第89話 N.G397年 ラフィン戦争⑩

 セントラルボーデン軍がラングレーを奪還して一ヶ月後、ザクス達はラングレーから少し下がったエリアで奮闘していた。


 各地に繋がる要所となっていたラングレーを失ったラフィン軍だが、このまま完全に前線を下げてしまえばセントラルボーデン領域内深くまで侵攻しているラフィン軍が取り残されてしまう可能性がある為、ザクス達は脱出経路を死守していたのだ。

 しかしそれもまもなく潮時を迎えようとしていた。


「大佐、もうそろそろ引き上げないと次は我々が危険になります」


「そうだな、いつまでも待ってられないか。全員に伝えろ! この時刻をもってここより撤退する。総員退避行動に移れ」


 ザクスの部隊を初めとした多数の部隊がザクスの命令で一気に撤退して行く。これによりセントラルボーデン領域内にまで侵攻していたラフィン軍はその殆どがセントラルボーデンから撤退する事となった。


 数日後、セントラルボーデンとラフィン共和国との国境付近まで下がったザクス達の元へ一本の通信が入る。


「こちらライデル・ランプ大尉。現在ラングレーから北東の位置で敵に囲まれて動けない……至急応援を頼む。弾薬や食料も底をつき我々だけではもう突破出来そうにない。頼む……誰か来てくれ」


「ライデル・ランプ大尉という事はR.R隊か。まさかまだセントラルボーデン領域内に残されていたとは……」


 ザクスが腕を組みながら唸る。ライデル大尉率いるR.R隊とは優秀なウィザードやソルジャーが集められて結成されたエリート部隊である。そのエリート部隊が今、敵地で窮地に陥っている。それに仲間を見捨てる訳にもいかない。

 だがセントラルボーデン軍が包囲を固める中、自分達だけで救助出来るのか? ザクスは目を閉じ、眉根を寄せて熟慮していた。


「大佐、行けば我々も危険に晒されます。行くなら綿密な計画の元、脱出経路を確保しなければなりません」


「ああ、わかっている。わかってはいるが……やはり見捨てる事は出来ない」


 ヴェルザードは慎重に事を運びたかったがザクスの意思は既に決まっていた。ザクスは自らが下したラングレーを放棄するという決定が今の事態を起こしてしまったのではないかと、少なからず考えてしまったのだ。


 結局ヴェルザードに脱出経路の確保や後方支援を託し、ザクスは十名程の部下を連れて少数精鋭でR.R隊の救助に向かう事にする。


 R.R隊を包囲していたセントラルボーデン軍にザクスの部隊が後方から迫ると、まずは部下達が銃撃し敵の陣形を崩した。そこに畳み掛けるようにザクスがスピードを活かして敵部隊に突っ込むと瞬時に敵部隊を無力化していく。

 この様に敵の後方を突き、ザクスという最強戦力を活かす戦い方でR.R隊との合流までは比較的スムーズに事は進んだ。


「ライデル大尉、俺はザクス・グルーバー大佐だ。君達を救助に来た。時間が勝負だ、行けるか?」


「ザクス大佐ありがとうございます。まさか貴方が来てくれるとは……勿論動けます。行きましょう」


 挨拶もそこそこにザクスがライデルに声を掛けるとライデルは感動の面持ちで力強い敬礼をした後、すぐに応えた。

 しかし立ち上がったR.R隊の隊員達を見てザクスは絶句する。隊員の数は本来二十人程いたはずなのに今確認するとライデル含め八名。そしてその殆どの者が満身創痍の状態に思えた。


「……激戦だったんだな。よくここまで来てくれた」


「いえ、結局求められた戦果を上げる事が出来ず申し訳ないです」


 労いの言葉を掛けるも、ライデルは責務を果たせなかった事を悔いていた。


 ザクスは締め付けられるような想いの中、R.R隊の隊員達を車両に乗せるとすぐに出発の合図を出す。

 来た道を戻り突破してきた敵部隊が体勢を再び整える前にもう一度突破する作戦だ。

 しかしそう簡単に事は進まず、そのルートには突破した時の二倍から三倍程の部隊が既に展開されていたのだ。


「大佐、明らかに増えてます。どうしますか? 別ルートにしますか?」


「いや、最短で行こう。今更ルート変えた所で向こうもこちらを確認しているだろう。強行する」


 ザクス達は敵の射程ギリギリの所まで来ると車両を停め、臨戦態勢を取った。

 ザクスは先頭に立つと手をかざし詠唱を唱える。


『ムーより集いし光の者よ、我が敵を撃て。聖光射撃レイシューティング


 ザクスの眼前に光が収束したかと思うとザクスの合図と共に一筋の光が放たれた。

 セントラルボーデン軍に光の弾丸が着弾すると凄まじい熱量と共にたちまち直径二メートル程の火球が立ち上がる。


 火球の中心温度は軽く二千度に到達し、鉄さえも簡単に溶す火球に襲われ、セントラルボーデン軍は混乱に陥っていた。

 

「大佐、ウィザードの力が目覚めたんですか?」


「いや、新型のバトルスーツ、というかクリスタルの力だ。まだ実験段階だがこのクリスタルが普通じゃないのかもな」


 ライデルが驚きの表情を浮かべ、尋ねたがザクスは首を振りながら頭の部分に埋め込まれたクリスタルを指していた。

 このクリスタルこそが後にケスターが言っていたシャリアーズグラスの一つなのだが、この時はそんな物を誰も知る由などない。


「さてと、突破するぞ」


 そう言うとザクスは再び手を前に伸ばし詠唱を唱え始める。


『……光集いし汝の力を持って彼の者達を焼き払え……』


 ザクスの眼前に光が収束していき、次は五つの光源が現れた、


「大佐……さっきは一つの光の弾であの威力でしたよね? まさか次は五つ撃ち込む気ですか?」


「加減する余裕はなくてな。『殲滅光焔矢メギド』」


 ザクスの元より五つの光の弾丸が放たれる。攻撃を察知したセントラルボーデン軍のウィザードが防御のシールドを張るが、そんな物はものともせず呆気なく突破すると、メギドの光弾はセントラルボーデン軍を襲う。次々に火球に飲まれ焼き払われていくセントラルボーデン軍は最早ザクス達を止める事など出来なかった。

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