第45話 不審船発見

昨日船長室に呼ばれてから度々軍の使者が一般人を装ってサードの寝ている部屋に訪れるようになった。どうやら私たちがサードを心配してこの部屋に集合しているのが多いと分かっているみたい。


サードは酔い止めのおかげかほんの少しでも揺れに慣れてきたのか、今日ようやくりんご以外のものが食べたいと言いだして、私は喜んでおかゆを用意して貰ってそれをどうぞと差し出して、サードもおかゆを食べた。


…でもまだ胃に重かったみたいで全部食べ終わった後に戻した。


「サード大丈夫?」

「触んな」


バスルームから戻って来てソファーに座ったサードの肩を軽く叩くとサードは腕を振って拒否してくる。

この人をイラッとさせる反応も少しずつ調子が戻って来たということだわ。とりあえず何か食べたいと思えるまで回復してきたみたいだし。


ついでに今日は一番偉そうなコックさんにデザートとしてレモンスライスのはちみつ漬けをもらった。


皆で食べたけど、甘くて酸っぱくて美味しい。


「けど、もう海賊のでる海域には入ってるのよね?こんなにゆっくりしてていいのかしら」


レモンをチューチュー吸いながらふと思ったことを言う。


今日の朝食が終わるような時間帯、突然部屋の屋根に魔法陣が浮かび上がって、そこから船長のキビキビとした声が響き渡った。


『皆さまおはようございます。朝のお寛ぎのところ誠に申し訳ございません、ソーリス号船長のヤッジャ・マーリンスタです。お客様方にお知らせしたいことがございます』


そんな言葉から始まって、しばらくなりを潜めていた海賊が現れたこと、商船が続けて四そう襲われたこと、けが人が多数出ていること、その海賊の出る海域にこの船が一番近いこと、これ以上犠牲を出さないため討伐しに行くこと。

この船は装甲船にもなっているから身を守るための安全な設計になっている、そんな現状報告を告げて、


『我々船員が海賊討伐の対応をいたしますが、冒険者の皆々様には念のため装備を怠らず、何かあった時すぐ動けるよう待機してください。そして一般のお客様方は危険ですので、できる限り部屋にいて、いざとなったら我々の避難指示に従って行動してください。

他に質問があれば船の関係者へ何なりと質問をどうぞ。希望があれば私から直接お話しをしに伺います。では、これにて知らせを終了いたします』


と、話し終わるとブツンという音と共に魔法陣も消えた。


私たちも装備をしっかりと身に着けて備えているけど、その船長の放送からしばらく経っていても今のところ変わりの無い報告が船員を通じて知らせられている。


それにたまに廊下に出ると、装備に身を包んだ冒険者たちが頼もしい目つきで私たちを見てきて、


「私たちもいざとなったら頑張ります!勇者御一行も頑張ってください!」


と言ってきたり、装備のしていない一般の人が、


「どうか私たちを守ってください」


と懇願(こんがん)しに来たりする。


乗船した最初の数日は勇者御一行だと色々話しかけられたり、部屋に訪ねられたり、囲まれて握手を求められたりしていて、まさか一ヶ月半もこの状況が続くのかしら、と不安になった。


でも一週間も過ぎるとそこらを私たちが歩いてるのが当たり前みたいな慣れた対応になっていたから、今は最初の頃の対応に逆戻りしたような感じ。


「やっぱりいざとなったら私たちに頼る人が多いのね。冒険者は私たちがいればなんとなるって思ってる感じだし、一般の人も他に冒険者はたくさんいるのに真っ先に私たちに声をかけてくるし…」


「一種のステータスだもんなぁ。勇者って」


アレンは他人事みたいに呟いて、手に付いたハチミツを舐めている。


するとドンドンドン、とドアが叩かれたから扉の近くに居たガウリスが開けた。


そこには船員じゃなくて、船長のヤッジャとこの前私たちを船長室に呼びだしたあの船員がカチッとした姿勢で立っていた。


「不審な船を発見しました。少々甲板に出られますかな?」


私たちは顔を見合わせる。


私たちを利用するような船長とはあまり関わらない方がいい。


サードも表の爽やかな表情をしながら信用ならないという目を船長に向けている。

でもこの前三人で行って利用される羽目になったからと思ったのか、さっき吐き戻したばかりのサードが俺が対応するとばかりに、


「どのような船ですか?」


と立ち上がった瞬間、船が大きく左に動いてサードはヨロッとよろけた。


何となくスピードも上がって揺れも大きくなっている気がする。


「望遠鏡で見る限りまだ点のようにしか見えないのでハッキリしませんが、今その船に少し近づくよう指示を出しました。大砲もいつでも撃てるよう準備を整えております」


船長は急な揺れでもよろけずに真っすぐ立ってハキハキと答える。


「うぶっ」


急な揺れがたたったのか、具合がほんの少しよくなり始めたサードからまた不吉な音が出始める。


「…これは勇者様は動けませんな」


船長はそう言うと私たちに目を向けてきた。


「甲板に出てきていただけますかな?」


私たちは視線を合わせるとアレンが、


「準備をしてからすぐ行くから、先に行っててくれねぇかな」


と言った。


船長は頷くと「では待っています」とドアを閉める。


「…普通に甲板にいって大丈夫かなぁ」


アレンがサードの背中をポンポン叩きながら聞く。


サードはソファーに深く座って、まるで人生に挫折(ざせつ)した人みたいに背中を丸めて深いため息をついている。


「どうあっても俺たちを巻き込みたいわけだ」


とサードはそう言って、顔を上げた。


「いいか、もしその船が海賊船であいつらが戦うことになっても絶対にお前たちは手を出すな。大砲で片がつくって自分らで言ってんだから、自分たちでやらせておけ。もし俺らが手を貸したら……ッ」


