第23話 ドラゴンのウワサ
「で、この山のてっぺんまで行くって?」
「うん」
宿屋の一室でロドディアスから渡された地図をアレンとサードに見せながら頷く。
スライムの塔近くのこの宿屋は勇者が泊まった宿として人気が出たから主人が頑張っても一室しか確保できなかったみたいで、三人で一部屋だ。
「ここにいるのは魔族らしいんだけど、とにかく色んな事を知ってるらしいの。だから水のモンスターを消す方法も知ってるかもしれないって言われて」
「魔族って…大丈夫かよ」
サードが毒つく。
「大丈夫よ。ロドディアスから聞いた限りだと自分の楽しみのために動いてるような魔族でね、魔族の中でも変わり者みたいだから」
本当はラグナスから聞いたんだけど、ロドディアスから聞いたことにした方が良さそうと判断した。
サードはラグナスの所で報酬をもらってアップルパイを御馳走になったこと以外…ラグナスが魔族だということは全て忘れている。
サードは聖剣の持ち主だけど魔法は使えないし、魔法に対する抵抗力もすこぶる弱い。
その分いつもは疑り深い性格と回転の早い頭で魔力がない分をカバーしているけど、今回限りはサードの魔力の抵抗力が低くて簡単に忘却魔法にかかったから良かった。
「じゃあその魔族んとこに行ったら水のモンスターどうにかできるんだ?」
「多分ね」
アレンの言葉に簡単に返すと、アレンはそうだよなぁと腕を組んで頷く。
「今まで川から直接水を飲んでたのに、いちいちお湯にしてから飲まないといけないとか面倒だよな。これ以上増えたらどうなるかも分かんないから不安だし」
天敵のいないところに一つ何かが紛れ込むと、爆発的に大発生することがある。そうなるともう手が付けられない。
「けどこの山、離れてるなぁ」
アレンがロドディアスから渡されたマップと自分の持ってる大きいマップを広げて現在地とその山…ケルキ山と書かれた山を見比べている。
「国境も三つは越えるだろ」
「うん…」
サードの問いかけにアレンは手尺で距離の計算をしながら返事をしている。
国境の境には兵士がいて、国を越える時には通行手形というカードが必要になる。
通行手形には自分の顔と名前、職業が載ってあって、それを兵士に見せて、兵士が一人ひとりの名前と顔を確認してから隣の国へ入国する。
それと冒険者は冒険者カードも必要。
普通に国外に出ようとすると色んな書類の手続きと目的の提示が必要みたいだけど、冒険者の職業は各地に被害を出すモンスターを倒すという急を要する仕事が多いから、どの職業の中でも一番楽に、そして優先的に国を抜けられる…って前にアレンから聞いた。
アレンはうーん、と地図を手に持って唸った。
「早く見積もっても一ヶ月半はかかるなぁー。馬車を使えばもっと早いんだけどなぁー」
アレンがサードをチラッと見ると、サードは目を見開き殺意とも呼べる雰囲気を辺りに散らす。
「馬車なんて…金のかかるもんを…一ヶ月半もかかるところまで…?」
「うん、じゃあ一ヶ月半だ」
アレンはやっぱりダメかと地図に目を戻して、ハッと顔を上げた。
「エリーの魔法で空飛べないかなぁ!?ほら、ロドディアスのあそこでやったみたいに、うまく調整して空飛べないかなぁ!?ビューンって!」
「無理に決まってるでしょ」
あれはロドディアスの回転する刃を避けるために床に風をぶつけて一時的に空中に飛び上がっただけで、空を飛んだわけじゃない。
「こいつがそんな調整なんてできるかよ。落ちる滝を逆流させて空中に持ち上げる馬鹿力なんだぜ?どうせ空を飛ぶまではいいが、地面に叩きつけられて全身の骨が砕けて死ぬのが目に見えらあ」
私だって同じことを考えていたけど、サードに言われるとムッとなる。
でも、そんなことない、と否定できないのが悔しい。
自然があれば果てしなく力は使えるけど、その分細かい調整は全くできない。
それでも私だって細かい調整ができるようになりたいと思って誰も居ない荒れ地で特訓したこともある。
