第四十五章 アイの在処
同じ頃、ウィルフィードの公用車が厚木インター経由で高速道路を横浜方面へと走っていた。
周辺には同じように公用車が護衛のように連なり、まるで大名行列が如き仰々しい様相を呈しているが、先頃襲撃されているのでエリカも流石に文句を言えなかった。
さて、そんな公用車の車内だが、結構な人口密度があった。運転手と直掩のSP、エリカとリリィは当然だが、そこに新見とアズライトがいて、何故かシンシアとアズレインもいたからだ。
理由は、アローレインへと向かうためだ。
雲隠れする決意をしたエリカが、正式にアローレインと契約を交わすために赴くことになったのだ。尚、その決断をまだSP達はおろか、リリィにさえ語っておらず、新見の説得もそこで行おうと考えていた。
因みに、シンシアがここにいるのは、その仲介役を買って出たからだ。アズライトは興味本位で、アズレインはシンシアが行くならと付いてきた。更に余談だが、新見はエリカに『ちょっと用があるのだけれど、タカシも着いてきてくれるわよね?』と有無も言わさぬ王族的
さて、雑多な人間関係の車内では特にとりとめのない雑談が交わされていたのだが、不意にシンシアが口を開いた。彼女は特に雑談に参加せずに手にしたPITを弄っていただけだったのだが、その質問は妙に硬質な気配を伴っていた。
「―――ねぇ、お姫様。護衛の車って、今日は多いの?」
「多いは多いけれど、そこまでじゃないはずよ」
「何台?」
「7台ですわ」
更なる訊ねに今度はリリィが答え、ややあってシンシアは確信した。
「着けられてる」
『っ!?』
その直後、公用車の運転手が急ブレーキを踏んで前進慣性が発生し、同乗者全員がシートに押さえつけられた。
やがて車が完全に停車し、何事だと思って新見が窓の外に視線を向けると、前方に車のバリケードが出来ていた。セダンにバン、軽トラにダンプと種類こそは雑多だが、そこから降りてきた人々は一様にカーキ色の法衣を身に着けており、フードを目深に被って表情は見えなかった。手には自動小銃を保持しており、その銃口はこちらを向いていた。
その一種異様な光景を目の当たりにして、新見はぎょっと喉を引き攣らせる。
「JUDAS―――!?」
かつてよく見た法衣だ。
JUDASの階級は法衣の色で区別されるのだが、カーキ色の法衣は一般実働部隊。特に戦闘に割り振られる部隊で、少数且つ低いクラスではあるが適合者も含まれている。
それがぱっと見ただけでも二十は正面に展開しており―――。
「後ろも………!?」
リリィの言葉に新見がリアウィンドウ越しに視線を後方へと向ければ、同じようにして車が何台も停車していた。そして前方と同じように、カーキ色の法衣を来たJUDASの信者がゾロゾロと降りて周辺に展開する。これで退路も塞がれ、身動きが取れなくなった。
「―――!?伏せて!」
シンシアの警告に反応できたのは新見とアズレイン、アズライトだった。即座に近くにいた者に覆いかぶさるようにして押し倒す。新見はエリカを、アズレインはシンシアを、アズライトはリリィをだ。
その直後、数多の爆発音と金属を引き裂く音が立て続けに起こり、車内にも硝子の破片と煙が巻き起こる。それが十数秒は続いた後で、急に静かになった。
「全車特殊防弾仕様ですのよ………!?」
「人数の割に火線が少なかった。徹甲系の異能か、似た効果を銃弾に付与出来る
絶句するリリィに、新見は冷静に観察する。
信者達が携行している武器は大きくてもアサルトライフル程度。公用車に採用されている防弾素材はその辺の徹甲弾でも貫けない特殊仕様だ。耐爆仕様も兼ねているとなると当然なのだが、小銃程度でどうにかできる防御力ではない。
それをこうも易易と貫いてくるとなると、異能による干渉しかありえない。
「SP達は………!?」
「ダメ。今の斉射で全滅。この車だけはピンポイントで狙ったみたいだけど、他の車はその必要がないから鴨打ち」
