向瀧

 日新館から会津市内を南下して向かったのは東山温泉。そうだね神戸に対する有馬温泉みたいなとこかもしれない。鶴ヶ城からも近いけど、


「山の中ね」


 東山の名の通り、鶴ヶ城の東側の山の中にあるで良さそう。湯川沿いに広がる温泉地だけど、会津藩時代は湯治場として栄え、行基が見つけたとも言われてるらしい。


「行基は無理あるんじゃない」


 弘法大師伝説みたいなものかな。さすがに会津まで弘法大師を引っ張り出せないから行基ぐらいにしてのかもしれない。それはともかく、今でも栄えてて芸妓さんもいるんだって。


「じゃあ、今夜は芸者をあげてパアッと」


 やりたいって言うの。でもあれって男が楽しいだけじゃない、


「男芸者はいないの」


 いるか! だいたいだけど男芸者と言ったら相撲取りの事でしょうが。


「陰間茶屋とかもあるじゃない」


 なんだよそれ。コトリさんが教えてくれたけど、陰間って男娼のことだってさ。でもさぁ、でもさぁ、男娼は男だけど、相手するのは男じゃない。


「それじゃ、女はツマラナイじゃない。そうだコンパニオンを呼んでパァッと」


 女のコンパニオンがいるだろうけど、男のコンパニオンなんていないはず。女ならホストクラブになるだろうけど。


「じゃあ、ホストを上げてパアッと」


 ホストクラブは会津市内にあるかもしれないけど、温泉のお座敷に出張はないと思うよ。それにさぁ、それにさぁ、ユッキーさんは楽しめてもコウが困るでしょうが。


「コウには芸者でも、コンパニオンでも、陰間でも選り取り見取りじゃない」


 そんなもの誰が許すものか。コウはユリの物で、ユリしか見ちゃ行けないし、ユリしかやっても行けないの。芸者も、ホストも全部却下。ところで今日の宿は、


「会津藩指定保養所やった宿で、大正時代には宮内庁指定棟にされて、皇族専用の部屋まであってん」


 ひやぁぁ、ガチの超高級旅館じゃない。その皇族専用の部屋って、


「今でもあるけど、皇族専用やあらへん。カネさえ払えば誰でも泊まれるで」


 と言うけど、目の玉が出るほど高いのだろうな。超高級ホテルのスウィートなら百万円単位らしいから、同じかそれ以上のはず・


「そこまでやない」


 その旅館で一番高いそうだけど、一番安い部屋の二倍ぐらいらしい。それも高いと言えば高いけど、そんなものなの。


「誰が会津で百万円の部屋に泊まるか!」


 それもそうだ。そんなことを話しながら走ってたら、


「あれよね。写真で見るより立派じゃない」


 これは立派だ。昨日の銀山温泉が大正ロマン風なら、今日のは純和風で良いよね。どこぞの貴族のお屋敷みたいな風格だもの。明治から昭和初期に建てられたものらしくて、建物自体が国登録有形文化財だって。


 でもさっきも話題に出たけど、見るからに高級旅館だし、実際にも会津では高級旅館だそうだけど、お気軽プランなら一泊二万円切るそうなのよ。こういうお気軽プランって、新館だったり、旧館だったりが多いのだけど、


「お気軽プランの部屋はこの宿ではランクが下がるけど、それでも全部指定文化財や。料理がそれなりに変わるぐらいで泊まれるで」


 そう考えると大都市の超高級ホテルの値段は異常だよ。いくら立地と言っても、素泊まりであの値段はないだろ。


「需要があるから商売として成立しとるから、文句があったら泊まらんかったっらエエだけの話や」


 まあそうなんだけどね。ユリだって泊まろうと思えば泊まれるというか、ハインリッヒが来日した時にお付き合いで泊まった事もある。そりゃ、豪華だったけど、夢とか憧れとは程遠いな。コスパがどう考えても悪すぎる。


