裏表のある勇者と旅してます

@sandunkkii

第1話 こんな勇者と旅してます

普段の冒険では絶対に入らないであろう豪奢(ごうしゃ)な王の間。


王の前だから膝をつけと大臣に言われたので素直に膝をついているけれど、なんでこんな男に頭を下げないといけないのと腹が立って仕方ない。


私は勇者御一行の一人。女魔導士のエリー・マイ。


金髪の長い髪を揺らし玉座に座ってニヤニヤと見下ろす三十代か四十代の男の軽薄な笑いを見ているだけでムカつく。

しかもどこか自分を見ている男…王がいやらしい目つきで自分を見ているような気がして気持ち悪いと目を横に逸らした。


目を逸らすと勇者のサード、そして同じ勇者御一行の一人である武道家のアレン・ダーツも困ったようにこちらを見ていて目が合った。


そして自分とアレンの間で恭しい姿勢で膝をついて頭を垂れている私たちのリーダー、勇者サードを私は見る。


サードは黒い髪の毛をサラリと揺らしながら顔を上げて、目の前の王に向かって王子のような微笑みで物申す。


「王、何度も申しておりますように、私どもは一つの国とは関わらない中立の立場を心がけています。ですのでこの国の近衛となりあなたに仕えることなどは出来ません」


この国の王は勇者とその一行である自分たちがこの国にやって来たと知ると、近衛兵を引き連れ近衛になれといきなり命令してきた。

そして勇者であるサードは今言った通り国とは関わらない中立の立場を心がけているからと断り、自分もアレンもサードの言葉にうなずいて丁重に追い返した。


するとこの国の王は自分の言うことを聞かないなんてと怒り、隣の国へ行くための橋を全て封鎖して私たちどころか国民も通りすがりの冒険者も旅行者も行商人も全ての人を国に閉じ込め、そして外からも誰も入れなくしてしまった。


この国は大河に囲まれた国で、橋を全て封鎖されたら他に国を抜けるルートはない。


そうやって私たちを閉じ込めたうえでこの王は再び私たちの元へ訪れ、


「橋は全て封鎖した。さてお前らが近衛になると言わない限りは…分かるな?では先に城に戻って待っておるぞ」


と、高らかに笑い声を残して去って行った。


そんな王の言うことなんて聞くこともないと私たちの意見はまとまり、橋まで行って橋の前でズラリと並んでいる兵士に話しかけて通してもらおうとしたけど、その全てで、


「あなた方が王の近衛になるまでこの橋は誰も通すなとのご指示になっております」


と兵士にキッパリと言われてしまった。

中には申し訳なさそうな顔をして通行を断る兵士もいて、苦労人ねこの人…とも思った。


そうやって自分の意見は何でも通ると思っているこの国の王のやり方に凄くイライラしていても、勇者のサードはどこまでも落ち着いた態度で、一国の王相手でも気後れもせず言い含めるように口を開く。


「しかし王よ、いくらなんでも隣国へ抜けるための橋を全面封鎖とはあまりにひどいやり方ではありませんか?私たちも困っていますが、それよりあなたの国民や行商人たちが大いに困っておいでです、どうか封鎖を解いてください」


サードのもっともな説得を聞いていたのか聞いていなかったのか…目の前の王は素知らぬ顔で自分の髪の毛をいじっていて、サードが話終えたのを見てニヤニヤとした笑いを浮かべる。


「お前らが近衛になると言うまでこの国の橋はアリ一匹とて通さんぞ」


サードの困ったとばかりの王子のような優雅な微笑みにチリ、と鋭い感情が一瞬見え隠れしたけど、目の前にいる国王もその傍に控えている大臣も何も気づいていないみたいだ。


サードはわずかに背筋を伸ばして王を真っすぐに見る。


「なるほど、我々が近衛になると言わなければ誰一人、動物どころかアリも通さないと。絶対に」


「その通りだ」


これで国を通り抜けられず困る人々を見た勇者たちはこの国の近衛になる、そう確信しているような笑みで王も隣にいる大臣もニンマリしていて、その表情を見ると余計にイラッとする。


