行き交っていた。


「ねぇ、このままこの街にずっといよっか。そしたらもう戦わなくても済むよ」


 クリスが遠くを見つめながら呟く。その言葉に特別深い意味など無く、クリスの本音が思わず漏れた言葉だった。


「そうだな。半年もすれば戦争も終わってるだろうしな……ラフィンは負けるんだろうな」


「どうなんだろね。だいたいこの戦争に勝ちとか負けってあるの? どんどん泥沼化してるのに何をもって勝ちとか負けを決めるの?」


 クリスからの問い掛けにザクスは戸惑ってしまう。ラフィン共和国がはじめに噛み付いたのは『自分達の存在を認めさせる事』『自分達の意見を認めさせる事』だったはず。それはひょっとしたら開戦当初に既に達成されていたかもしれない。

 だとしたらラフィン共和国は更に何を求めて戦い続けているのか? 自分達は一体何を求めてしまったのだろうか?


「あはは、ごめん、ごめん。アンタとこんな戦争哲学語るつもりじゃなかったのに。気晴らしに散歩しない?」


 そう言ってクリスは立ち上がると笑顔でザクスに手を差し伸べる。


『いや、普通逆だろ?』


 そんな事を考えながらザクスは差し伸べられた手を握り立ち上がる。会計を済ませると二人並んで歩きだした。


 日が傾き夕暮れ時が近付く頃、二人は静かな街中をゆっくりと並んで歩いていた。

 観光地という訳でもないサリアの街は特段華やかなスポットがある訳でもなくゆっくりとした退屈な時間が流れる静かな街といった印象だ。

 しかし激動の中で生きる二人には最高の癒しになっていた。


「ねぇ、まだ帰らなくてもいいんなら飲みに行かない?」


「そうだな、腹も減ってきたしサリアの街でも飲んで食べれる店ぐらいあるだろうしな」


 二人は飲食店を探しそのまま店に入って行くとグラスを合わせ酒を酌み交わす。

 酒が入ったせいもあってザクスもクリスも饒舌になり楽しい時間を過ごしていた。


「あはは、久し振りにこんなに笑ったかも」


「そうだな。普段は殺伐としてるからな……」


「ちょっと待った。さっき言ったでしょ、今は戦争の事は忘れて楽しもうって」


 クリスが注意するとザクスは申し訳なさそうに笑って頭を下げていた。

 二人は乾杯し飲み始めた時に『戦争やしんみりしそうな話は無し』『仲間や自分の笑える失敗談はOK』と約束していたのだ。


「お腹も満足したし、そろそろ出るか?」


「うん、そうね。あまりダラダラと長居しても店の迷惑になるかもしれないしね」


 会計を済ませ並んで歩いて行くがお酒が入っているせいか、二人の距離はかなり近寄っていた。


「ねぇ、今日隊には帰るの?」


「いや、今日はホテルを取ってある……あ、その、もし良かったらもう少し一緒にいたいんだが」


「ふふ、奇遇ね。同じ事思ってたよ。ただそっちのホテルに私いれてもらえるかな?」


 ここサリアにはセントラルボーデン軍もラフィン共和国軍も出入りしている。その為、出来るだけ顔を会わせないように宿泊施設等は街の東側と西側にわけられているのだ。

 そういった理由から、もしロビー等でクリスがセントラルボーデン側の人間だとばれた場合、入場を拒否される可能性があった。


「もし何か聞かれたら知人だからあまり気にしないでくれ、と言っとくから大丈夫だとは思うが」

 

「本当?……ねぇ、それって私、風俗嬢とかと勘違いされないわよね?」


 クリスが眉根を寄せ鋭い質問をしてくるが、ザクスは困った様な笑みを浮かべて「多分大丈夫だろう」としか答えられなかった。


 その後二人はザクスの宿泊するホテルに着きザクスが手続きを始める。


「ちょっと急に知人も一緒になったんだが大丈夫かな?」


「ええ、追加の料金さえ払って頂ければ問題ありません」


 そう言われクリスの分の料金を払うと特に問題無く入る事が出来た。結局二人であれやこれやと悩んだ事は杞憂に終わる。


「結構ザルね」


 クリスが部屋に入るなり椅子に腰掛け少し呆れる様に笑った。

 

「まぁ無事クリスと二人になれたから良かったよ。少し飲み直すかい?」


 ザクスは先程ロビーで頼んでいたワインを取り出した。微笑み頷くクリスにグラスを渡すと今日二回目の乾杯を交わす。

 今回は先程までとは違いゆっくりと静かにワインを口にしていた。

 するとお酒の酔いも手伝い二人の距離が急速に近付いていく。


「ねぇ、これ以上飲んだら本当に酔ってわからなくなりそうだからお酒はこれぐらいにしない?」


 そう言ってクリスは笑顔を向けたままザクスに寄りかかっていく。


「そうだな。酔ってクリスとの時間を忘れたくないしな」


 ザクスはクリスをしっかりと抱きかかえ、二人は唇を重ねた。

 そのまま二人は絡まる様にベッドへと倒れ込む。


「ちょ、ちょっと待って」


 クリスが突然ザクスを両手で押し退けるとザクスは突然の事に唖然とした表情を浮かべていた。


「え、ここまで来て拒否って?」


「違う違う! リオにだけは今日帰れるかわからないって連絡しとこうと思って。だってあの子私が帰らない事心配して鷹の目ビジョンズで捜索しだして、もし最中に見られたらどうするのよ?」


「あっ、確かにそれは困るなぁ」


 先程までの雰囲気が台無しになる様で二人は困った顔をして苦笑いをしていた。

 その後クリスはリオに誤魔化しながらメッセージを送りザクスの方へと向き直った。


「ごめん、ちょっと雰囲気壊しちゃったね。気分萎えてない?」


「こんな美人前にして萎える訳ないだろ」


 ザクスが優しくクリスの頭を撫でる。


「まぁ私もここまで来てやめられたらたまらないけどね」


 そう言ってクリスはザクスの首に手を回し二人は再びベッドへと倒れ込む。

 

 一時間後、愛し合った二人はベッドでそのまま語り合っていた。


「ねぇ、私達今日一日限りとかじゃないよね?」


「そんな訳ないだろ。ただ戦争が終わるまでは大っぴらに一緒にはいられないかもな」


 二人が歩む道に障害は多いように思えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る