水鉄砲

 テンちゃんが私を覚えていてくれるのが嬉しかった。

 ずっと心に思ってくれるのが嬉しかった。

 忘れないでいてくれるのが、嬉しかった。

 だけど、でも、――。


 ばしゃばしゃと、ビニールプールに水がはねる。

 民宿の庭に広げられたビニールプールで子どもたちがわあわあと騒いでいる。この大きいプールはテンちゃん家に昔からあるもので、私もちいさい頃テンちゃんと一緒に水遊びをした。島の子どもに私たちと歳の近い子はいなくて、私はいつもテンちゃんと遊んでた。

 それが、当たり前だった。

「着替えるときはしっかり身体拭けよ」

 水鉄砲ごっこで白熱するプールにテンちゃんの言葉は届いてなさそう。でもすっかり監督役が様になっているなあ、と隣で見上げながら感慨深くなる。『私と遊んでいたテンちゃん』ばかり覚えているから、お兄さんしてる様子は少しだけ新鮮だ。

「つめてっ! おい誰だ俺に向けて飛ばした奴!」

「テンジも涼しくしてやんよー」

 笑い声とともにさらなる追撃がテンちゃんを襲う。すっかりびしょ濡れになったTシャツの裾をはたいてテンちゃんは私を通り過ぎていった。『文字通り』、私を通り過ぎていった。

 こっちを向いた瞬間目が合ったような気がしたのは、きっと気のせいなのだ。大丈夫、わかってる。もう何度もそんな錯覚をした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る