ツーリング日和7
Yosyan
ユリ大使
ユリはどこにでもいる女子大生と言いたいのだけど、そうじゃなくなってしまっている。というか、もともと普通じゃないところは少しあったかな。とりあえず未婚のシングルマザーの私生児だからね。
片親で貧乏だったらツボにはまるパターンだけど、ユリの家は貧乏じゃない。むしろ裕福でタワマンの三十階に住んでいる。その理由はお母ちゃんがベストセラー作家なんだよね。それもほんじょそこらのベストセラー作家じゃない。出す作品、出す作品がヒットしまくる超が付くベストセラー作家なんだよ。
じゃあ、シングルマザーでも有名作家のお嬢育ちかと言えば違う。まったく違う。お母ちゃんは日本でもトップレベルのベストセラー作家ではあるけど、ジャンルが他人に言えるものではない。お母ちゃんのペンネームは、
『北白川葵』
性に目覚めた中高生だけではなく、もっと上の年代でも絶大なる支持があるエロ小説家なんだよ。ユリも北白川葵がお母ちゃんだと知ってて卒倒しそうになったもの。そりゃ、北白川作品の大ファンだったもの。あんなにイヤラシイ、助平な事を書いてるのが自分の母親だったんだぞ。
これぐらいでもユリは普通と言いにくいのだけど、ユリはハーフ。それも碧眼金髪のかなりどころでないぐらい白人寄りのハーフなんだよ。どれぐらい白人寄りかと言えば、同級生でも未だにユリが白人だと思っているのがいるし、初対面の人に話しかけられる時に英語なのは日常茶飯事だものね。
だから父親は白人になる。これだってお母ちゃんが一夜のアバンチュールで出来てしまったレベルじゃなく、学生の時に同棲して脳が溶けるほどやりまくった挙句、避妊しそこなって出来てしまった子ども。ユリが出来た経緯を聞いて自分に流れる血が呪わしくなったもの。
だってだよ、どう聞いたって親父はヤリチン種馬だし、お母ちゃんはヤリマンビッチじゃないか。どれだけやりまくり、感じまくったかはお母ちゃんの作品に投影されてるはずなんだけど、
「ああいうものはリアルに偏り過ぎると良くないから・・・」
実際はそこまでじゃないよねって聞いたら、かなり割り引いてると聞いてゲンナリさせられた。お前ら発情したサルかよ。
「サルに失礼よ。カールは発情期しかない逞しい馬よ」
余計に失礼だろうが。真剣に骨髄移植をして血を入れ替えたいと思ったもの。そうそうヤリチン種馬男の父親の名前はカール。正確にはカール六世。なんかエラそうに六世なんか付いてるけど、なんとヨーロッパの小国のエッセンドルフ公国の公爵。公国だから公爵が元首で王様と思えば良いかな。
このエッセンドルフ公国だけど、親父の正妻の一人息子が病気で亡くなってしまって、後継問題が勃発したんだよ。本家に跡継ぎがいなくなったから分家が跡取りになる話になるけど、ここで登場したのがウィーニス伯爵。
ウィーニスは野心家で陰謀家。公爵家の分家であるデューゼンブルグ家の当主になるのもあれこれやらかし、ついに公爵位を目指して着々と計画を進めていたぐらい。でもね、そのまま公爵になってくれていたらユリは平穏無事だったんだ。
ところが土壇場でヤリチン種馬親父の時限爆弾が炸裂する。ユリはカールの子だから継承順位はウィーニスより上になるそうなんだ。そんなユリの存在をウィーニスが気づいて日本まで押し寄せて来やがった。
あの時にはお母ちゃんが拉致される、ユリは逃避行を余儀なくされる、コトリさんたちの助けを借りてお母ちゃんを救い出すみたいな大騒ぎ状態だったもの。よくまあ無事に切り抜けられたものだ。
でもってユリがエッセンドルフなる国の公爵になったかと言えばなってない。なんとユリには兄がいた。それも二人で、ユリも含めて全部異母の兄妹。クソ種馬親父はお母ちゃんも含めて四人の女に子どもを作ったことになる。