その特訓ついでに人が寄り付かない岩と砂だらけの荒れ地を潤してオアシス的な場を作ろうかしらと、飲み水を岩のくぼみに流し入れた。
力を調整してチョピチョピと水を増やし続けて、岩の周りに水たまりができ始めたころ。
何だ私も力の調整ができるじゃないの!とわずかに気を抜いた瞬間、その場に水柱が空高く立ちのぼって…。
岩石と砂だらけの荒れ地で謎の洪水が起きたという天変地異が行く町行く町で話題になってて…。
私が特訓をしようとするとどんな天変地異を引き起こしてしまうか分からないから、特訓は控えることにしたのよね。
だから未だに細かい調整もできなくて…。
サードもアレンもあの時は何も言わなかったけど、その天変地異の犯人が私だと知ってると思う。
だって同じ荒れ地に居たんだし、ちょっと席を外すと言った直後に洪水が起きたんだし。
「じゃあ、明日出発しようか」
「ええ。じゃあおやすみなさい」
アレンの言葉に私は簡単に返事をしてベッドに横になった。
明日から一ヶ月もかかる旅に出る。
別に一部の地域に根差す冒険者じゃないからあちこちに移動しているけど、目的のためにこんなに国をいくつもまたいで移動するのは久しぶりかも。
けど仲良くなれたラグナスともあっという間にお別れになってしまうのは寂しい。
今までの冒険でも仲良くなれたと思った人とまた会ったなんてことはない。それが冒険というものだし、ケルキ山に行くって言ったからラグナスにはお別れはしたけれど…それでも知り合った人との別れで寂しい気持ちになるのはいつでも同じだ。
すると、ぬっとサードがベッドの横に現れた。
「おいエリー」
「な、なによ!」
慌てて飛び起きて警戒して、ふと思いついて背中を向けた。
「はいはい、寝る前に髪の毛とかすんでしょ。どーぞお好きなように」
思えばまだ寝る前のルーティンである「髪の毛をとかす」をしていないことに気づいたから素直に背を向ける。
とかさないまま寝るとうるさいし結局起こされるからこういう時は素直にさせるがままにさせている。
「サード、最近エリーの髪の毛どう?」
アレンの問いかけにサードは、
「普通」
と返す。
なら良い状態を保っているのね、と思いながら、そういえば、とサードに訴える。
「ちょっと髪の毛切りたいんだけど。最近髪の毛厚くなってきちゃって」
「めんどくせえからそのうちな」
「そのうちって、一ヶ月以上も歩き通しでそのいつかっていつ来るのよ」
「…」
サードは少し黙り込んだから怒ったかと思ったけど、少し場を離れてハサミを持って戻ってきた。
「そうだな、一ヶ月半も旅するんだからお前の髪の毛、路銀の足しにするか」
サードはそう呟きながら手際よく私の髪を薄く梳(す)いていく。
「ほんと、サードの手際よくなったよなぁ。店開けるんじゃねえの」
アレンも髪を薄く梳く様子を見て感心している。
「本当は分厚くなった所を髪先から切った方が楽なんだがな…」
ぶつくさと言いながらもサードは次々に梳いた髪の毛を皮の袋に詰め込んでいく。
私の髪の毛は体から離れて、それからゆっくりと純金になるみたいだから、袋の中にはどんどんと純金がたまっていることになる。
とはいっても私は私の髪の毛をサードがかき集めて後生大事に持ってるとしか思えないから何か嫌だなっていう気持ちの方が強いけど。
「こんくらいでいいな」
サードはそう言いながら髪の毛…もとい純金を逃すまいと一本ずつ私の服についた髪の毛を集める。
「もうちょっと頭の脇のこの辺とかどうにかならない?」
一番気になってる所を全然切ってくれないと文句を言うと、サードは嫌そうな顔をして、
「あのなぁ、金ってのは重いんだよ。持ってみろこれ」
と言いながら髪の毛の入った袋を私に持たせてくる。持ってみると確かにずっしりとした重みで、持ち歩くのは大変かも。
「寝ろ」
寝ようとしたところを邪魔したくせに…でも髪の毛も薄くなって少しすっきりしたんだから、まあいっか。
