第42話 陽気な船旅!…おや?勇者の様子が…
「まさか勇者御一行が我が船に乗られるとは…。それなら冒険者プランなどに申し込まず一言いってくださればもっとグレードの高い部屋をご用意しましたのに」
カチッとした白い軍服に立派な勲章をつけ、カチッとした口ひげを生やした中年の男性がサードと握手をしながらキビキビと話している。
船に乗り込んでから数十分後。
私の部屋に皆で集合してこれからの船旅の話しをしていた時、船長がどこから聞きつけたのかわざわざ私たちのいる部屋に訪れてきた。
船長と握手をしているサードは微笑んで、
「いえいえ。勇者という肩書ではありますが、我々の本業は冒険者です。それにずいぶんと安い値段でこのような立派な船に乗れるのですから喜んで申し込んだくらいですよ」
申し込んだのは私とガウリスだけどね…まあ訂正するほどのことじゃないけどね…。
「勇者様にそう言っていただけるのなら、この船も本望でしょう」
サードの爽やかな微笑みに対し、船長は日焼けした黒い肌に合う白い歯を見せてニカッと笑った。
「しかしこの季節だとモンスターは別の海域に行っているので少なめですし、海賊も国総出で討伐して数も随分減りましたから、残念ながら御自慢の聖剣を拝むことは無いでしょうな」
船長はサードの後ろに居る私たちとも握手を交わした。
「それでも、念には念を…でしょう?」
サードがイタズラっぽく言うと、船長は腹の底からハッハッハッ!と笑い声を出して、
「もちろん!危ない所はできる限り避けますし、危険と判断したら即座に対応する所存ですとも!その時には勇者御一行の力もお借りいたしますよ」
と言うと部屋の外にキビキビと出ていって、
「では、一ヶ月の船旅をお楽しみください!」
と額の上でビシッと手を添えてからドアをバタンと閉めた。船長が見えなくなってから私たちは顔を合わせる。
「あの服に勲章って国の階級のものよね?この船って国の船なの?」
「みたいだなぁ。国の軍が関わってるなら国から補助金が出るんだろうな。これくらいの船で一ヶ月半の船旅で金貨一枚と銀貨五枚なんて普通赤字だもん、納得いったよ」
アレンはウンウン、と頷いてそういうことかぁ、と独り言をいっている。
「元々この船事体が海賊討伐するための船なんじゃねえの?」
サードの言葉にガウリスが目を丸くした。
「一般の方々も乗せているのにですか?」
サードは紙を広げる。そこには船の全面図が書かれてあって、いざという時の避難経路が書かれている。
「まずここが関係者以外立ち入り禁止の所だ」
サードがなぞるのは船の底と全六階建てのうち一階と最上階。
「そんで俺らが泊まる部屋はここだろ?」
と指を差すところを見ると、私たちの泊まる四階部分。真っすぐ歩くと甲板にすぐに出られる階だ。
「さっき一通り船の中を見て来たが、一般の奴ららしいのは二階と三階の船尾部分、冒険者らしい奴らは三階の甲板に近い前部分と甲板にすぐ出られる四階に振り分けられてるとみた。
特に二階は脱出用の小舟に一番近い。いざとなったら国の軍部や俺ら冒険者が時間を稼いでるうちに脱出しやすい」
「なるほど…と言いたいところですが、やはり一般の方も乗せているのにそのような危険なことを国の者がするものでしょうか?」
ガウリスはいまいち納得がいかない表情で船の全体図を眺める。
「さあな。ただ安い金に釣られた冒険者も数いりゃあ、いざという時に一般の奴らを助けるための捨て駒になるだろうよ」
サードの言葉にガウリスが「えっ」と顔を上げる。
「サードの考えだから気にしなくていいわよ」
でもサードの言うことは真実味を帯びていることが多いから、そういう裏の面もあったりするのかも…。
「それで、五階は多目的ホールと」
アレンが呟きながら避難経路の五階部分を指さす。
一ヶ月以上船の中だから、色んな娯楽施設も整っているらしい。五階には書架、カジノ、食事処、バー、買い物ができる施設に舞台が見れるホールもある。
「俺、カジノ行ってみてえなあ。夜しかやってねえけど、サードも行くだろ?」
アレンが「なっ」とサードに顔を向けると、サードは眉をひそめて、
「かじの?」
と聞き返した。
「あれ、カジノ知らねぇの?」
「知るかそんなもん」
サードの素っ気ない返しを聞いて、アレンはええー、と信じられないとばかりに驚いている。
「サードだったら絶対カジノ知ってると思ってた。カジノって金を賭けて遊ぶゲーム場だよ」
サードは金を賭けて、の部分でわずかに表情を変える。