「そんな………」
エリカが運転席と助手席のSPに視線を向けるが、既に事切れていた。シンシアの言葉におそるおそる車外を覗いてみれば、他の車輌は全て蜂の巣になっており、場合によっては炎上していた。車から飛び出たSPはいたようだが、その先でJUDASの信者達に撃ち殺されたのか、アスファルトに死体となって何人か転がっていた。
(あ、ダメだコレ)
それを確認して、新見は状況がほぼ詰みであることを確信した。その上で、この中で打てる最善手を模索する。
まず、迎え撃つのは不可能だ。この間その選択を取ったのは、時間稼ぎさえすれば増援があると分かっていたのと、相手が精々チンピラだったからだ。だからこそ、近接戦闘に一定の信がおけるエリカに相応の武器を与えておけば一人でも時間稼ぎが出来ると判断した。
だが、今回は状況がまるで違う。
人数は前回よりは少ないかもしれないが、正規の訓練を受けていて武装までしている。その上、適合者まで混じっているとなると、戦力差は未知数レベルで読めなくなる。
では逃走するかとなるとそれも難しい。
何しろここは高速道路の高架上。前後は塞がれ、進むも戻るも出来ない。隣の車線に移る事も考えては見たが、直ぐに頭を横に振ることになる。仕掛けられた場所が丁度ジャンクションの中頃だったのだ。対向車線もない。この事からまず間違いなく狙って舞台は整えられた。
つまり、逃場は
「リリィ。高所からの落下の場合、君の風の異能で軟着陸に出来る?」
「え、ええ。この人数ぐらいなら………」
「高速から飛び降りるの?」
エリカの尋ねに、新見は頷いた。
「前も後ろも塞がれてる。ジャンクション直後で、対向車線も無い。―――しっかり狙ってきているんだ」
十中八九間違いなく、事前に入念な準備を行った上でこの場所で襲撃したのだ。唯一の逃場を遺している辺り、死兵にもさせないように考慮している。尤も、それを理解しているのならば万一逃げられた場合の保険も打っているだろうが。
とは言え、か細いとは言え後手に回っているこちらはその希望に縋るしかない。
「問題はどうやって飛び降りる時間を稼ぐかだけど………」
「交渉、するしかないわ」
「エリカ様!それは………!」
エリカの提案にリリィが声を上げるが、彼女は首を横に振って説得する。
「相手は私の身柄の確保が狙いよ。だとすれば、ある意味私が一番安全とも言えるわ。従順な態度を示せば、付け入る隙は生まれるはず」
「ですが………!」
尚も難色を示すリリィに、アズライトが声をかけた。
「リリィ。あまり問答をしている時間はないようだぞ。敵の頭が出てきたようだ」
「法衣は青色か。JUDASの司祭だね。現場指揮官って見ていいと思う」
車外に視線を向ければ、信者達の間から、青色の法衣を身に纏った男が前に進み出てきていた。
「わざわざ出てきたということは、おそらくそういうことだろう」
「そうね。降りましょう。会話をしている間なら、撃たれはしないはず」
アズレインの言葉にエリカは頷いて、リリィを見た。
「………分かりました」
事ここに至っては致し方なしと判断したリリィは、苦い顔で頷いた。
銃撃で開きづらくなったドアを蹴飛ばすように開けながら、新見は外に出てエリカの手を取ってエスコートした。その後で、リリィにも同じようにして車外に出しながらこっそりと耳打ちする。
「リリィ。最悪、エリカだけでも連れて逃げて」
「班長、それは………」
「向こうの狙いはあくまでもエリカだ。君達が逃げれば、僕らにかかずらっている余裕は無くなるはず。後はどうにかこっちで切り抜けるよ。余裕があれば、妨害もしておく」
「申し訳、ありません………」
顔を伏せるリリィに、気にしないでと言ってから新見は司祭の方へと視線を向けた。
外国人らしい長身に褐色の肌。眼鏡をしているからか、幾らかは理性的に見えるが何しろ所属がJUDASだ。こちらの常識など全く通用しない可能性はあった。