それでもサードは城に入る前、


「私が王に話をつけます。ですのでエリー、アレン。あなた達は私に任せて静かにしていてください」


と言っていたのでイライラとした気持ちを抱えて、さっさとどうにかならないかしらと足元の赤い絨毯を見つめた。


するとサードは優雅な動きでスッと立つ。


「分かりました」


その場にいる全員、城の人々だけでなくアレンも、私も驚いてサードの顔を横から見上げる。


「サード…!何言ってるのよ」


驚きのあまり立ち上がってこんな男に屈するつもり?とサードの服に掴みかかると、サードはニッコリと優雅に微笑みながら私を見返し、落ち着いてとばかりに肩をあやすように叩く。


その表情を見て口をつぐむとサードは私から視線を外して王に向き直って微笑み、口を開いた。


「それならば我々は近衛にはならずこの国で永住いたします」


「…ん?永住?」


王は思ってもいなかった返答が来たので訳が分からなそうにしている。

それでも私にだって意味が分からない、なんでこんな王の治める国に永住するなんてことをサードが言い出したのか…。


わずかにその場にいる全員が混乱の表情を浮かべて戸惑っていると、サードは言い含めるように続けた。


「私たちが永住するにとどまり近衛にならなければこの国の中の誰も外に出られず、中に入れないのでしょう?そうなればさぞや食料などの物資が枯渇するでしょうね」


王はキョトンとした顔で何を言ってるんだこいつ、という顔をしている。でも大臣は何かしら話が変な方向に向かっていると勘付いたようで顔を強ばらせ始めた。


「さてこの国の食料はいつまで持つでしょうか?自ら国を兵糧攻めにしている状況です、食料は尽き餓死者が大量に出ることでしょう。その餓死者の埋葬をしっかりと行わなければ次第に疫病が流行り、その疫病で更に大量の人が死んでいくことでしょう。

そしてこの国の畑などの国土は狭く食料は周りの国からの流通に頼っているようなので、長く見積もっても五年と数ヶ月で餓死と疫病の蔓延(まんえん)で自然に滅亡といったところですか」


サードはハキハキと言いながら踵(きびす)を返しながら私とアレンを促した。


「では行きましょう。公安局へこの国の永住権をもらいに」


「ちょ、ちょっとお待ちを!」


国王の声じゃなく、隣に控えている大臣の声だ。サードは振り返ってそちらを見る。


「何か?」


「ただ近衛になればいいだけですよ、待遇だって説明した通りとてもいい…」


「興味ありませんね」


「あなたが近衛になれば国民らもすぐに橋を通れるのです、もし近衛にならなかったとしたら沢山の国民があなたを恨みますよ」


「私が見た限りその国民たちは橋を封鎖するなんて上は何を考えている、と怒っていましたが?食料が無くなるより先に怒り狂った国民が武器を手に手に城に向かうのが先かもしれませんね。

