第10話 病気の町
「申し訳ありませんが、この町は今封鎖されています」
頭には白い帽子、鼻と口も白いマスクで覆い、首から足元まで白い看護衣装で包まれた全身真っ白の姿。そして唯一出ているのが目だけという服装で門番のように立っている人に通行を止められた。
声と体格から察するに、相手は男の人らしい。
「ええ…でも俺らここに入りたいんだけど」
アレンがそういうと、
「申し訳ありません。ただ今この町で謎の病気が流行っていまして、もしかしたら伝染病なのかもしれないんです。冒険者が感染したら一気に広まってしまう可能性がありますので」
看護衣装をまとった門番は仕方ないから、とばかりの口調で事務的に言うとムッツリと黙り込んでしまった。
ひとまず順調に街道を進み、スライムの塔付近の村から一日半で古城と最も近い町に到着した。
ゆるゆるとなだらかな坂道を進んでいくと次第に街道の位置も高くなって、脇道は高い斜面へと変わって、目的の古城近くまで来た頃にはもし落下したら…と恐怖も味わうほどの崖のような絶壁になっている。
そして古城に行くための通過点の…封鎖されている目の前の町は、数十メートルはある石造りの壁と巨大な木造の扉でしっかりと閉じられていて中には入れない。
たまに同じようにこの町を通り抜けようとする冒険者や商人たちもやって来て門番の人に声をかけているけど、伝染病かもしれないと聞いたら顔色を変えて引き返すか、他に通る道はないかと相談して結局引き返して去っていく。
門の手前から遠くを眺める。向こうには目的地の古城が森の頂上に鎮座している。ここまで近くに居るのに引き返すのも馬鹿くさい。
「ここ以外だったらあの古城に行ける道はあるの?」
アレンに聞いてみるとアレンは難しい顔をして地面に座り、地図を広げるから私も隣に座る。
「この真っすぐな線がこの街道な。そんで街道から町に入って、町の中の東門を抜けた先に森、その森を真っすぐ進んだ一番奥に古城って感じなんだよ。だからこの町に入らないと古城に行けないんだよな」
それにアレンのなぞる所をみると、この封鎖されている町はどうやら石の壁でぐるりと囲まれているみたいだから他のところから入る、ということもできなさそう。
サードもその場に片膝をついて地図を一緒に見る。
「この町は昔、城下町だったんでしょう。城は滅んで城下町も今のような普通の町になった。しかし元々城だっただけあって道のある場所以外から侵入するのは難しそうですね。ほとんどが自然の要害で作り上げている」
確かにこの封鎖している石造りの壁と、分厚そうな木の扉は普通の町とは様子が違うように思えるし、古めかしいけど物々しくそびえたつ様は防衛用と言われれば納得がいく。
アレンは別のマップを広げた。一つ前の町で買ったこの辺りを拡大したマップだ。
サードもそれを覗き込んで独り言のように呟く。
「城の正面から向かって右が崖、背後には川が流れていてその先は滝になっている。左側には道のない森がずっと広がっていると…」
どう見ても町の中から東門を通って古城に伸びてる道を使わないと近寄れないみたいと私にだって分かる。
それでも町の中には入れないし…どうしよう。
「では、少し交渉してきますか」
サードが立ち上がり、白い看護衣装を着込んだ門番の人に近寄って行った。
「申し訳ありません、私はサードと申す者なのですが」
「知ってます、勇者様ですよね」
門番の人はムッツリと答えた。
大体の人は勇者御一行のサード、エリー、アレンのことは知っている。
しかし皆がキャーキャー言うわけでもなく、勇者一行を目の前にしても興味がない人もいれば、平静である人もいる。
私はどっちかというとそういう対応をされた方が気楽でいいけど、とサードを見守りながら思っているとサードは、
「知っていただいて光栄です」
と微笑んで続けた。
「実は私たちはこの病気の解明を依頼されたので、この町に入れないと困ってしまうのですよ」
「病気の解明を?勇者御一行が?」
門番の人が馬鹿な、とでも言いたげな声で聞き返す。
そりゃそうようね。勇者と言っても冒険者の端くれで、病気の解明だなんて医療とは程遠い存在なんだし。
普段のサードだったら「あ"あ"?」と濁音付きで聞き返すだろうけど、表用のサードの顔は崩れず、続けた。
「その病気の原因がモンスターだとしたらどうですか?」
「…モンスター?おう吐と頭痛の原因が?」
門番の人は少し考えこんでから頭を軽く振った。
「この町の周辺にそんな毒を持つモンスターも居ないし、町の中にもモンスターが紛れ込んでいるという情報もありません。それなのに同じ症状の人が増えているんですよ?そんなわけはありません」
「ああいえ、実はそのモンスターが何なのか私には予測がついているんです」
は?