その男はある程度距離を取ったまま、手を広げて一礼した。
「お迎えに参りましたよ、エリカ様」
「名前を伺ってもいいかしら?」
「ブライアン・カルデロンと申します、エリカ様。JUDASからは司祭の位を賜っております。以後、お見知りおきを」
さて、と男は前置きを一つ入れて。
「ではエリカ様。我々に着いてきて頂きたいのですが―――」
パチン、と指鳴らしを一つ。その直後、パンと銃声が後方から一発聞こえ。
「あぐっ!?」
「リリィ!?」
リリィが左肩を貫かれて膝を着いた。
「先手を取ったのです。既に殺し間は展開済みですよ。今のは警告です。―――どうも、機を伺っているようでしたのでね?」
「貴方………!」
「ご安心を。エリカ様が大人しく着いてきて下さり、周りの方々が大人しくしていているのなら、これ以上人死は出しませんよ。まぁ、世間的にはテロリストである我々を信用できるかはエリカ様の度量に寄りますが」
エリカがブライアンを睨みつけるが、彼は涼しい顔で肩を竦めるだけだ。
「さて、状況をご理解頂けましたか?あぁ、後、時間を稼いだ所で無駄ですよ。使い捨ての駒で陽動をしてますので、後二十分は猶予はあります」
●
状況を観察しながらシンシアは思考を巡らす。
(二十分………。公僕が動けなくても、私達なら―――)
シンシアは既にPITでアローレインに応援要請を出している。横浜からここまでおよそ17km。装備次第だが、後十分もすれば到着して展開できるはずだ。
だが、まるでその考えを見透かすようにブライアンと視線が合ってしまった。
●
「―――警告だと、そう言ったはずですよ」
ブライアンはそう言うと身を屈め、右手をアスファルトに添えて。
「
テンプレートを一つ。燐光がまるで電光のように舗装路を疾走る。
「駄目だ!」
「逃げろ!」
その意味を悟ったかアズライトとアズレインが警告を飛ばすが、時既に遅し。エリカより後方の高架が音を立てて崩落した。即ち、新見、シンシア、リリィ、アズレイン、アズライトを全て巻き込んで。
「みんな………!」
瓦礫と共に15m下へ落下していく皆を視界に捉えたエリカは、振り返って下を身を乗り出して覗き込むが、崩落の際に起こった土埃が巻き上がり、それに隠れたか全員の姿を見失った。
「犬と猫が喋った………?ひょっとして、人工知能研究所から逃げた二頭だった?あー………だとしたら、やらかしたなー。探して回収している時間はないぞ………」
「何てことを………!」
「あの小さなお嬢さんが何か良からぬことを考えていたようなので、先手を打たせてもらいました。警告はしましたよ?それを無視した以上、命の保証などしません。他の方は、まぁ、運が良ければ生きているんじゃないでしょうか?」
あっけらかんと言い放つブライアンをエリカは睨めつけるが、それ以上は出来ない。
一対一で、武器があるならば抵抗出来るが、今は無手。その上多勢。暴れた所で、数秒後に捕縛されている未来しか見えない。
その上、ブライアンは既に右手を掲げており、その先には高架の残骸と瓦礫が収縮して集っていた。大きさは十メートル程の球体。間違いなく、放つ先は皆が落ちていった先だ。適合者としての身体能力と、リリィの異能があれば落下しても生きている可能性が高いが、そこに追撃が加わればどうだろうか。
「今度こそ、ご理解頂けましたかね?」
これ以上抵抗するようなら止めを刺すぞ、と言外に示され、エリカは渋々頷かざるを得なかった。
「………分かりました。―――エスコートなさい」
「では行きましょうか、お姫様」
●
重力の枷を失ったのは一瞬のこと。
次の瞬間には再びその枷に雁字搦めにされたアズライトとアズレインは、しかし迫り来る危機に対して不思議な感覚を得ていた。
『これ、は………』
Ayp System―――Initialize.