そうなれば世の中に勇者御一行として名を馳せる私もエリーもアレンも、この国の国民の一人としてあなた方に刃を向けることになりましょう」


優雅に爽やかに微笑む口から飛び出た不穏な言葉を聞いて大臣は表情を歪ませ、それもサードの顔を見てこれは本気だと察したのか背筋が凍ったようだ。

大臣は慌てた態度で王に視線を向けた。


「お、王!今すぐ近衛になるといわなければアリ一匹通さないと言ったことと、橋の全面封鎖を撤回してください!」


王は髪の毛をいじっていて今の話を聞いていなかったのか大臣に目を向け、


「何を言う、勇者御一行はどうあっても近衛にするぞ」


「もうそんな事言ってる場合じゃないんですよぉ!この馬鹿王がぁ!」


そこから子供の喧嘩かと思う駄々っ子パンチの応酬が目の前で繰り広げられ、もういいだろうと別れの挨拶もせず私たちは勝手に城の外へ出た。


そうして次の日、無事に橋の封鎖は解除され、私たち勇者一行は橋を無事に通過して隣の国へぬけていく。


私はチラとサードの顔を見た。


周りに私とアレン以外の人がいないからって酷い顔だわといつも思う。


眉根がより眼光は鋭く、ガラも数段悪くなったサードは、ムシャクシャした顔でチッと舌打ちを一つすると王のいる城の方角を睨みつけた。


「あんなふざけたのが国の頂点なんだぜ?ろくなもんじゃねえ、あんな馬鹿、近いうちに王の玉座から引きずり降ろされるだろうよ。ふっ、むしろ俺があの場で殺した方が大臣も国の奴らも喜んだんじゃねえの?」


とニヤニヤと笑った。


* * *


サードは世間的に勇者と呼ばれる英雄だ。


どこかの王子のようだと言われる品の良さ、柔らかく低い物腰、そして万人受けする爽やかな笑顔に黒々とした漆黒の髪を持ち濃紺の鎧を着て、歴代一番という誉高い勇者が持っていた聖剣を手に持つ事が許された勇者。


なんだけどね…。


私は面白くない気持ちで離れたところからサードを見ている。


「ありがとうございます!ありがとうございます!これは息子の形見の品で…!」


目線の先では老女がサードに一生懸命頭を下げつづけていて、サードはその肩に手をソッとそえた。


「いいんですよ、これくらい」

「ああ…!本当に…!」


老女の目には誉れ高い勇者の爽やかな微笑みが目に入っているんでしょうねと渋い気持ちで私は軽く鼻からため息をついた。


老女は膝をつき、言葉をつづけようとするが声にならずに嗚咽(おえつ)を上げ、頭を下げ続けている。


「おやめください。あなたが頭を下げることなどひとつもないのです。あの盗賊たちはあなたから…いや、この町の者たちから不当に物を搾取(さくしゅ)していました。それをたまたま私たちがとどめた。それだけのことです」


サードはニッコリと微笑む。太陽がサードの背後から差し込み、老女からは神々しく見えているんでしょうね。


まるで茶番劇を見せられているような気分で私は視線を逸らして、老女に心の中で語りかける。


その男はそんなに頭を下げるほど立派な人間じゃないのよ、本当の性格を知ったらガッカリするわよ。


すると周囲に集まっていた人々が自分たちを見てざわざわと熱い視線を向けてくる。


「すげえ…」


「あれが勇者様…たった一日で依頼したモンスターどころか俺らを困らせてた盗賊も倒すなんて…」


「さすが勇者御一行…」


「…」

勇者御一行という立場になってからこうやって注目を受けるのはほぼ日常になっているけど、こうやって注目を受ける状況はあまり好きじゃない。

どうにも落ち着かなくて居心地が悪くなってしまう。


サードは老女を立たせてからこちらにやって来て、ようやく皆からの注目から逃げられるとホッとして歩き出す。


今日の内に少し先の町まで行くと決めていたので依頼のあった町から離れ、周囲に人が居なくなった辺りでサードは報酬の硬貨が入った袋を開ける。


チッと舌打ちが響いた。


「ずいぶんとケチくせえ町だなぁ?町長自ら頼み込んできたくせにあのモンスターを倒してこの程度しか出ねえのかよ。次はあの町からの依頼パスな。飯も不味い」


そう言いながらサードは袋を武道家のアレンへと放り投げる。


先ほど老女に見せた柔らかい物腰も爽やかな微笑みも消え失せ、の顔で悪態をつくサードに私はため息をついて軽く首を横に振った。


そう、いつも通りなんだけど聞いていて気分のいい話じゃない。


「そんなこと言わないの。あの町は砂地だから雨が滅多に降らなくて作物が多く取れないし、観光名所もないから宿泊で稼ぐしかないってアレンも言ってたじゃない。それにしては随分とはずんでくれたんじゃないの?」