「合法か?それ」
「こういうところのは合法だから大丈夫。だって国の船だぜ?これ」
サードは全て納得したみたいで、ニヤッと笑うとアレンの背中を叩いた。
「なるほど、国公認の賭場(とば)か。よっしゃ、国の金すってやろうぜ」
「いや、俺はちょっと遊べればそれでいいんだけど…。それに相手は国じゃなくて船に乗ってる人だから。エリーとガウリスも行くだろ?」
アレンが私とガウリスに視線を向けるけど、誰が、と首を横に振る。
「行かないわよ、そんな怪しい所」
「私も気持ちの上ではまだ神官ですので、そのような娯楽場には行きませんよ」
アレンはええー、と信じられないとばかりに驚いている。
「そんな、こんな近くにカジノがあるのに興味がないなんて…」
「だって怪しいもの」
お金を賭けるという時点で拒否反応しかない。
「怪しくないって。ちょっとお金を賭けて、当たるか当たらないか遊ぶくらいだって。ちゃんとこれくらいの金額内で遊ぶって自分で決めたらその分で遊べるから。別に向こうもどこまでも遊べ、金使えって強要してくるわけじゃないしさ…」
アレンはなぜかカジノは怪しくないと必死に説明してくるけど、いくら説明されても結局お金を賭けて遊ぶんでしょう?そんなのやっぱり怪しい。
「私はいかないけど、楽しんできて」
「おう、楽しんできてやらあ」
サードの目が異常にギラギラしている。
この男、賭け事となったら異様に張り切ってるわ。最低。
見下げる視線をサードに向けていると、ボー、ボーとお腹に響くような大きい重低音の音が聞こえて来た。
「何、今の」
慌てて立ち上がると、アレンは笑う。
「出発の合図だよ」
窓に近寄って外を見ると、確かに少しずつ船が波止場から離れていっている。
「はぁあ…初めての船で、初めての船の旅…楽しみ…!」
少しずつ船が動いて、船が動くと波しぶきが白い線みたいに後ろに続いていく。
「うん、楽しみだなぁ。とりあえず今夜カジノ行こうぜ」
「行かない」
アレンの誘いを私はバッサリと切った。
* * *
海の旅は順調みたい。たまに行き合う船員たちの表情は和やかで、交わす会話もどこか軽快そうだ。
甲板には横になれる大きい椅子が何台も置かれていて、いつも水着姿の女性や男性が横になって売店で売っているジュースなどを飲んでくつろいでいる。
私もこの船に乗ってから船の中をうろついて(水着は着ていない)、書架を覗いたり、売店で飲み物を買ってパンケーキを甲板で食べたり、舞台を観て楽しんだり、夜にはバーで少しお酒を飲んだり、普段の冒険だとできないようなくつろいだ日々を送っていた。
でもちょっと問題も起きてる。
私は厨房で特別に作ってもらったものを持ってサードの部屋をノックした。
「私よ、エリー。開けて」
返事はない。でもしばらくするとガチ、とノブを動かす音が聞こえて、ゆっくりと開いた。
ドアの隙間の向こうには死にそうな顔つきのサードがこちらを睨みつけるかのようにして立っている。
「うぶっ」
サードは口を押さえて不吉な音を出す。
「ちょっと大丈夫?」
私はサードの背中をさすりながら中に入った。
ちなみにこのドアはオートロックだから勝手に鍵は締まるタイプだ。
サードは唸りながらベッドに重い足取りで戻っていくとベッドに崩れ落ちていく。
私たち勇者御一行がこの船に乗っているのはすでにバレていて、一目勇者様を見たい!握手したい!話がしたい!仲良くしたい!サインが欲しい!という人が大量にいる。
でも当の勇者様のサードなんだけど…。
「まさか船酔いになるなんてね…」
船が出発してから一時間もしないうちにサードの顔は強ばっていって顔色も悪くなった。そうして口数が少なくなったと思ったら、
「部屋に戻る」
と消えて行った。
それから昼食を過ぎて夕食の時間になってもサードが現れない。
乗客の人たちに勇者御一行だと囲まれながらサードを見た?と聞いてもサードを見たと言う人が誰もいなかったから、サードは部屋から出ていないんじゃないのと心配になって皆でサードの部屋の鍵を借りて様子を見に行った。
部屋の中は暗くガランとしていて人の気配がない。部屋の中に入ってもサードの気配がないから、
「サードは気に入った女の人の部屋に入り浸ってるんじゃないのー?」
と私が言うとバスルームを開けたアレンが「いた!」と叫んだ。
トイレとシャワー付きのバスルームの中、サードはトイレに嘔吐したままの状態で撃沈していた。
慌ててサードに声をかけて介抱したけれど、
