TR:Blood fault (テル・ブラッドフォールト)

NAO

第一部 赤き血潮のテンペスト

バルフォード防衛戦

──ディール国境地域バルフォード


「オラァ! 次はどいつだ!」


 兵士たちの雄叫びが絶え間なくこだまする。血飛沫は散り、首は跳ねる。体は熱い鉄で、剣はより熱さを増す。


 ここは後の五大国ディールの国境。フローラとディールに挟まれる小国フロドルクがディールに侵攻してきたのである。ディール軍は国境の砦に陣を構えそれを迎撃する。雪が降り頻る中、血の色が白を赤く染め上げる。寒さは場の熱気に敗北し、灼熱の戦場のアクセントにすぎない。このハーモニーをより強める戦士がここに一人。


「オラァ!」


 その男は一息に三人の首を跳ね、一騎当千の力を隣国に知らしめる大英雄。


「死にてえやつは俺にかかってきやがれ! 俺はディールの大英雄テキウスだ!」


 ──テキウス。大戦時代に輝く偉人の一人。英雄の国と呼ばれるディールに輝く星。その力はかの聖五神一族に並ぶと称され、彼の剣の前では歴戦の戦士でさえも尻込みすると称される。


「ひいぃ、テキウスだ! 勝ち目がねえ!」


「あんなのどうやって倒せっていうんだよ!」


 その名はもちろんフロドルクにも轟いていた。この時代は弱肉強食の体現だ。戦わなければ生き残ることはできず、敗北すれば待ち受けるのは滅び。どれだけ小さな国であろうとも戦わなければならない絶対の掟。


「なんだよ。名前言っただけでこのザマか? 話になんねえな」


 テキウスは戦場に立っているにも構わず寝そべり、大あくびをする。


「おい! テキウス! 寝てないで戦え!」


 ディール兵士達から怒号が湧き上がる。それでもテキウスは仲間たちを気にする素振りもせずに尻をかく始末だ。


「やだよ。敵がいねえんだから戦えないじゃねえか」


 あくびをしながらテキウスが素っ気なく返す。そのやる気のなさとは裏腹に、飛んできた無数の矢はテキウスの目の前で粉々に砕け散っていく。


「バカヤロウ! お客さん来てんぞお前に!」


「あ?」


 ムクリとテキウスが起き上がる。目の前には小柄な一人の騎士がいた。


「お初にお目にかかる。私はフロドルクの将軍グロードウェイ。貴殿に一騎打ちを願う」


 隻眼の騎士は大英雄に挑みにきたのだった。場の空気が一気に凍りつく。注目は二人に集中する。


「ほう? 俺が誰だか分かって聞いてんだろうな?」


 テキウスは剣をグロードウェイに向け忠告する。グロードウェイは辞儀をして礼節をかかさない。そして尊敬を込めた声で彼の名を呼ぶ。


「貴殿の名を知らぬ者はいないだろう。『大英雄』テキウス」


「お前……そこそこ出来るんだろうな?」


 テキウスは不敵に笑い、剣を構え直した。緊張は高まり、空気は冷たく張り詰めた。周りの兵士たちは戦うことをやめ、二人に釘付けになる。


「貴殿には及ばないだろう。しかし我々には戦うことしか残されていない。背負うものも多いだろう。どうだ? ここいらで一度貴殿も重荷を下ろし私と戦ってはくれないだろうか?」


 隻眼の騎士が剣を引き抜いた。


「なるほどな。そりゃいい。俺もつまらん相手ばかりで退屈してたところさ。お前がいうほどの重荷ってもんを俺は感じちゃいないが、これでもこの国一を名乗らせてもらってるんでね。その名にかけてお前をここで打ち倒させてもらおう」


 テキウスの体から黄金の気が放たれる。それに対抗するようにグロードウェイの体からは白銀の気が放たれた。


「やはり将軍レベルになると『魔力操作』も完璧ってところか」


 ──ならばすでに「臨界炉心」に至っている可能性も高い。こりゃ楽しくなりそうじゃねえか。


「いざ、参る!」


 グロードウェイが先手を仕掛けた。約七メートルほどの相対距離は白兵戦にうってつけだ。白銀のオーラが光の粒子となり辺りを照らす。グロードウェイの剣はレイピアに近い形状で、高速の突きを繰り出した。


「フッ!」


 対するテキウスの剣はテキウスの身の丈に匹敵するほどの大剣だ。そしてそれを片手で易々と振り回す姿はまさに力の暴力。レイピアから繰り出される高速の突きを一振りで弾き返す。