金を渡されたアレンは頭の中でチャキチャキと計算をしながら帳簿を取り出して数字をペンで書き込んでいく。


「そうだな。あのモンスターだったらそんなに相場の値段も高くないし、結構ぼったくり過ぎだと思うぜ」


「ほら。むしろあなたが法外な値段を吹っ掛けたんでしょ。それにちゃんと応えてくれたんだから誠意のある証じゃないの」


それ見たことかと私が責める口調で言うと、サードはまた舌打ちをする。


「あのモンスターは水がある限り飲み尽くす。つまりあの砂地居つかれたら困るだろうが?そんで俺たちは金が欲しい。それならギブアンドテイクだろ」


「金が欲しいのはあなたじゃないの。それにほとんど私にばっかり攻撃させて自分はなにもやらなかったくせに…」


私の得意魔法は自然の力を利用しての攻撃魔法だ。


火があったらそれを増幅(ぞうふく)して大火事に、水があったら大水を起こし、風を吹かせば嵐になるなど、とにかく自然の物がそこにあればあれこれと自由に攻撃ができる。


そして私の隣で数字を計算して帳簿に書き込んでいるのは武道家のアレン。

アレンの背は高くしっかりとした筋肉もついていて、燃えるような目立つ赤い髪も武道家になるために生まれて来たと言っても過言ではないほど武道家らしい見た目。


そんな武道家らしいアレンがなぜチマチマと金銭の計算をして帳簿を書いているのかというと、アレンは商人の出身でお金の管理に慣れてるから。


私も仲間になりたての時、なんで武道家なのに帳簿を書いているのか疑問に思って聞いてみたら、本当は冒険者になる時商人になる予定だったけど、ちょっとしたことで商人じゃなくて武道家の資格を手に入れてしまったらしい。


何それ。そんな商人と武道家なんてほぼ正反対のを間違って手に入れることがあるのと思った。


それもアレンのその筋肉は荷物の上げ下ろしで手に入れたもので武道家として鍛えた筋肉じゃなく、アレン本人は、


「俺戦うの好きじゃねぇんだ。だから肩書は武道家でも気持ちは商人」


と戦闘で前線にたって戦う事はまずない。でもその計算力と商才はピカイチだと私は思っている。

そんなアレンは計算し終えて少し心配そうな顔をサードに向けた。


「でもちょっと巻き上げすぎじゃねぇの?今回は町を挙(あ)げての頼みだったから宿泊も買い物も全部無料だったし、それなのに勇者御一行がぼったくりしたって噂が流れたら…」


アレンの言葉にサードはイライラしながらアレンを睨みつけた。


「ったり前(め)ぇだ、こんな辺境の来づらい場所、それくらいサービスがねぇとやってられっか。それにモンスター殺すついでにその辺に居座ってた盗賊どもを根元からぶっ潰してやっただろ。良い噂と悪い噂、どっちが流れる?ええ?」


アレンに喧嘩を売る態度のサードをみて嫌な気分になってため息をつく。


そう、これこそが世間から勇者と呼ばれている男、サードの本当の姿だ。


サードの性格はそのへんの悪党より非常にたちが悪い。何よりサードは頭の回転がとても速い。そして金に汚く、女はとっかえひっかえ、善人を見ればどう利用してやろうかと考える。


それでもサードに向けられる視線は尊敬や憧れなどの視線ばかり。

何故かというと王子のようだと評される優雅な雰囲気で裏の表情をすっぽり隠しているから。


そんなに表と裏の使い分けなんてできる訳ないわ、サードの性悪がいつ表に出て民衆から非難を浴びるかしらと楽しみにしていても、やはりパーティ外の人がいると疲れ知らずでいつまでもニコニコと表向きの表情で微笑んでいる。