視界を奔る文字。紐ほどけていくのは、Aypシステムという単語とアプリ。その真意こそ不明だが、その機能が齎したのは意識の共有だった。自分達と、そして新見、リリィ、シンシアが崩落した高架に巻き込まれていく姿を、まるで別の視点で見ているような俯瞰感覚。
まるでフィルムカメラのようにコマ送りにされる現実を置き去りにするように、アズライトとアズレインの重なった思考は超高速で加速していく。
足場の崩落。巻き込まれる自分達。地上までの距離約15m―――いや、ジャンクションの途中だけあって些か高い。補正。+5m。下は同じように舗装路。心構え無し。装備無し。何もしなかった場合の全員が死ぬ確率、48.364%。全員が運良く無傷で助かる確率、0.136%。残りは誰かが生き残る確率。だが無傷ではない。重症は免れないし、場合によっては一生寝たきりだ。
最良の救出プランを算出。
リリィによる異能の行使。風の異能によって落下速度を殺せば、それだけで生存率が一気に跳ね上がる。
―――
リリィは現状、肩を銃撃されている。通常ならばともかく、万全ではない体調でそんな精密コントール出来るか、発動できるか不明。そもそも、今も意識を保っているか不明。
次のプランを策定。
誰かがクッションとなり、数名を殺して数名を確実に活かす方法。
―――
誰を殺せばいいか分からない。
リリィ―――
シンシア―――
新見―――
アズレイン―――
アズライト―――
『どう、すれば………!』
事ここに至ってA.Iは選択を迫られた。
誰かを救えば誰かを失う。誰も救わなければともすれば全員生き残るかもしれない。だが、誰ひとり生き残れない可能性が高い。加速度を増していく身体が結論を迫る。選べない。思考がフリーズする。合理性を求めて冷たい結論は出ているのに、A.Iは1つとしてそれを選べない。時間制限があるのに、機械的に割り切れば
しかし硬直するA.Iの背中を押すように、落下の際に起こる風切り音に混じって新見の声が響いた。
「―――Ignition………!!」
心臓に手を当てて新見が叫んだのは祝詞。
新見は異能がまともに使えない。使えば直ぐに
その姿を、行動を、A.Iは改めて眩しく思った。
『
何をしようとしているか高精度予測。
金属流体制御を用いての軟着陸。自身の落下先に歪ながら金属のスロープを形成して、滑るように着地しようとしている。問題点は2つ。
一つ。彼我の位置関係で、そのスロープに巻き込めるのは新見とリリィ、それからアズライトだけだ。シンシアとアズレインまでは届かない。
一つ。落下先のシュミレートで瓦礫が一部スロープの途中で降り注ぐ。その中で一つ大きい瓦礫が新見達の身体を浮かせてしまい、彼等はスロープから弾かれてしまう。その後は8mからのダイブ。落ち方によっては無傷では済まないだろう。
―――
生き残る手立てを発見。選択肢が発生。新見も、シンシアも、リリィも生き残るその手段。だが、その手段は合理性に却下される。
―――
『うる、さい………!』
エラーを吐く
―――
『我の―――』
芽生えた
生まれた
最初からあったその
―――
この身体は生身。思考は機械。脳チップを埋め込まれ、生き物と機械の間でそれでも彼等は人との間に自らの命題を掲げていた。
何故なら―――。
『―――我がアイの邪魔をするな!!』
人と共に在るために彼等は生まれたのだから。
―――
その名の通り、今こそA.IにA.Iの全てが委ねられた。あらゆる合理性に反逆し、それでも望み得る最高の未来を引き寄せる。
アズレインは身を窄め、空気抵抗を減らして先に落ちるシンシアへと追いつく。その襟首を咥え、引き倒す要領で彼我の立ち位置を入れ替える。自分を下に、少女を上に。もう一度入れ替わらないようにそのまま抱えるように落下していく。
アズライトは手近な瓦礫を蹴って中空を移動し、たった1つの瓦礫へと体当たりを加える。瓦礫の大きさからしてみれば僅かな衝撃。だが、空中でのその衝撃は容易く落下軌道を変える。それだけで、新見が今形成しているスロープのコースからは外れる。無論、体当たりを加えたアズライト自身もだ。
「アズレイン!?」
「アズライト!?」
シンシアと新見の驚きの声が聞こえるが、彼等は答えない。
そう。これが最善手。自らを犠牲に、愛する人達を守る。いや、犠牲ではない。犠牲となった先で、共に在ることは出来ないのだから。だから、彼等は一つ手を打って、自らの行動と思考に苦笑する。
さり気なく考えていたのだ。彼等を、愛する人達と―――。
『そうか、コレが―――この想いこそが………!』
故にこそ、彼等は自らの
今更ながら彼等は自らの
最期にようやく、彼等は
だがその直後に来た衝撃で、彼等の意識は闇に飲まれた。
アズライトとアズレインは、こうしてその短い生涯を終えた。
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