公爵位は異母長兄のハインリッヒが継いだのだけど、面倒極まり無いことに公爵就任式典に招かれてしまったんだよ。なんとか逃げようとしたけど、エッセンドルフだけじゃなく日本の外務省まで出てきて来やがったんだよ。
それもだよ非公式だけど日本代表って冗談にもならないじゃない。この辺は日本とエッセンドルフの関係が薄すぎて、皇室にさえ式典の招待状が来なかったからだそう。そんなもの放っておけと思ったけど、この機会に友好親善を深めたいからって強引に押し付けられちゃったんだよ。
それでも庶民の小娘には無理だって頑張ったんだけど、東京に連行されて宮内庁に缶詰にされちゃった。そう礼儀作法の勉強、いやスパルタ・トレーニングだった。だってだよ指導役は宮内庁式部職ってなんなのよ。
宮中晩餐会まで礼儀指導の一環で出席させられて、トドメは陛下から新公爵のハインリッヒへのメッセージまで託されたんだ。でもユリにも魂胆があった。エッセンドルフの爵位とかは辞退できるのよ。こんなゴタゴタから解放してもらうために、それだけを心の支えにして宮内庁の特訓も耐え難きを耐え、忍び難きを忍んだんだよ。
でだよ、でだよ、ケリを付けるために行ったエッセンドルフで押し付けられたのが侯爵。断り切れなかった理由は省略するけど、エッセンドルフの侯爵位は本来は公太子とか公太女がなるものなんだ。
そこでなんだけどユリのは侯爵はマルク・グラーフ。一方で公太子や公太女の侯爵はマーキス。その二つの侯爵の宮廷内序列は、
マルク・グラーフ 〉 マーキス
日本語じゃ分けようがないけど、ユリの侯爵は公爵であるハインリッヒとほぼ同格扱いで、座る席も横並びにさせられる。貴族は序列にうるさい人種だけど、エッセンドルフでの宮廷序列は一位に限りなく近い二位ってなんだよそれ。
それでもあんなもの名誉称号と思ってたんだよ。だけどそうでないのはすぐに思い知らされた。行きと帰りでユリの扱いが変わったのよね。飛行機がファースト・クラスになるわ、成田に着けばエッセンドルフの外交を委任されてるスイス大使が出迎えに来るわ、神戸への電車はグリーン席になるわだ。
それだけじゃない。日本からだって正式の公賓扱い。陛下への報告も外務大臣が列席して皇居の松の間でやらされた。その後にあった竹の間での陛下との雑談も正式の会見で、本当の内容はともかく、両国の親善深めるために有意義な会談と記録されてるぐらい。
それでいて国籍は日本だ。だけどエッセンドルフ公国でも準国籍と言うか、特別国籍扱いにされてしまってる。日本は二重国籍を認めてないから、限りなく二重国籍に近い待遇ぐらいで良さそう。つうかエッセンドルフも日本の皇室みたいに庶民とは戸籍が違って、ユリはエッセンドルフの貴族戸籍に入ってると思ってもらえば良いかと思う。
これは余禄みたいなものだけど宮内庁で礼儀作法のスパルタ・トレーニングを受けさせられたじゃない。そりゃ、もうのスパルタだったけど、その時に天皇皇后両陛下とも、皇太子殿下御夫妻とも仲が良くなったんだ。なんだかんだで顔合わせることも多かったものね。
相手が相手だから友だち感覚とは遠すぎるけど、そうだな、とくに仲が良くなった皇太子妃殿下と直電出来るぐらい。皇太子妃殿下は一般市民の家の出だから気が合ったぐらいだよ。だからユリには二つの顔がある。日本人としてのユリと、エッセンドルフ公国の、
『ユリア・エッセンドルフ侯爵』
ユリはエッセンドルフ公国の公式行事への出席を免除されてるのだけど、ハインリッヒが来日した時には付き合わされた。そこでも侯爵扱いで、宮中晩餐会でもハインリッヒと横並びで挨拶させられた。
