本当は笑えるギリシャ神話~突撃! イアソン編~

秋月白兎

第1話王位継承



 遥かな昔の事。テッサリア地方の東にあるイーオルコスの王宮では王位継承権を巡る戦いが勃発しました。兄アイソーンと弟ペリアースの争いです。両者の母親は同じでしたが父親が違いました。アイソーンは先王クレテウスの子でしたが、弟ぺリアースの父は海神ポセイドン。しかし庶子という微妙な生まれでした。


 幾ら父親がトップクラスの神様とは言え王位は長子が継ぐというのが古今東西の決まり事。王位は順当にアイソーンが継ぐ事になりました。が――


「兄貴はもう老いぼれやん! 息子のイアソンが成人するまでワシが後見人として政務を執るで!」


 とペリアースが先手を取って布令を出しました。


 当然の流れとしてまだ幼いイアソンは命の心配をしなければならない身となり、彼の母はケンタウロイ一族の賢人ケイローンに息子を預ける事にしました。


 ケイローンといえば音楽や弓術・医術に優れ、神人と言われた上に射手座になった半人半馬のあの人(?)です。ケイローンはイーオルコスから程近いペリオン山中に住み、彼の名声を慕って集ってきた諸国の若者たちに教育を施していました。


 ケイローンの元で教えを受けて成長したイアソンは、成人する頃には全ての技芸において師を凌ぐまでになり、長身・イケメンも加わって並ぶもののない時の人となっていました。


 ケイローンもこの若者を頼もしく思っていましたが、ある日の事です。ご神託をうかがって自分の行く末を決めさせました。


 下ったご神託は「イーオルコスに帰ってぺリアースから王位を返してもらえや」というもの。


 早速イアソンは支度し、ケイローンの洞窟を出て一路イーオルコスの王宮を目指して旅立ちました。


 手には槍を持ち、肩には斑な豹の毛皮を打ち掛け、腰には一振りの剣を帯びて歩んでいきます。



 その頃、ぺリアースは意味不明な神託で悩んでいました。それは「片方だけサンダルを履いた男に気ぃつけや。そいつに王位を奪われるで」という内容。ですが気を付けようにもそんな変な奴は見当たらないのです。当たり前ですね。


 さて、旅を続けるイアソンはとある川に差し掛かったのですが、折からの増水で濁流逆巻く状態でした。岸辺に近付くと、一人の老婆が渡るに渡れず困っています。イアソンは助けを求める老婆を快く背負って渡ってあげる事にしました。濁流の中をよくやりますね、流石はイケメンです。


 ところが河の中ほどまできた頃に異変が起こります。老いて痩せた老婆の身体が突然ズッシリと重くなったのです。いくら鍛え上げたイケメンと言えどもキツイ程の重さです。


「ヤバ……コレ罰ゲームやんけ……」


 挫けそうになるイアソン。しかし歯を食いしばって一歩一歩進み続けるのです。とことんイケメンですね。そんな中で片方のサンダルが脱げ、あっという間に流されてしまいます。


 はい、予言成立ですね。しかし、そんな予言を知る筈のないイアソンは必死に歩み続け、なんとか向こう岸まで渡り切るのです。呼吸を整えながら老婆を下ろすと、不思議な事にその姿が消え去ってしまうではありませんか。


 実は彼女は人間ではなく女神様。それも大神ゼウスの妃にして女神のトップでもあるヘラ様だったのです。ペリアースはかつて継母をSATSUGAIした際にヘラ様の神殿を穢してしまい、ヘラ様の怒りを買っていたのです。


 そこへイアソンが現れたので「コイツを試してみたろ。気に入ったらペリアースを泣かしたるのに引き立てたるわ」という流れだったのです。そして見事に合格したのでこれ以後、彼はヘラ様の御加護を賜る事になったのでした。これで無敵モード発動というワケです。


 やがてイーオルコスの邑に近付くと、彼はヘラ様の加護を祈り、道を急ぐのでした。


 ペリアースの宮殿に到着すると、彼のイケメンぶりがあっという間に人々の注目を集めてしまいます。筋骨逞しく長身で金髪のイケメンですから当然ですね。


 丁度この時、ペリアース王はポセイドンはじめ多くの神々を祀って饗宴を開いていました。イアソンが王の前に進み出ると、ペリアースはその凛然とした姿に目を奪われましたが、片足にサンダルが無いのを認めて顔色を変えます。


 予言に思い当ったワケですね。王はイアソンを呼び寄せ尋ねます。


「おい、おんどれは何の用でここへ来たんや?」


「ワイはイアソンや。あんた、ワイが成人したら王位を返す約束しとったやろ? その約束を果たしてもらいに来たんや。さ、早よ返してんか」


 周りの人々は彼のクソ度胸に驚くと共に「約束を果たせ」という正論に頷きます。


 困ったのはペリアース王。


(うっわー来たわ来よったわー。そんなん果たす訳ないやん……。馬鹿正直なアホやなぁ。処してやりたいけど、ここにおる皆が聞いてもうたからそれも出来へんし……せや!)


「おう、そうか! もうそんな歳になったんやなぁ。よし分かった! ちゃんと返したるで! けど……その代わりに一つ頼まれてくれへんか? ワシの従兄にあたるプリークソスの霊を弔うために、ポントスの海を渡ってコルキスの国にある金羊の裘(かわごろも)をゲットして来て欲しいんや。それが出来たら景気よく王位を返したるわ!」


 なんとも一方的な話ですが、相手は現王様です。迂闊に逆らうワケにもいきません。なによりも無理難題を言って自分を亡き者にしようとしている事が丸分かりです。が、逆に言えば、これさえやってのければ証人が大勢いるのですから今度はペリアースが追い詰められる側です。


「おっしゃ分かった! やったるわ! ここにいる皆が証人やで」


 というワケでイアソンのコルキス行きが決定しました。


 ところでこの金羊の裘(かわごろも)、元は黄金の毛で覆われた子羊でしたが、ミュケナイからオルコメノスへ、そして黒海北のコルキスへと私たちには聞き慣れない国々を渡り、そこでゼウスへの生贄に捧げられた際に毛皮にされ、戦神アレスの聖なる森でドラゴンに守られているのです。厳重なものですね。ハッキリ言って無理ゲーです。


 しかし、やらなければ王位は絶対に手に入りません。やる以外の選択肢はないのです。



 こうしてイアソンの大冒険が幕を開けるのでした。



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