思わず表情が崩れてしまいそうになるけど、私もアレンも何か言いたげで、でもお互い何を言うことも無く平静を装ってサードの言動を見守る。
門番の人もサードの言葉に驚いたような動きで一瞬動きを止め、身をのりだした。
「本当…ですか?」
「ええ、実は昔見た文献で…」
サードが目をつぶり、あごに手を当てて考え込むふりをする。
「病気に似た症状を引き起こす毒を持つモンスターがいると見た事があるのです。その当時はあまり興味が無くて詳細は忘れてしまったのですが…」
そしてサードは門番の人に視線を向けて一歩近寄り、真っ直ぐに見た。
「もしそのモンスターが原因だったらどうしますか?だとすれば冒険者の我々がお役に立つと思うのですが」
そう言われて門番の人は少し考えて、それでも納得できないと思ったのか噛みつくように口を開いた。
「しかしそれでただの伝染病だったらどうするのですか。いくら強い冒険者でも病気には勝てないでしょう」
「もしその病気の原因がモンスターだったら、あなた方医師の力で退治できるのですか?」
しばらくお互いに静まり返る。それでも門番の人は「しばらくお待ちを」と木の扉を開けて中に入って行った。
門番の人が消えてからアレンがそっとサードに近寄る。
「サード…」
私もサードに近寄って声をかける。
「今言った事、嘘だろ」
「今言った事、嘘でしょ」
語尾以外私とアレンの言葉がダブった。
「ったりめえだ。とりあえず中に入りゃいいんだろ」
アレンの交渉は正攻法でお互いに気持ちよく終われるのに、サードの交渉はこうやって嘘とハッタリでごり押しするのが常。
本当にこんなのが勇者でいいのかしらと額を押さえてため息をついた。
* * *
サードのごり押し交渉によって中に入れたけど、中の状態は思ったより深刻そうだ。
「本来は街道から続く中心の大通りなので活気に溢(あふ)れているのですが」
重装備の看護衣装を着た女の人が私たちの前をキビキビと歩きながら歩いてあちこちを案内しながら進んでいく。
門番の人はまだ軽装備だったみたいで、目の前を歩く女の人はもはや目も隠れて、口にも空気をろ過するための装置が取り付けられていて、スーコー、スーコーと呼吸の音が聞こえる。
念のために私たちも白い重装備の看護衣装を着ていて、歩くたびに自分の呼吸の音が服の中にスコー、スコー、と響く。結構息苦しいし蒸し暑い。
そしていくら見渡しても人っ子一人居ない。こんなに静まり返っている町なんて今まで見たことがないから不気味に感じる。
本来なら商店が立ち並んで色々な人が行き交ってお客さんを呼ぶ声が行き交っているんだろうと想像はできるけど、お店を開けているところが一つもない。
「用心のために無駄な外出は控えてもらっているんです」
「そうなのですか」
相手は女の人でも声だけで見た目が分からないせいかサードは手を出そうとはしない。まあいいんだけど。
そうしているうちに他の家より立派な家にたどり着いて、中へと通された。
中に入ると私たちと同じ重装備看護衣装をまとった人がこちらに近づいて来て、
「初めまして」
とおじさんの声が聞こえて手を差し出し、サードから順々に私達と握手をして、私たちをここに連れてきた女の人に手を向ける。
「私はここの町長です。今案内してくださった方が国から派遣されてきた国家医師団の看護長さんです」
「改めて、よろしくお願いします」
看護長だった女の人が頭を下げるので、サードは手を自分から私、アレンへと向けていく。
「私はサード、後ろの小さい方がエリー、大きい方がアレンです」
スーコーという呼吸音が響き合う中、お互いの顔もろくに分からないのに紹介し挨拶をする図は中々シュールだ。
そして挨拶が終わると看護長がサードに声をかける。
「勇者様はこの病気の原因が伝染病ではなくモンスターの仕業で、そのモンスターの検討はお付きだと伺っておりますが」
「はい。ですがずいぶんと昔に見た文献のものですから、記憶が曖昧(あいまい)で…」
「私はモンスターだとは思っていません」
看護長がピシャリと返した。
「モンスターにより引き起こされる病気なども日々勉強し、研究しています。その中で頭痛とおう吐のみを引き起こす事例は見られません」
「だけど実際にいるかもしれないのよ」
まあラグナスはモンスターとは言ってないし、モンスターだって言ったのはサードの嘘なんだけど。
でも確かに言っていた。あの古城から毒を持つものが流れてきているって、ラグナスが…。
そこまで考えて、ふと疑問が湧いた。
ラグナスはあのスライムの塔の辺りに住んでいる。
でもここまで来るのに二日はかかるのに、なんであの古城から毒を持つものが村に来るってハッキリと分かってたんだろ?