名誉称号だけじゃなく実質も伴ってしまう鬱陶しい侯爵だけど、ハインリッヒが来日した時に新しい任務と言うか、職務と言うか、仕事を押し付けられた。それもだよ、ユリの知らないところで勝手に話を進めて決めてたから怒ったよ。ユリに押し付けられたのは、
『特命全権大使』
おいおい、なんだよそれ。ユリはエッセンドルフ外務省に勤務している訳じゃなし、そもそも日本人だぞ。大使はエッセンドルフ人がなるものだろうが。
「原則はそうだ。だが日本政府の了解を得た」
大使になるユリの了解を先に取りやがれ。そもそもなんて言い始めたらキリがなくて、エッセンドルフの外交はスイスに委任していて在外公館だってスイスにしかないじゃない。それにだよ有史以来エッセンドルフ人が日本に来た数は百人もいないはずなんだ。
百人たってウィーニス元伯爵がユリを拉致しようと連れて来た特殊部隊と、ハインリッヒの随員を除けば両手もいるかいないかだぞ。そんな国にどうして大使がいるんだよ。そしたらハインリッヒは抜け抜けと、
「そこはユリアがいるからちょうどよくて・・」
なにが丁度よいだ。でも聞くと負担は軽そうだったんだ。大使館には様々な職務があるけど、ビザやパスポートの発行、なにかあった時の自国民の保護みたいな領事業務は従来通りスイスが代行するって話になってたの。
ユリが任せられるのはエッセンドルフを代表しての外交のみ。とは言うものの、別に日本との間に懸念事項があるどころか、経済まで含めても交流が極めて薄いじゃない。ハインリッヒ来日ぐらいになると駆り出されるけど、それ以外はそれこそ肩書だけ。親善大使みたいなものに限りなく近いけど、あくまでも正式の特命全権大使。
「ユリアほど日本語に堪能な者は他にいない」
これもエッセンドルフと日本の関係の薄さの現れ。公爵就任式典への参加要請にエッセンドルフ外務省の高級官僚が来たけど、連れて来た通訳が酷かった。あれだったらグーグルの自動翻訳の方が百倍マシだ。判じ物のような通訳相手に、何を言いたいか理解するのに難儀させられたもの。
ユリの日本語は堪能レベルじゃなくてネイティブ。それと普通のドイツ語も、エッセンドルフ・ドイツ語も宮内庁でのスパルタ特訓で使いこなせるようになっている。ハインリッヒが日本に来た時も実質的に通訳をやらされたようなものだもの。だけど、それだけでなんで大使をやらんといかんのかだ。
「もし日本政府との折衝となればユリア以外に人材はいないし日本に在住している」
日本生まれの日本国籍の日本人だから日本に在住しとるわい。だけど、もし日本との間に何かあれば駆り出されるのは間違いなくユリだ。相当もめたけど、結局押し付けられてしまい、おかげでまた東京に行かされて信任状奉呈式をやらされたもの。
あれって東京駅から馬車で行くんだよね。ユリにしたらまた皇居かと思ったよ。松の間でその捧呈式なるものをやらされたよ。式と言っても、陛下に信任状を渡して定型のお言葉をもらい信任状を陛下が外務大臣に渡すだけだけどね。
まあ陛下とは顔馴染みというか、知り合いみたいな関係だから、さして緊張するようなものじゃなかったけど、捧呈式の後に少しだけ雑談があったんだ。これは捧呈式の一環じゃなく、非公式のもののはずだけど、その時に苦笑いされながら、
「ユリア侯爵殿下も、あれこれと御苦労様だと存じます」
陛下もユリがタダのエロ小説家の娘の、タダの大学生だってよく知ってるものね。そうやって特命全権大使になったのだけど、大使になるのだったら大使館はどうするんだとハインリッヒに聞いたんだよ。そしたらハインリッヒの野郎はシラっと、
「ユリアの家でよろしく」
お~い。タワマンの一室だぞ。せめて貸しビルでも借りろよと言ったけど、これまた押し切られた。ハインリッヒの野郎、ユリアがウンと言うまでエンドレスで説得にかかりやがるからウンザリだ。
