第3話 宿屋にて
「…もしかしてあなた方は勇者御一行では…」
目的地である魔族がいるかもしれない塔…通称スライムの塔に近い村の宿屋の主人が老眼鏡を外してサードをまじまじと下から見上げる。
「ええ。世間的には勇者と呼ばれております。宿泊するのは三名、この女性には一番良い部屋を」
サードは口角を上げて爽やかな笑顔で微笑む。
私は心の中で「何が『この女性』よ」と毒ついた。
いつもこのアマだのブスだのと散々言って肩もひねり上げるくせに、人前だと上品な顔でフェミニストぶるのが無性に腹立つ。
そして主人は勇者に一番いい部屋と言われ、恐縮するように体を縮みこませた。
「あ…いや…良い部屋と言われてもどこも同じで…なんせ小さい宿でして…」
「ご謙遜(けんそん)を。周りの方々に聞いたら、ここが一番良い宿だとすすめてくださいましたよ」
そう言われると主人は嬉しそうに笑いながら、
「そうですか?では、ここに名前を…」
と気分も良さそうに宿帳を差し出した。
「しかし、勇者御一行に泊まっていただけるなんて…。こんな日が来るなんてなぁ。後でサインもらえませんか」
主人は感慨(かんがい)深げにつぶやいて目をキラキラと輝かせ、サードはおやすいご用ですと返す。
そんなサードに私は冷たい視線を投げかけ続ける。
サードはそんな尊敬の目を向けるような人物じゃないのよ。騙されてるのよあなたたちは。
いつも私はそう声を高らかに言いたいけど、そんな事をいくら訴えてもサードの鉄壁の偽善顔は崩せる自信が無いのでいつもムッツリした顔で黙っている。
「ところで私たちはこの近くに建ったというスライムの塔に行こうとしていまして。何か情報はありませんか?」
宿帳にこまごまとアレンが書き留める中、サードは主人に話しかける。
「ああ、あの塔ですか。そういえば半年前に雑誌の記者とかいうのが来て、その後に冒険者の数も増えてなぁ。あ、塔の話ですね。一年も前に急に森の奥の空き地に塔が建ってて。ああ向こうに原っぱがあってよく子供たちの遊び場になってたんですけど。
子供たちが最初に発見して、なんだこれと中に入ったらスライムがいたとかで、もしかして魔族のダンジョンじゃないかって、こんな何もない村の近くにできたから最初はどうなることかと皆でヒヤヒヤしていたんですよ。ほら、魔族がいるダンジョンの周りにはモンスターが増えるとかよく言うでしょう?」
話が長くなりそうなとにかく最初からあったこと、自分が思ったことを話す手法で主人は話し始め、実際に話が長くなったけど必要な所だけをまとめるとこうだ。
・一年前に塔が突如森の奥に出現した。こんなに急に現れたんだから魔族じゃないかと思っている
・魔族の場合ダンジョンの周りにモンスターが出現する率が高くなるので村長が近くの町の公安局まで赴き、冒険者に塔の攻略を依頼した(ちなみに一度攻略されラスボスの居なくなったダンジョン周りはゆっくりと元の状態に戻る)
・現状はスライムが前より増えた程度で他にモンスターは増えていないし大した被害は無い
・冒険者が多くやってきているが、途中からの攻略の難しさに未だ最上階までたどり着いた者は居ない
「…あとは村の子供がスライムしかいないからって塔に勝手に入り込んで困ってるっていう話だったわね」
どうやら三階までは棒を持った村の子供数人で攻略できるレベルのようだ。
今は私の部屋で主人の話から必要な所を皆でまとめ上げていた。
「むしろ塔が建ってからの方がこの村、活性化してるんじゃねえの」
サードがベッドに横たわりながらボソッと呟いて、私は渋い顔でサードを見ている。
私の部屋なのに、サードは断りもなく私の部屋のベッドに横になってくつろいでいる。やめて欲しい。
でもサードの言う通りなのかもしれない。
この宿のおじさんが魔族の塔以外にもこの村について色々と話してきて、この村はこれと言った観光の目玉もないし、街道からも外れた所にあるから今までほぼ自給自足の暮らしをしていた小さい村だったんだよと言ってきた。
それが魔族が建てたと思われる塔が出現してから少しずつ冒険者が来るようになった。それも中々攻略できないという話が口コミで広がり、更に冒険者が来るようになった。