サードはそこまで言うと話の途中で立ち上がって、いつも通りの素早い走りでバスルームに駆けこんでいった。


さっきより上下に揺れる感覚が強くなってきていて、船のあちこちからギギギと鉄板がきしむ音が聞こえてくる。

これはサードじゃなくても乗り物に弱い人なら酔うレベルかもしれない。


『ソーリス号船長のヤッジャ・マーリンスタです。お客様方にお知らせしたいことがございます』


船長…ヤッジャの声が聞こえて来た。天井を見ると、例の声が聞こえる魔法陣が浮かび上がっている。


『現在不審な船を発見。一般のお客様は今すぐ部屋にお戻りになり、念のため荷物をまとめ我々の指示をお待ちください。できるだけ窓から離れるようお願いいたします。

四階の冒険者の皆さまは我々の指示があるまで各自部屋で待機、呼び出しがあり次第部屋から甲板へ出撃。三階の冒険者各位は一般のお客様に危害が及ばないよう、三階及び二階を死守するものとする。以上』


ブツンッという音と共に魔方陣が消えた。

段々と後半が命令口調になっていたのは軍人という職業のせいかしら。


「とりあえず手は出すなってことだな?あと朝食後の酔い止めの薬まだ飲んでねえみたいだから、ちゃんと飲めよ」


アレンはバスルームをコンコンと叩いて声をかけてから部屋の外に出る。


私とガウリスもその後に続いて歩いて行く。


中にはヤッジャの言うことを聞かず廊下で待機している冒険者もいて、私たちを見て応援するようにポーズを決めている。


そして甲板に出た。


外に出ると船員が何人かと、望遠鏡を持ったヤッジャが遠くにいるらしい不審な船を見ている。


私たちが駆けつけたのに他の船員が気づいて、船長に告げる。


「なにか分かりましたか?」


ガウリスが聞くとヤッジャは振り向いてフムー、と鼻で息を吐く。


「行方不明中の商船のようにも思えますが…とりあえず向こうから光信号が届けられています」


「光信号?」


何それと聞き返すと、ヤッジャは、


「鏡などに太陽の光を反射させ、合図を送るものです。ですがあれは…」


と望遠鏡に目を当てて船があるらしい位置をまた眺める。


私もそっちを見てみるけど、海のキラキラした海面で船があるのかすらもよく分からない。

アレンも隣で同じように目を凝らして見ているけど、船を見つけているのかどうかは怪しい。


アレンはヤッジャを見た。


「光信号でなんて言ってるんだ?」

「…さあ」


望遠鏡を外しながらそう言うヤッジャの言葉にアレンはこけた。


「さあって事はないだろ」


「我々ほど訓練は受けていなくても『助けて』の光信号ならどの船乗りも覚えているはずですが…あまりに適当すぎて解読できません」


「その信号は海賊にも共通するものなのですか?」


ガウリスが質問する。


「まあ基本的なことですから知っているでしょうな。私が若いころ『助けて』の信号を出していた船が実は海賊船で、不意を突かれたことはありますが…。

これほど適当な光信号は逆に怪しいので海賊でもやらないと思います」


「ならばやはり行方不明の船だということでしょうか?」


ガウリスが重ねて質問するとヤッジャは軽く考えこんで、


「もう少々近寄らなければ分かりませんがね。外的特徴も行方不明中の船と同じですから。他の船に連絡」


私たちを船長室に呼び出した船員に船長が指示すると、その船員はブツブツと何かを唱える始める。


すると目の前に四角い光が複数現れて、その中に見える人々に向かってヤッジャが、


「こちらソーリス号、海賊に襲われ行方不明の商船らしき船発見。海域、七十五の…」


とその四角い光の中に見える人たちに伝えている。


通信魔法だわ、と私は目を見開いてその四角い光と、通信魔法を操る船員を見た。どう見ても海の軍人という雰囲気の人だけど、どうやら魔導士だったみたい。


通信魔法は遠くにいる人と顔を合わせて通話ができる便利な魔法。

だけど話す側と受けとる側、そのどちらも通信魔法を覚えていないと会話はできない。


思えば天井に魔法陣が現れてヤッジャの声が聞こえて来たのも、もしかしたら通信魔法を使うあの船員の魔法だったのかも。


ヤッジャと魔導士がその光の中の人たちと会話をしているうちに、どんどんと船は進んでいって、ようやく船らしい形のものがキラキラと輝く海の上に見え始めた。

すると船員の一人が船の中から紙を持って現れて、


「行方不明の船に乗っていた者たちの名前と顔のリストの書き写し、終了しました」


とヤッジャに渡す。


ヤッジャはフム、と受け取り、どんどんと近くなる商船に目を向ける。


なんだかその商船は動いてなくて、ただ波に流されているだけに見える。


それに完全に目で見えるくらいになってくると、マストの帆は大きく破れていて、はたはたと破れた所が虚しく音を立てているのが聞こえてくる。


「…海賊が乗っ取った船とは思えないな」


ヤッジャはその商船の中を窺(うかが)うような目で見ながら呟いた。

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