そういう事でユリの家は大使館になってしまっている。ただ見た目も内部も変わりはない。そりゃ、大使の仕事なんかないものな。大使館の看板すらないし、エッセンドルフの国旗すらないぐらい。
その代わりに少々ややこしい事にはなっていて、見た目は変わらないとはいえ正式の大使館になるとユリの家はエッセンドルフ公国の領土になるそうなんだよ。だからユリの家の中では日本の法律じゃなくエッセンドルフの法律が適用される事になる。
つまり日本の刑事・民事・行政の各裁判権、警察権、租税権、役務・社会保障などの行政権も免除で、その特権は外交官とその家族、つまりお母ちゃんにも適用されちゃうんだよね。だけどユリは日本国籍の日本人だ。
いくら聞いても最後のところがピンと来ないと言うか、はっきりしないところが残るのだけど、ユリはエッセンドルフに永住しているぐらいの扱いのようなんだ。永住してるからエッセンドルフ国人としての法律とかの適用を受けるらしい。一方で日本国籍の日本人だから選挙権だってある。つうかエッセンドルフの法律って知らないぞ。
「二人しかいないから気にする必要はないのじゃない。国が変わっても常識的なところは大差ないはずだし」
それでも日本から見れば外国だから、公式にはパスポートがないと入れない事になるそう。もっともそこまでやれば日常生活に不便だから、大使であるユリの許可さえあれば出入りできるのだけど、逆に言うとユリの許可がなければ警察も入れないことになるみたい。
「この家には外交特権が発生している事になるからね」
この辺はユリもお母ちゃんも日本国籍だからどうかと思うんだけど、元首であるハインリッヒのトップ外交で決まったとかなんとか。だから免税店で免税品も買えるようになってるらしい。どこにあるか知らないけど。
とにかく珍妙も良いとこで、お母ちゃんは部屋に籠ってエロ小説のスケベ妄想を膨らませてるし、ユリが大学に通うのも同じ。そりゃ、大使館と言っても館員がいるわけじゃないし、日常業務があるわけでもない。部屋だけが名目上の大使館になってるだけ。
「これもユリへの待遇の一環だと思うわ」
どういう事かと聞いたら、エッセンドルフが日本に特命全権大使を置く必然性はゼロだって。それはコンマ一秒でユリにもわかる。置くだけカネの無駄だ。でもユリは厳然として日本に日本人として住んでいるから、
「そのままじゃ、ユリは日本では普通の日本人として扱われてしまうじゃない。だから、ユリを大使にして、家を大使館にしてしまえば日本での待遇が変わるじゃない」
実質は限りなく名目に近くても正式の大使だし正式の大使館。だから外交特権は適用されてしまう。
「ユリが犯罪者にならないと信じてるけど・・・」
自分の娘を信じろよな。
「犯罪に巻き込まれてしまうことは無いとは言えない。日本の警察は優秀だけど、それでも警察だって騙されたり、思い込みで犯罪者にされることだってあるのよ」
巧妙な罠に嵌められて、冤罪で刑務所にぶち込まれるってやつだな。女性刑務所と言えばレズ。目を付けられたユリはある夜に同室の女囚に抑え込まれ、無理やり感じさせられて女の醜態をさらす羽目になり慰み者にされてしまう・・・って、あんたのエロ小説の筋立てだろうが。
「実際に刑務所でそこまで起こるかは知らないよ。入った事ないからね」
誰が入るか。
「問題なのは侯爵であるユリが日本の司法の支配下に置かれる事態を避けたいがためだと思うよ」
そのためだけの大使ってか?
「まあ内情は色々あるみたい」
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