「──! ハアッ!」


 弾き返されたグロードウェイは片手をテキウスに向け、身から溢れ出る白銀の光をテキウスに向かって放出した。


「オラァ!」


 テキウスもそれに対抗し、黄金の光を白銀の光にぶつける。互いの光が混じり合い爆発し、辺りが爆風に包まれる。


「──フッ!」


 爆風の中からグロードウェイが現れ、レイピアによる高速の剣技でテキウスに襲いかかる。


「いいねえ! 鈍い相手よりもすばしっこいやつの方が面白え!」


 片手剣のように身の丈ほどある大剣を振るい、高速の剣技をいなしていく。剣と剣がぶつかり合う音が戦場にリズムを刻む。小柄な騎士と大柄な大英雄。体格差はあるが両者ともにここまでは互いの出方を伺いつつ、そして楽しみながら決闘に挑んでいた。


「流石は大英雄と言ったところか。我が剣速に追いつくその剣才。今まで敵対してきた中でも最強と言っても良かろう」


「アンタみたいなタイプとやるのは久しぶりだ。最近の連中は力に物を言わせた奴が多いからな。楽しくて仕方ないぜ」


 二人は元の間合いに戻り、様子を探りつつ言葉を交わす。


「それは光栄だ。しかし我々は国を背負う者として勝利を得なくてはならない。お遊びはここまでだと貴殿も理解しているだろう?」


 グロードウェイの言葉に強さがこもる。その目は真っ直ぐに相手を見つめ、正々堂々と打ち倒すぞという強い意志を大英雄に感じさせた。


「……そうみてえだな。んじゃ、ここいらで決めようか」


 テキウスは剣を地面に突き刺した。


「──魔力炉転換。臨界炉心、起動」


 テキウスから凄まじい気が放たれる。地面を抉りながら空気を振動させ、戦場を黄金の光が包む。


「来るか、『限定闘法』!」


 グロードウェイは正面を向き剣を真っ直ぐテキウスに突きつける。


「ならば私も出し惜しみはできんな。──魔力炉転換。臨界炉心、起動!」


 同じくグロードウェイからもテキウスに匹敵する気が放たれる。彼の光は白銀。黄金と白銀の双肩の色がせめぎ合いを始めた。


「まずい! ここにいては巻き込まれる! 皆の者、砦に向かって退避せよ!」


「我々も下がれ! ここにいるとグロードウェイ将軍の足手まといになるぞ!」


 双方の指揮官が慌てて兵士たちに指示を出した。自陣に向かって兵士たちが走り出す。彼らをよそに黄金の光が英雄の体を包み込んだ。


限定闘法オンリー・ミー! 『戦いを制する開拓地カモンボーイ・トゥー・ザ・フロンティア』!!」


 敵に向かって拳を突き出すと共に、その光は路を拓かんと戦場を砕きながら轟音を轟かせ、真っ直ぐに突き進む。


「誇り高き壁となれ。我が心『鉄心剛体プラウド・スティールメイル』」


 黄金の光は敵将を飲み込んだ。白い戦場が黄金の輝きに包まれる。


「グロードウェイ将軍!!」


 見えない景色からフロドルク軍の声が聞こえる。やがて光は散り、その光の中から輝く白銀の鎧を身につけた隻眼の騎士が現れた。


「チッ、『強化』の限定闘法か!」


 テキウスが剣を引き抜く。


「運良く相性が良かったようだな。『解放』の限定闘法相手ならば遅れは取らん。ならな」


「──!」


 グロードウェイの白銀の鎧がひび割れる。パラパラと破片が雪のように散る。


「どうやら貴殿の限定闘法には敵わなんだようだ。我が限定闘法、我が在り方よりも貴殿の英雄としての誇りに分があったというわけか」


 騎士の膝が雪を掘る。雪についた深い跡は彼の敗北を意味していた。


「そんな大層なもんじゃねえよ。俺はただいつか平和ってもんが来るのを信じて、ガキどもが戦いを知らずに生きることのできる世界を作るために戦ってる。そのためにがむしゃらに走り続ける姿を見た同僚どもが俺を英雄って称えてるだけだ。本質はただの人殺しと大差ねえ。でも俺を信じてくれるやつがいる。一緒に戦ってくれる友がいる。それに応えるために英雄買ってんだよ。アンタもそんな感じじゃないのかい?」


 膝をつく誇り高き騎士の首に剣を突き立て、英雄は問いかけた。


「……ふっ、そうだな。今思えば我が人生、戦場と共にあり。そして人々の声やかけがえのない人のために駆け抜けた一瞬の人生であった。我が最後の相手として貴殿に出会えたことを私は誇りに思う。さあ、遠慮はいらん。戦場で我が人生を散らすことは誇り高き誉である。ましてやその相手が大英雄テキウスであれば尚更な」


 満足気に騎士は笑う。──悔いはないと。力を出し尽くし戦いに身を置けた人生が幸せであったと。


「そうかい。じゃあな。俺もアンタと戦えて幸せだったよ」


 そう告げて、テキウスは敵の大将の首を討ち取った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る