 旅館で受付をして部屋に案内してもらった。さすがは高級旅館で歴史の重みを感じさせる上品な高級感が溢れてる。窓からの眺めも、


「庭が綺麗・・・」


 東山温泉は湯川の狭い谷間にあるのだけど、この宿は南岸にあって、麓から山に向かってコの字型に建ってる感じで中庭がある。さすがによく手入れされてる。


「お風呂だ!」


 風呂は家族風呂も三か所あるけど、きつね湯とさるの湯があって、なんと両方とも男女別の浴室があるのよ。


「混浴にしたら良いのに」


 宮内庁指定だったからそうはいかないだろうな。それより会津藩の元湯治場だから敷地内に源泉があってかけ流しだそう。


「ユリたちは家族風呂を楽しんでね」


 そうさせてもらいます。二人で来てるんだものね。部屋は別だけど食事は一緒にしてもらって、


「これもさすがよね」


 前菜はうどの梅酢漬け、雪中あさつきの卵焼き、福島酵母牛の酒焼き、立川ごぼうのごま和え、菜花の昆布〆って会津の地の物だよね。


「鯉のたたき、鯉の甘煮もおもしろい。甘煮は会津藩直伝だって」


 こづゆも会津の代表的な伝統料理だそう。


「こづゆにホタテを使うのも面白いけど、ニシンの山椒漬けも会津の郷土料理となってるよ」


 旅に来たからには郷土料理を食べたいけど、これだけ出てくれば満足だよ。


「そうやな。昭和の頃の団体旅行なんか、どこ行っても出てくるもんはあんまり変らんかったもんな」

「そうだった。どこに行っても同じ」


 どうして知ってるかは、もう良いか。この日本酒もなかなか、


「会津の酒も有名なんよ。そやけど、これは宿がコラボしたもんやから珍しいな」


 いつもように一升瓶オーダーだけど、お酒も料理もさすがだよ。話題はいつしか飛鳥井瞬に、


「コウは復活公演させたいんか」

「そうです」


 まだ歌えるかどうかの問題とかもあるけど、二十年前の音楽界から追放はどうなってるんだろう。飛鳥井瞬の追放は所業の悪さから、飛鳥井瞬のメロディーが入った映画やドラマがすべて封印されただけじゃなく、飛鳥井瞬の曲をカバーすることもタブーになってるそう。


「ああ、ネットでさえ徹底的に排除されとる」


 だからユリがまったく知らないぐらい。そこまではやり過ぎと感じちゃうけど、飛鳥井瞬の起こした事件の衝撃は、当時はそれぐらい大きかったぐらいしか考えようがないな。この辺は人が死んでるのもあるかもね。


「ボクだってあの事件を許せるものでないぐらいは知っています。ですが、既に罪は償ったじゃありませんか」


 難しいところだよね。懲役で法的には罪を償ったとは言え、死ぬまで前科者のレッテルは残るのも現実だ。


「でも二十年ですよ。飛鳥井瞬の才能は音楽界の至宝です。このまま朽ち果てさせるのが良いとは思えません」

「そういうけど、朽ち果てさせてしまいたいのが音楽界の意向やんか」


 現実期には難問が山積みたいなんだよ。たとえばコンサートをするにも、まず貸してくれる会場がないそう。これはヤク中になる過程で暴力団との関係がズブズブになってたのもあるんだって。つまり飛鳥井瞬は反社の一員として認識されてる面があるぐらい。


 さらに歌を歌うとなればバックバンドも必要だけど、飛鳥井瞬のバックバンドをやってくれるところは無いだろうって。これは、もしやると飛鳥井瞬の同類と見なされて、音楽界からの追放される可能性が今でさえ高いそう。


「そやから会場もバンドもカネを積んでも無理がある」


 そんなヤバイ人に、いくらカネを積まれてもあえて協力したい人なんていないものね。コウの気持ちはわかるけど、これは難しすぎるよ。


「社長は聴きたくないのですか」

「ここではコトリや」

「いや、社長は聴きたくないのですか!」


 どういうつもりだろう。コトリさんはツーリング中はエレギオンHDの月夜野社長ではなく、あくまでもタダのコトリさんとしていたいはず。それをあえて社長扱いするのはどうして、


「飛鳥井瞬の隠れファンは今でも多いはずです。もう一度、あの歌を聴きたいと心の底で願っている人もです」


 これはなんとなくわかる。コトリさんだって、ユッキーさんだって、五藤さんだって、飛鳥井瞬と聞いただけであれだけ反応したぐらいだもの。


「これをなんとか出来るのは社長だけです」


 そういうことか。ライダーとしてのコトリさんでは出来なくても、月夜野社長として動けば実現の可能性が出てくるぐらいかな。


「コウ、世の中には出来る事と出来へん事がある」

「出来ない事を出来るのが月夜野社長です」

「買い被るな。出来へんもんは出来へん」


 そうなっちゃうよな。火中の栗を拾うより困難だよ。

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