飯はいらねえ、飲み物はいらねえ、動きたくねえ、話したくねえ、クソが。
という言葉を何を言っても連続ループで繰り返していた。
それもそんな状態の時に勇者に会いたい人たちがひっきりなしにサードの部屋のドアを叩きにやってきて、そのノックの音もサードは煩わしそうで…。
…ううん、船長が訪れた私の部屋、背丈でも髪の色でも目立つアレンの部屋にも会いに来る人はいる。何ともない時ならともかく、こんな具合の悪い時にコンコンコンコンとやられるなんて、たまったものじゃないはず。
ガウリスは提案した。
「私とサードさんの部屋を交換しましょう。私は勇者御一行ではありませんから私の部屋だったら静かに過ごせるはずです」
それならと人が居ない隙を見計らってガウリスの部屋にサードを入れて、荷物も交換した。
いつかサードが弱っている時にいつもの仕返しをしてやるんだから、とずっと目論んできた。
でも今までろくに病気もケガもしないでいつも傲慢(ごうまん)な態度だったサードが急激に弱っている姿を見ると、もしかしてこのまま死ぬんじゃないのという考えがかすめていく。
もうこうなったら仕返しどころじゃなくて心配の気持ちしかない。
サードもこんな状態なんだからカジノどころじゃなくて、一日中部屋に閉じこもってうなされて、たまに起き上がっては嘔吐し続けている。
ベッドの脇に椅子を用意して私はベッドに崩れ落ちているサードに声をかけた。
「ほら、厨房の人にすりおろしたりんごもらってきたから。ちょっとでも食べて」
「いらねえ」
サードは力なく一言返す。私は身を乗り出した。
「アレンも言ってたでしょ?吐いたあとでも食べたり飲んだりしないと胃が痛むって…」
するとドアがコンコン、とノックされたからドアにある丸い穴から外を覗く。
「俺だよ、アレン」
丸い穴から見える姿もアレンだったから私はすぐにドアを開けると、アレンは「ああ、エリーもいたんだ」と私に声をかけながら、サードの寝ているベッドに近寄っていく。
「医務室で酔い止めの薬貰えるって聞いたから貰って来たぜ。売店じゃ薬は売ってないのな。けどこれ何か胃の中に入れないと飲めない薬だから…」
アレンが私が厨房からもらってきたすりおろしたりんごに目をつけた。
「ほら、これ食ってから薬飲めよサード」
「いらねえ」
「いらないって…。酔い止めの薬なんだから飲めば今より楽になれるはずよ」
アレンはもう一つ椅子を引っ張って座って、私に隣に座るよう手で招いたから椅子に座りつつサードに声をかけた。
私の声を聞いたサードから長い長いため息が出る。
「水飲んだだけで気持ち悪いんだよ」
「けどなぁ、そんなこと言ってたらサンシラに着くまでに餓死しちまうぜ」
「…」
サードからの返事は無い。
この数日間、ろくに飲まず食わずで明らかにやつれてる。
当初、トイレで撃沈しているサードを見つけたアレンは船酔いだといち早く見抜いて、
「吐いたあとでも何か胃に入れないと胃が痛むぜ。水飲めるか?」
とサードに口をすすがせてから水を差し出していた。でも水を飲んで数分、サードはまたトイレに向かって吐き出していた。
一晩様子を見ようってアレンが言うからそのままサードを部屋において次の日にまた様子を見に来たけど、それでも何も変わっていない。
でも何か食べないといけないはずと私は厨房に顔を出して特別におかゆを作ってもらって、それを食べてとサードに渡した。それでも何口か食べたら胃からせりあがってしまっていた。
私がまだ貴族生活を送っていたころ、具合の悪い時にはお母様がおかゆを作ってくれて、おかゆも食べられそうにないならすりおろしたりんごを食べさせてくれていたから、おかゆがダメならりんごだわ、とすりおろしりんごを持ってきたんだけど…。
「ああー、クソつまんねえ…」
サードから悪態の言葉が出る。
「けど海辺の出身なのに船酔いになるなんてね…」
どっちかと言えば海と縁の無い私が船酔いになりそうなものなのに、と言うとアレンは私に目を向ける。
「いやいや、船乗りでも船酔いにはなるよ。俺の一番上の兄貴も商船に一番乗ってるけど船酔いするし」
「そうなの?」
「体の…なんだっけ、どっかの器官の感覚が鋭いと乗り物に酔いやすいんだってさ」
「じゃあ何、私の感覚は鈍いって言いたいの」
「そんなこと言ってないだろぉ」
会話がそこで一旦終わったから二人でサードをチラと見る。
いつもだったらアレンが「感覚が鋭いと乗り物に酔いやすいんだってさ」と言えば、
「じゃあてめえの感覚は鈍いってこったな、エリー」
