リッチ

特殊監視網による発見、急行

 特殊監視網、というものがある。剣吾にはどこがどうなっているのか分からないが、ある程度の「歪み」を認知して外界由来のものを感知するというシステムなのだそうだ。

 で、その監視網に大きな歪みが引っかかったのがつい先程。車でピックアップに来た真文に連れられて、向かう先は郊外の寺だ。


「うちのアホ二人は?」

「その、部活動でどうしても手が離せないそうで……剣吾さんに任せる、とおっしゃっていました」

「あンのアホ共が! 部活なんぞサボりゃいいだろうに」

「そうも行かないのでしょう。玉乃さんは副部長だそうですし」

「ふくぶちょーつったって面倒事押し付けられてるだけじゃねえか。それにキョウは副部長でもなんでもねえし」

「玉乃さんが、その、鏡也さんも道連れにしてやる、と……」

「あー……あぁー……だろうなぁー……」

「納得ポイントなのですか?!」

「うん……」


 諦めの色が濃い。そんな剣吾の顔を見て、真文はやはり困ったような眉で困ったように微笑んだ。


「あの、剣吾さんは、部活動は大丈夫なのですか?」

「あー俺? うん、全然問題ないよ。部活、あってないようなもんだから」

「何部の所属なのですか?」

「TRPG部」

「……TRPG部」

「そりゃもうダイスが唸りまくるわけよ」

「あのぅ、二十面ダイスとか、そういう」

「そうそう。十面が二個の六面が二個の四面が一個、これがギュンギュン唸るわけよ。真文さんやったら絶対ハマるよー」

「こ、これ以上、趣味を増やしてしまうと、大変な気が」

「まーまー、読書の一環としてさ、ルールブック読んでみようよ」

「ルールブック、本ですか!」

「オゥ、いい反応」


 会話などしているうちに車は住宅街を抜け、少し建物がまばらになってきたところで停まる。


「申し訳ありません、少し歩きます」

「結界?」

「はい。神宮の方から協力していただきました。もう少し……あと……八分程度で、高野山の方から遠隔結界が来ます。そのタイミングで入りますのでよろしくお願いします」

「了解」


 車から降り、足早に歩く。現場の寺はすぐに見えてきて、入り口には警官が詰めていた。互いに頭を下げ合うと、もう一度真文は腕時計を見る。


「あと四……いや、三分。準備はよろしいですか」


 一応形として貼ってあった立入禁止テープを外し、正門のギリギリに立つ。真文の付けているアナログの腕時計が分を示し、秒を示し、元来は無かったはずの「時間」なるものを刻んでゆく。


「十秒前…………五、四、三、二、一、ゼロ」


 その瞬間にすかさず一歩踏み出す。電気が弾けるような音がかすかに聞こえ、二人が中に入った次の瞬間に再び同じような音が聞こえた。


「やっぱ同じジャンルの方が結界も強力だね。相性とかあんのかな」

「ええ。しかし、最悪の場合は二重に張っていただくつもりです」

「そうならないようにしなきゃな」

「そうですね。急ぎましょう」


 向かう先は講堂。結界の内部に入ることによってようやく見えてきた「現場」は、分かりやすい程の黒い瘴気に満ちていた。駆けて接近すれば、バチバチと炸裂するような激しい音。

 対象は既に、講堂の外に出ていた。


「お待たせしました、駆除班です!」


 近付けばそれはもう轟音であり、壮絶な光景が眼前にて繰り広げられていた。

 何人か倒れ伏した僧。そして、ただ一人立ち、立ち向かう壮年の僧。二メートルほど上空を睨み付け、片手に錫杖を持ちもう片手で印を組んで、「それ」の動きをなんとか封じようとしていた。格好はごく普通の作務衣だ、本当に唐突な事態であったのだろう。倒れている僧達も同じような状態で、それでもなんとか寺の敷地内に留めておくことが出来たのは彼等の功績だ。

 火花のようにも見える、青紫色の光が稲妻のように弾ける。僧と、相対している「それ」との力が衝突して光になるのだ。その度に風が巻き起こり、寺院の小さな砂利を吹き飛ばす。


 その、約二メートル上空に浮遊するもの。剣吾と真文は姿を見て、ほぼ同時に名を呻いた。


「リッチ……!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る