「はぁ…」


段々と頭が痛くなってきて頭に手を触れると、それを見たサードがギロっと睨みつけたかと思うと手首を掴み、肩がこれ以上回らないというところまでひねり上げてくる。


「俺の許可もなく髪の毛触んなって何度も言ってんだろ!抜けたらどうすんだ!」


「イタタ!痛い痛い!」


肩がねじれて痛がって叫ぶと、アレンが、


「おいサードそんな事するなよ!エリー女の子だぞ!」


と、サードと私を引き離した。引き離されてアレンの後ろに少し隠れ肩をさすりながら、


「私の髪の毛なんだからいつどうやって触ろうが私の勝手じゃないの」


と文句を言うと、サードはただ不愉快そうな顔で睨む。


「バカ言うな。お前の髪の毛はいい金なんだぞ、雑に扱うんじゃねえ」


謝るでもなくお前が悪いからとばかりの言葉に私も不愉快な気持ちでサードを睨みつける。お互いにしばらく睨み合ったけど、どちらともなくふん!と言いながら顔を逸(そ)らした。


アレンはチラチラと私とサードの様子を伺ってから自分の荷物入れのバックから紙の束を取り出す。


「ところでこれが今俺らに来てる依頼の一覧なんだ。読もうか?」


「言えよ」


サードの不愉快そうで偉そうな言い方にもアレンは動じず依頼の紙をめくっていく。


「害獣型モンスターによる畑への作物被害対策。国の式典への参加。一国の中を周回する魔族攻略。村人失踪事件調査手伝い。貴族のボディガード。冒険者向け雑誌ザ・パーティの表紙モデル」


サードは聞いているこっちがイラつくほどの大きいため息をつく。


「クソくだらねえもんばっかりだな」


依頼はハロワと呼ばれる仕事請負所に行けばいくらでもある。特に勇者と呼ばれる身分なので依頼はひっきりなしに来る。

もちろん駆け出しだろうが勇者だろうが仕事の依頼は受けるか受けないかは自由だけれど。


「この冒険者向け雑誌の依頼とかどう?俺、毎月購読してるし。サードの顔も今より売れんじゃね?」


アレンが雑誌の表紙モデルの依頼をグイグイとサードに向けるけど、


「そんなくだらねえ仕事できるか」


の一言で終わった。


アレンは、チェッと口を尖らせながら惜しそうな顔をしてその依頼を見ている。


…私は知っている。アレンはその雑誌の専属読者モデルの女の子のファンだから、あわよくば会えるかもしれないという期待があったのよねと。


サードは歩きながらよく通る声で続ける。


「国関係と貴族関係はパスだ。こいつらエリーの髪の事知ったら目の色変えて自分の物にしようとしやがるからな」


サードは国や貴族など地位の高い者には妙な偏見を持っていて、勝手にそう断定している。


まあ私が今まで見てきた王という立場の人は橋を封鎖して国に閉じ込めたり、純金を巡って自分の手の内にと戦争を始めたりしていたから不信感しかないけど…それでも、と私は口を開いた。


「言っておくけど私も貴族なんだからね」


そう、私も貴族だ。

私は故郷のエルボ国内の貴族であり一領主であるディーナ家の一人娘、フロウディア・サリア・ディーナ。

今世間に通っている勇者一行のエリー・マイの名前は偽名。


そんな貴族の娘だった私がどうして偽名を使って勇者一行の一人として冒険者をしているかというと…。


「うるせえ下っ端貴族。お前の家なんて貴族とは名前だけの地域の顔役だろ」


回想に入ろうと思ったらサードに邪魔され、それも下っ端貴族と言われ思わず魔法の杖で殴りかかるとアレンに押さえ込まれる。アレンは他の紙を私とサードに差し出して、


「これはどうだ?一国の中を周回する魔族の攻略」


と話を逸らした。


「魔族つったって、一回倒してもまた同じ奴が現れたりするじゃねえか」


そう。


ある魔族を倒したその後、別のダンジョンで同じ魔族と会った事がある。対面した時、魔族のほうが気まずそうに視線を落としていたのが記憶に残っている。


「倒れたらその場で砂みたいな光の粒子になって消えていくのにね」


「まあな。もし倒しても一旦どこかに消えてまた戻って来るんだったら、いくら魔族倒そうがキリがねえ。それに周回してるってんなら一ヶ所に留まってないんだろ?なら初回限定の宝箱もねえな。パスパス」