* * *
次の日の朝、出発するとき宿屋の主人にどこに行くのですか?と聞かれたからケルキ山と答えると、
「ケルキ山…?」
と、宿屋の主人と隣にやって来たおかみさんが顔を合わせた。
「ご存じないのは当然です、ここから国境を三つは越えたところにある小さい山ですので」
表向きの顔のサードが主人とおかみさんに言うと、
「ああなるほど…」
と納得しつつ、でもなんでそんな遠くの山に?という疑問を浮かべる宿屋の主人に偽善面のサードは続けた。
「そこに住む方に用が出来まして」
「へー。でもなんでそんな遠くの山に棲む人に用が出来たんですか?新しいクエストですか?ああそういえば以前仰っていた毒のあるものはどうなったんでしょう?」
話好きのご主人は気になる質問を重ねてくるけど、隣にいたおかみさんが主人の耳を引っ張った。
「こら、勇者様はあんたの長い話につきあうほど暇じゃないんだから、さっさと送り出してやんな!」
「イデデデデ!」
耳を押さえた主人は、おかみさんを恨みがましい目で耳をさすって、おかみさんは笑いながら手をふりふりする。
「申し訳ありませんねえ、この人とにかく話したい人で」
「いえいえ。それにその毒のあるモンスター…水のモンスターと便宜上呼んでいるのですが、それについて聞きたいことがあるので会いに行くことにしたんです。
まず水のモンスターについては対処法も見つかっていますし、ラグナスという生態調査員とも話し合ったのですがあの塔からの悪影響はほぼ皆無ですし、逆にあの塔があるおかげでこの村も活性化していると判断いたしましたので、誰かに攻略されるまであのままで大丈夫でしょう」
なるほど。サードの中ではそんな風に折り合いがついているの。
そう思っていると宿屋の主人はわずかに顔をしかめて、
「けどあの中に魔族が居ると思うと怖いんですよ」
力を持たない村人の素直な気持ちだろう。
「何か動きがあればすぐにハロワから私たちに依頼を出してください。離れていてもすぐに駆け付けますよ」
「まあー、ありがたい。ああこれ、昼にでも食べておくれ」
おかみさんは嬉しそうに笑いながら大振りのサンドイッチをくれて、そして送り出された。
宿屋を離れ村を離れ周りに人が居なくなった時、
「結局、あのスライムの塔のボスは倒さねえんだ?」
アレンが意外だなぁとばかりにサードに声をかけると、ケケ、とサードは笑う。
「あの塔の魔族一匹倒すより、一般人を多くを苦しめつつある水のモンスター消した方が世間からの評判も高まるってもんだろ?
それにあの生態調査員から頂いた品物の方が搭の攻略の初回特典よりよっぽど質のいいもんだろうが。生態調査員ってのは魔族のいるダンジョン近くにいるから冒険者のおこぼれでレアアイテムを手に入れられることも多いらしくてな。だったら無理に魔族と戦うなんて面倒なことする必要はねえ」
サードの記憶はそう置き換えられているの。たしかにそうなれば完全に倒す義理も無くなったも同然よね。
「そっか。まあ俺だって魔族と会いたくないからいいけど。とりあえず国道ぬけて隣の国に行こうぜ。皆ちゃんと通行手形持ってる?」
「持ってねえわけねえだろ」
「大丈夫、ちゃんとあるわ」
いくら勇者御一行でほとんど顔パス同然で国境を越えられるとはいっても、これが無いと隣国へ抜けられない。
ケルキ山に向かう旅はとても順調で、特に問題も無く進み続けて最初の国境は越えた。
大きい町にたどり着いたら一日休み、そしてまた旅に出るの繰り返しだ。
「本当に何事もなく順調に進んでるわよね」
「いいことじゃないか」
アレンはのほほんとした声で言葉を返す。天気にも恵まれてるし、山道でもここは人がたくさん通る国道だから整備されていて歩きやすい。
「おっ勇者御一行じゃないですか!?」
「こんにちは、お仕事ですか?」
向こうから馬に荷物を引かせた運送の人たちが足を止めて話しかけてきて、サードも表向き用の笑顔を用意して挨拶をする。