そもそもその毒をまき散らす原因は医師団すら分かってなくて情報屋もつかめてなかったのに、川を流れてくるってなんで分かってたの?生態調査員だから?でも…。
悩む私に看護長が向き直ってツンとあごを上げた。
「そうですね。そうだとしたら私たちのまだ知らないモンスターだという事になりますね。姿も見えず、毒をまき散らすモンスター。もし発見できたらお手柄物でしょう」
「…」
もしかして馬鹿にされてる?
ムッとして黙っていると、私の怒ってる気配を感じたのかアレンが古城の方へ向かって指さす。
「とりあえず俺ら向こうの古城に行きたいんだけど、いい?」
「あの古城にですか?こんな病気が蔓延(まんえん)している時に?」
町長が驚いたように声を上げる。
「そりゃあ私たちとしては町の近くに魔族が住み着いたようなので退治してもらえるとありがたいですけど…。
しかし今は町としての機能を失っておりまして…商品も売ってはならないんで、薬草も食料も渡せる状態じゃなくて…。そのぉ、もうちょっと別の時に行っていただいた方が…」
町長なりにこちらを気遣ってくれてるみたいだ。
ただでさえ人の言葉が聞き取りづらい状態なのに、更に何を言っているのか分からないほどモゴモゴした口調になっている。
「大丈夫ですよ。前の町で準備は整えてきましたし、私たちは私たちなりに古城へ行って病気の解決を進めていきます」
サードがそう言うと、町長がえっ、と声をあげた。
「まさか、あの古城からモンスターが来ているとでも?」
「という可能性もありますので」
「しかし…冒険者たちによればあの中には騎士型のモンスターはいても城の外には一切出ていないようですし、あの古城には魔族が居るのですが…ええと、何年前からだったかな…」
「三年前からよね?」
それとなく口を挟むと、町長は頷きながら、
「ああそうですそうです!三年前です!」
と合点のいったように明るく言って、顔をサードに向けた。
「それくらい前からあそこには魔族が居たのですが、こんな状態になったのはここ数週間かそこらなんですよ」
「…なるほど、三年前ですか。…三年前」
サードは呟くように一言いいながら私の方をチラリと見てくる。
でも目は隠れているから瞬間的なアイコンタクトは不可能だ。
「ちなみに、その症状が出始めた時にここを通った冒険者はどうなったのですか?連日宿泊していた冒険者は?」
サードが私から視線をずらして看護長に聞くと、看護長はさらさらと流れるように答えた。
「全員はどうなったか把握できていません。ただこの町に宿泊した人の名簿からできる限り探し出して調べてみました。症状は出ていましたがここの町の人たちより非常に軽く、疲れによる頭痛と胃の不調だと思っている方が大半でした。
念のため国の施設に入ってもらい様子を見ていますが、病気が進行する傾向は今のところ確認されておらず、回復の傾向です。それでも不便はかけますが原因が分かるまで施設の中で我慢してもらうつもりでいますが。
この町に連泊していた人たちも症状は軽かったり重かったりマチマチですが、やはり長くいる人の方が症状は重いようです。
なのでこの町に留まれば留まるほど病状は進行していくと考えていただければよろしいかと」
なるほど、とサードは頷いて、私とアレンに手で行くぞ、と促した。
「わかりました、ありがとうございます。とりあえず行きましょうか。では町長、看護長、失礼」
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