3-34話


 円形の石壁に囲まれた巨大な闘技場コロシアム。まだ午後も早い時間だというのに、客席はほとんど満員だ。

 沸き上がる歓声に罵声や野次が混じるのは、金を賭けているからだろう。


 観客に囲まれた試合場で、鎧を着た闘士ターグラジエーターが一対一で殴り合う。

 鎧の上から殴っているから、一見すると大したダメージに見えない。だけどガントレットに鋭い突起があるから、殴るだけで鎧が凹むし。格闘系スキルを使っているから、さらにダメージは跳ね上がる。


 命懸けで戦う闘士ターグラジエーターは、グランブレイド帝国では竜騎士に匹敵するほど人気があるらしい。竜騎士にも闘士ターグラジエーターにも、それぞれ熱狂的なファンがいて。どっちの方が強いかって話になると、殴り合いの喧嘩になるのは日常茶飯事だそうだ。


 闘技場が帝都の観光スポットだから、みんなを誘ったのは嘘じゃない。だけど俺は闘士ターグラジエーターを利用して、ある布石を打とうと思っている。まあ、俺は元々ドミニクに会うまで、ダンジョンを攻略するつもりだったから。ここに来たのは保険というか、打てる手は打っておこうって話だけど。


闘士ターグラジエーターも結構やるわね。強さとしては、冒険者ならB級ってところだけど。同じ条件で戦かったら、並みのB級じゃ勝てないわね」


 試合を眺めるジェシカは闘士ターグラジエーターの実力を正確に測っている。今戦っている闘士ターグラジエーターはどちらも六○レベル台で、冒険者ならB級クラスだ。


 だけど大抵の冒険者は武器や魔法で戦うから、殴り合いだと同クラスの闘士ターグラジエーターに勝つのは難しいだろう。


「ジェシカの見立ては正しいと思うわ。だけど今試合に出ているのはランク外の闘士ターグラジエーターよ。もう少ししたら、ランキング上位の闘士ターグラジエーターが出て来るわ。普通に武器で戦う竜騎士に勝てるような闘士ターグラジエーターがね」


 エリスはロナウディア王国に戻るまで帝都の大学に留学していたから、闘技場コロシアムのことも詳しいみたいだな。

 飲み物を飲みながら観戦していると、突然大きな歓声が上がる。どうやら上位の闘士ターグラジエーターの試合が始まるみたいだな。


 先に登場したのは身長二mを超える髭面の巨漢。横幅もあって重戦車って感じだ。

 続いて登場した対戦相手は一八○cmくらいの長髪の男だ。


闘士ターグラジエーターランキング八位『破壊王』ドーガに挑戦するのは、ランキング二五位『疾風』マックス! 賭け率は一対五!」


 魔導具で拡声したアナウンスに煽られて、客たちが次々と金を賭けていく。賭け率で考えれば、巨漢のドーガの方が圧倒的に有利ってことだな。


 試合が始まると、先に仕掛けたのは『疾風』マックスだ。跳躍しながらスキルを発動。風属性のスキルでブースターのように加速。一気に距離を詰めると、体重乗せた拳を叩き込む。『疾風』マックスの続けざま連打に、『破壊王』ドーガは防戦一方だ。金属同士がぶつかる激しい音が響き渡る。


 だけど『鑑定アプレイズ』するまでもなく、マックスの派手な攻撃はドーガに全然効いていない。そして結末は呆気なかった。マックスが動きを止めた瞬間、ドーガが拳を振るうとマックスの身体が宙に舞う。


 マックスはそのまま地面に叩きつけられて動かなくなった。


「勝者、『破壊王』ドーガ!」


 客たちがドーガの名を叫んで沸き上がる。ドーガは右手をかざして歓声に応える。

 倒れているマックスはヘルメットがひしゃげているけど、闘士ターグラジエーターとして試合に出たんだから自己責任だろう。


 ドーガとマックスの試合が今日のメインイベントだったらしく、試合が終わると今日勝者になった闘士ターグラジエーターたちが一同に出て来た。


 アナウンスの声が勝者を順番に称えると、客たちが再び歓声を上げる。最後にドーガを称えると、一層大きな歓声が上がる。

 それが収まったタイミングて、アナウンスの声が続ける。


「それでは、これよりエキジビションマッチを開催する! 『破壊王』ドーガに挑戦する者はいないか! 挑戦料は銀貨一枚。ドーガを倒せば賞金は金貨一○○枚! 腕に自信がある奴は、試合場に降りて来い!」


 アナウンスの声が客たちを煽る。これも興業の一貫で、挑戦料を取るのは冷やかしで挑戦する客への対策だろう。


「じゃあ、ちょっと行ってくるよ」


「「え……」」


 ミリアとノエルの声が重なる。他のみんなも戸惑っているけど。


「アリウス、本当にやるつもりなのね?」


 エリスが悪戯っぽく笑う。


「ああ。今回は派手に注目を集めた方が良いだろう」


 観客席から試合場に飛び降りると、闘技場コロシアムの職員に『鑑定アプレイズ』される。闘士ターグラジエーターと竜騎士はライバル関係だからな。客に成り済ました竜騎士が挑戦して来ることを警戒しているんだろう。


 『鑑定アプレイズ』されることは解っていたから対策済みだ。闘技場コロシアムの職員レベルじゃ、俺を鑑定できないけど。俺は普段から『能力偽装フェイクアビリティ』でレベルとステータスを偽装しているからな。


 今の俺はレベルを二五、ステータスは適当にそれっぽく設定している。ちなみに格好は襟付きのシャツ一枚にズボンと靴。学院にいるときのよう眼鏡を掛けている。


「兄ちゃん、挑戦料は払えるんだろうな?」


 俺が銀貨を投げると、職員がニヤリと笑う。ドーガの強さを引き立たせるだけの馬鹿が挑戦して来たと思っているんだろう。


「俺を倒そうってんだ。おまえは竜騎士派か、それとも只の馬鹿か?」


 ドーガが両腕をクロスするように構える。相手が素人でも油断しないのは評価できるな。


「いや、俺はそんなんじゃなくて。あんたに恨みはないし、こっちの都合で利用するのは悪いと思っているんだ。だから先に謝っておくよ」


「おまえ、何を――」


 薄笑いを浮かべるドーガとの距離を一瞬で詰めて、反応する前に拳を叩き込む。ドーガは派手に吹き飛んで、背中から観客席の壁に叩きつけられる。勿論、殺さないように手加減したけど。白目を剥いたドーガが立ち上がるのは無理だろう。


 俺の狙いは闘士ターグラジエーターの面子を潰すことで、闘技場コロシアムに出資しているドミニクに喧嘩を売ることだ。


 闘技場コロシアムはドミニクの収入源の一つで、主催者を抱き込んで薬物や魔導具を使った不正によってボロ儲けしていることは調べがついている。


 証拠の方は後でドミニクを失脚させるときに使うつもりだけど、これだけじゃ蜥蜴の尻尾きりをされたら終わりだ。それよりも今はドミニクを煽るために利用させて貰う。

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