と即座にニヤニヤ顔で私に喧嘩を売って来るのに、サードは静かに横になったまま。
人をおちょくる気力もないぐらい具合が悪いんだわ。どうしようこのままじゃ本当に死んじゃうかも。
「ねえサード、少しでいいからこれ食べて、薬飲んでよ」
すりおろしりんごを持ってサードの肩を叩く。
「エリーが、はいあーんってすれば食べるんじゃね?」
「そうなの?それなら食べられる?やれっていうならやるわよ?」
「いらねえ」
船に乗ってから一番のサードの鋭い言葉が飛んでくる。イラッとしたのかもしれない。
サードはのそのそと起き上がって私の手からすりおろしりんごの入った器を取って、木のスプーンを手に持った。
しょうがなく食べようとしているみたいだけど、それでも食べ物を前にするとすでに気持ち悪そうな顔をしている。
「どうせ食ったって吐くだけだけどな…」
「いいのよ、ちょっとでもお腹に入れば栄養もちょっとだけ取れるんだから」
私が具合が悪くてお母様が用意してくれたご飯が食べられない時、お母様はそう言って慰めてくれていた。お母様に言われた言葉をそのままサードに言うと、サードはクマのできた顔で私を見てから、あぐらをかいてりんごを食べ始める。
「どう?それなら食べられそう?」
サードは何も答えずに嫌そうな顔で口を動かしている。
アレンは立ち上がって、
「水用意してくる。一応薬も飲んだほうがいいから」
と洗面所に歩いて行った。
サードは鼻でため息をついて器とスプーンを下げてあらぬ方向に目を向ける。
きっと今、気持ち悪さと戦っているのね。
けどすりおろしりんごでもダメみたい。でも水はダメ、おかゆもダメ、すりおろしりんごもダメなら他に食べられる物なんてないわ。
この船の食べ物もお菓子もお酒もすっごく美味しいのに、もしかしたらサードはこの船旅の間そんな美味しいものを食べられないのかも。
…いつもならざまぁみろ、って思えるけど、今のこの状態だとすごく可哀想。
サードはあらぬ方向から視線を戻してまたすりおろしりんごを食べる。
明らかに無理して食べている表情で、たまに「ウッぐっおえっ」とえづきながら少しずつ飲み込んでいく。
「そんなに船に弱いなら、乗る前に酔い止めの薬買ってくればよかったのに」
ポツリと呟くと、サードはまたあらぬ方向に目を向けて黙り込んでいたけど、口を開いてボソボソと喋った。
「船なんて乗ったことねえから分かんなかったんだよ」
「え?だって海辺の出身なんでしょ?船もいっぱいあったでしょ?」
「俺は一度も乗ったことねえ」
「…」
それならアレンみたいに海で働く商人の家でも、魚を採る漁師の家でも、この船の船長のように船乗りの家でもなかったのね。
それならどういうことをしていたのと聞きこうと思ったら、サードが口を押さえて「うぶっ」と言い出したから黙っておく。すると水を持ったアレンが戻って来た。
中身が半分に減っている器を見て、アレンは薬と水の入ったコップをさしだす。
「それくらい食べたんならこれ飲めよ、な?今より悪くはならないだろうしさ」
アレンは優しくそう言いながら薬を飲むように勧める。
サードはそれを受取り、口に入れると一気に水で飲みこんだ。そして勢いよくコップを近くの棚にダァンッと叩きつけ、口を拭う。
「…もういい、出てけ」
サードはそう言うとベッドに横たわった。
普段ならイラッとする言動だけど、具合の悪い時に傍に人にいられるのが嫌なのかも。
「また後でくるから、ゆっくりね」
私は声をかけて立ち上がって、アレンも私と一緒についてきて、二人で外に誰もいないか確認してから素早く外に出てからすぐに歩き出した。
私たちがドアの前でたむろしていたら、勇者の部屋はここよ、って皆に教えるようなものだから。
「大丈夫かしら、サード」
「うーん、あんなに酷い船酔い初めて見たしなぁ…。本当にヤバそうになったら医務室に連れてくか、次に寄る港で降りた方が良いと思うけど」
「けど次に寄る港って…」
確かあと半月も先。その間あの状態が続くなら本当にサードは死んでしまうんじゃ…。
アレンも腕を組んでうーん、と唸る。
「俺の兄貴の場合なんだけどさ、最初は絶対酔うんだけどしばらく乗ってると慣れて普通に戻るんだよ。だからサードももしかしたら慣れるかもしれないし…」
と言うけど、それは無理かな、とアレンの顔に書いていた。
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