たまにこうやって話しかけられることもあるけど、国道を歩く人たちは大体先に目的のある人がほとんどだから、話しかけられても一言二言くらいでさよならするからそんなに時間もとらない。
「もしかしてドラゴン退治のクエストですか?」
「ドラゴン?」
運送のひの言葉にアレンが表情を変えて聞き返す。
「あれ、聞いてないですか?この国の西の方にドラゴンが出たって話があって、ハロワの方に退治の依頼が出てるらしいって聞いたんですけど…。もしかしてそれで来たのかなーって」
「被害は出てるの?」
聞いてみると、その運送の人は困った顔をして頭をかいた。
「いや、自分ドラゴンが出たって話しか聞いてなくて…それも酒の席でのまた聞きだから…。気になるならハロワに聞いた方がいいかもしれないですよ」
運送の人たちは、では、と立ち去って行った。
「ドラゴンねえ…」
サードは他人が去ったから爽やかな笑顔を引っ込めて呟いている。
「倒しに行くつもりか?」
アレンが聞くと、
「別に俺たちに来てる依頼じゃなくて、冒険者全体に出された依頼だろ?わざわざやってやる義理はねえ」
「あなたね、被害の大きさで決めるぐらいの心持はないの」
呆れた声で突っ込むと、「ない」という分かり切った答えが即座に返って来た。
「けど思えば私たちってドラゴンと戦ったことないわよね」
「や、俺は会いたくないぞ」
アレンがうんうんと頷きながらいうと、
「わざわざ会わなくてもいい」
とサードはバッサリと話題を切り捨てる。
前通った町でラグナスからもらった(サードが奪った)ドラゴンの牙ワンセットを皆の装備に平等に取り付けて炎や毒に対する防御力が格段にアップした。
そんな風にドラゴンの骨や牙や鱗や肉など、ドラゴンの体は余すところなくレアアイテムとして高額で出回ってるけど、生きているドラゴンとは会ったことすらない。
でも二人の言う通りわざわざドラゴンに会いたいとは思ってない。
サードの持つ聖剣の元の持ち主の勇者もドラゴンの毒でその生涯を閉じた。
それほどに手こずるモンスターなんだから、できれば会いたくないのが全人類のまっとうな意見だと思う。
「けど冒険者でもない運送の人も話を知ってるってことは、結構な騒ぎになってんじゃないか?」
「そこに勇者御一行の私たちが行ったら、確実にハロワから頼まれるパターンよね。大きい町には大体あるし…」
私たちの会話を聞いたサードは眉間にしわをよせて酷く面倒くさそうな顔になった。
なんてことは無いわ、戦う以前にそんな依頼をされるのが面倒くさいのよねこの男は。
もちろん引き受ける断るは当人の自由だけど、勇者という肩書があると無下に断れない仕事も出てくる。
特に人に被害を出しているモンスターの依頼を無下に断ると、
「勇者なのにどうして助けてくれない!」
と泣き叫ばれるか、
「できないのか勇者のくせに!」
と憤慨(ふんがい)されるか、
「勇者ですら断るほどの依頼なのか」
と周りの冒険者が恐れてその依頼を受けない悪循環まで起きる可能性がある。
依頼といっても色々と難しい。
まあサードは面倒そうなものと自分が乗り気じゃないのははバンバン切り捨ててるけど。
そんなサードはアレンに地図を寄越せと指図し地図をじっくりと眺めたあと、アレンに地図を押しつけて返した。
「少し先の道を東にいくぞ」
「えっ国道からそれるのか?」
「どう考えてもドラゴン征伐の依頼押し付けられそうだしな。面倒くせえから町は通らねぇで遠回りして国境を越える」
サードはこんな男よね…。
被害が大きいなら手助けした方が良いに決まってる。でもアレンはドラゴンと戦うのに抵抗があるし、サードはやる気が無いし…二対一で私の意見なんて潰されるわね。
私はため息をつきながら二人の後を追った。
これで一ヶ月半かかる旅の日数はまた増える。
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