サードの言う宝箱は、ラスボスを倒した最初の者のみに与えられる報酬のようなもので、誰が設置しているのか不明で不気味と冒険者の全員が言っている。貰うけど。


その宝箱はどんなに不便で誰も訪れた事がないだろう場所でもラスボスを倒したら必ず鎮座しているので、もしかしてラスボスがわざわざ消える時においているのではという憶測も出ている。でもその結論は未だに出ていない。


「けどそうやってえり好みしてたら勇者らしい事何にもできないぜ」


「んな事言ったってなあー。あーあ、魔王でもいりゃそいつぶっ潰して代わりに俺がこの世の中仕切ってやんのになあ」


今の世の中、魔界の住人である魔族は地上にチラホラと居ついているけど、魔王と呼ばれる存在は居ない。

百年昔まで魔王がいたけど、その魔王はあまりに仲間内にも残虐非道だったから、魔族がクーデターを起こして主である魔王を殺してしまったらしい。


それまで魔王が居なくなるとすぐに新しい魔王が現れていたのにいつまでも現れないから、


「魔が魔を倒したから魔王となる核自体が抹消されたのでは」


と偉い学者が発言し、皆そうなのかもしれないと納得している。


「あ、そういえばザ・パーティで気になる記事があって」


アレンがふと思い出したように自身の愛読雑誌を開いたから私もサードも歩みをアレンに合わせて横並びになって、その見出しを読みながら呟いた。


「村の奥に一晩で建った謎の塔、魔族と思われるが詳細不明…」


「これまだ誰も最後まで攻略してないんだって」


その言葉にサードがいち早く反応した。


「ってことは、初回限定の宝箱は俺のものってことだな」


もうサードは自分の物にする気満々だ。私は呆れたけどアレンは頷きながら説明を続ける。


「難易度は初級から上級で…」


「ちょっとなにそれ。初級から上級って幅がありすぎじゃないの」


アレンの言葉を思わず遮った。


ザ・パーティでは新しい攻略場所ができると雑誌の記者が実際に途中まで攻略し、難易度やどのような敵がいるのかを調べてから雑誌に掲載する。


でもその難易度は「初級~中級」「中級~上級」などの振り分けはあっても「初級~上級」となると意味が分からない。


「なんか途中までは楽に進めるんだけど、途中から一気に難易度が上がるんだって。えーっと『窓を見る限り十階建ての、らせん階段とフロアが交互にある塔。一階から五階までは初級。ただし五階から先が苦戦して一歩も進めず探索終了。中級かそれ以上のレベルでないと先には進めないだろう』だって」


サードは雑誌の内容を朗読するアレンの言葉を聞き終わってから聞いた。


「で、どんなモンスター出るんだ?」

「スライム」


アレンはあっさりと答え、サードが眉間にしわを寄せ聞き返す。


「あ?」

「スライム」


アレンは同じ言葉を繰り返し、サードが信じられねえという顔つきでアレンを見た。


「スライムぅ?」


苦戦した、中級以上だという雑誌の内容なのにその相手がスライム?と私も驚いて耳を疑う。


スライムはモンスターの中でも雑魚中の雑魚だ。その辺の農家のお爺さんだって畑に居るスライムをクワで倒してるし、子供だって棒で突ついて追いかけ回して遊んでいる。


サードはスライム…とまた信じられなさそうに呟いていたが、自分たちを振り向く。


「面白れえな。行ってみるか」


あっさりと次の行先が決まった。

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