すると商人がどこからともなくやってきて商売を始めた。
それを見た村人もよそ者に負けていられないと商売をし始めた。その頃にここの宿屋の主人も家を改築して宿屋を始めたんだそうだ。
他にも宿屋は何件かあったけどどうやら全て他の地域から来た人が始めた宿だから村人たちは同じ村出身の人をひいき目にしてここの宿屋が良いと勇者御一行に教えてくれたんだろうと主人は笑っていた。
「地域の繋がりが強いのよね。いいことだわ」
「単に閉鎖的なだけだろ」
私とサードのやり取りをアレンが呆れたような顔で見る。
「またサードは喧嘩になりそうなことを言う…」
「とりあえず攻略法な」
サードがベッドから起き上がってマップを広げる。五階までのマップが宿屋で販売されていたからアレンがその場で購入した。
塔の扉を入ってすぐにらせん階段。上がりきり扉を開けて最初のフロアにたどり着く。そのフロアを攻略し反対側の扉から出ると再びらせん階段、そしてまたフロア…らせん階段…フロア…らせん階段…。
「全部同じ間取りだよな」
アレンがつぶやく。
地図に詳しくない私から見てもひたすら登ってフロアを通貨するだけで、人を迷わせるようなフェイクの通路も横に逸れる道も何もない。
本当に魔族のいるといわれているダンジョンなのかと思うほどシンプルな造り。
「ザ・パーティの内容だとトラップもあるみてえだな。だがそれも五階から。五階までは何も無…」
サードが急に黙り込んでドアの方向を見る。
するとすぐさまトントントンとノックされた。サードはスッと爽やかな表情になって剣をいつでも抜ける姿勢でドアに近寄る。
顔と行動が一致していないけど、私とアレンからしてみたらいつも通りの事だ。
「どなたですか?」
一瞬の沈黙のあと、ドアの外からヒソヒソと話す声がする。サードはドアをサッと開けると、途端にキャー!という女の子の叫び声が響いた。
「いやー!マジヤバい!マジ本物!」
「ヤバいヤバいヤバいヤバい!」
そこには二人組の冒険者の恰好をした女の子二人が手を取り合ってキャッキャと騒ぎ合っている。
一人は軽装備の鎧を着ていて、もう一人は長いマントを羽織っている。どうやら女剣士と女魔導士のようだ。
二人が顔を紅潮させながらもじもじとサードを見上げている。
「あ、あのー、うちら隣の部屋の者でぇ…」
「勇者御一行が居るって聞いたんでぇ、あの、ちょっとお会いしたいなぁなんて…」
「二人とも、あの塔の攻略に?」
サードがそう声をかける。
「そうなんですよー!このザ・パーティって雑誌にあの塔が載ってたんで…」
「近いし行くか?みたいなノリで。ねっ」
「そーそー」
二人ははしゃぎながら答え、サードは微笑む。
「私たちもあの塔に行くつもりなのです。少々そちらの部屋でお話をお聞かせ願えませんか。情報の共有は大事なことですので…」
サードは流れるような動作で両手を女の子たちの腰に手を回し、部屋から出て行った。
「…」
アレンと私は二人で閉められたドアの方向を見つめる。
「手…早いよなぁ。しかも自然な流れでやるしなぁ」
アレンは羨(うらや)ましいと呆れが入り混じった声を漏らているけど、私は心底軽蔑している。
「…最低」
「まぁまぁ。表向きの顔とはいえ勇者として有名なんだから、ある程度他の冒険者ともコミュニケーション取っておかないと」
「コミュニケーション取り合ってる九割が女の子だけどね。健全なコミュニケーションだといいんだけど」
心底軽蔑していますとばかりの言い方で嫌味臭く言うと、アレンは何とも言えない顔でハハハ…、と笑う。
「大体にして勇者なんて称号だって偽物みたいなものじゃない。歴代最高の勇者の聖剣だって不正行為で手に入れたんだから」
「エリー!しっ」
アレンが顔色を変えて口の前に人差し指を立てる。私はもっと文句を言いたかったけどそれでもこの話題はしてはならないんだとムッツリ黙り込んだ。
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