010

 入院2日目。

 テクスタントの遠隔授業を終えてしばらくすると橘先輩が来た。



「こんにちは、調子はどう?」


「順調みたいです。明日には退院できそうだって」


「そう。良かった」


「昨日はリンゴをありがとうございました」


「どういたしまして。好きそうだから今日も持ってきたわよ」


「やった、ありがとう橘先輩! 素敵!」



 煽ててみると照れているのか困ったような仕草が可愛い。

 ガキの可愛さじゃない、綺麗だ。

 これが中学1年との違いか・・・。

 いかん、四十路視点で感心して見惚れてしまった。



「・・・橘先輩、ひとつ聞いても良いですか?」


「何?」


「弓道部を、どうしたいんですか?」


「・・・私が部長だから、私の思う通りに動かしてる部活の行く末が気になるって?」


「いえ、そういう意味じゃなくて」


「・・・貴方、九条と仲が良いんだったわね」


「あはは、バレてましたか」


「昨日、ちょっと考えてみて分かったの」



 鋭すぎるぜ、橘先輩。俺の首が切れちまいそうだ。

 俺が弓道部へ足を運んだ理由も既にお察しってか?



「私は、皆に弓道のことを好きになって欲しいの」


「好きになって欲しい?」


「そう。私が弓道を好きなのは、私の先輩のおかげ」



 そうして橘先輩は語りだした。



 ◇



 橘先輩が弓道部に入ったのはたまたまだった。

 親に運動部に入っておけと言われ、でも走ったりするのは苦手で。

 新入生の時に見学した弓道部を見て、これなら、と思ったそうだ。

 特に思い入れがある訳でもないから、練習もそこそこに。

 今の他の部員のような感じだった。


 弓道部は夏の終わり、9月に関東州大会がある。

 そこに向けて合宿をしたりしてみっちりと練習に励む。

 その年、3年生にとても優秀な3人が在籍していた。

 互いに切磋琢磨する姿は1年生の目を惹いた。

 橘先輩はその姿勢に憧れて真剣に取り組むようになった。

 そんな中、橘先輩を特に目をかけてくれた人がいた。

 その年の部長だった人だそうだ。



「その人は弓道だけでなく、女としても尊敬できる人だったわ」


「憧れだったんですね」


「そう、素敵な人だった。一緒に練習するうちに好きになっちゃって」


「!?」



 ちょ、ちょい待ち!

 思い切り百合じゃねぇか!

 橘先輩もナチュラルに語ってんじゃねぇ!



「それで先輩にお願いしたの。大会の個人部門で入賞したら、1日、先輩の時間をくださいって」



 百合じゃなけりゃ甘酸っぱい恋バナなんだがな!

 ともかく、橘先輩は頑張ったそうだ。

 夏の間、毎日、遅くまで部活動した。

 そして関東州大会が来た。

 優秀な先輩3人は見事、団体戦で入賞。

 日本大会へ進んだそうだ。

 橘先輩は州大会で惜しくも敗退。

 団体戦も個人戦も結果を残せず、絶望したそうだ。



「先輩も私の恋心に気付いてたと思うの。けれど、私は告白する機会を失った」



 自嘲する橘先輩の様子から、その結果を知る。



「でも大会の後、先輩が話してくれたの」


「・・・」


「橘が在学中に大会で成績を残せたら1日デートしましょうって。この部活を応援してるからって」



 その部長は語ったそうだ。

 自分たちが弓道を通じて仲間を得たこと。

 こうして一緒に頑張れる後輩がいて、とても楽しいこと。

 大好きな仲間たちを育んだ弓道部が大好きなこと。

 だからこそ、全力で大会に臨んでいたこと。


 その大好きな弓道部を皆も大好きで居てほしい。

 一生懸命に頑張ってくれる貴方のことも好きだから、と。



「先輩は卒業した後、たまに顔を出してくれるの。調子はどうだって」



 きっと、昨年の結果は芳しくなかったのだろう。

 だから今年の大会に賭けている。

 それが橘先輩と部長を繋ぐ、唯一の絆となっている。

 そう推理したところで現状に理解が繋がった。



「それで、中途半端な部員が許せないんですね」


「ええ。もっとも、私ひとりが空回りしてるのも分かってる」


「・・・」


「今の弓道部じゃ、結果を残すのが難しいのもね」



 かなり深い事情まで聞いてしまった。

 こうなると九条さんがどうこうって俺から言えるわけもない。



「貴方は九条のことで話があった。違う?」


「・・・そうです」



 Oh・・・話が戻った。先輩、キレッキレだよ。

 鋭い目つきで俺を見てる。怖ぇぇ。



「こうしましょう。九条が大会の団体戦で成績を残せれば、理不尽な扱いはやめる」


「それって九条さんに直接言うような話じゃ?」


「いいえ? 貴方と話をしたからそれでもいいかなって思ったの」


「・・・最初からそのつもりでした?」


「ふふ、どうかしら。でも今のあの子の様子じゃ団体戦なんて無理。自分から仲間に溶け込んで切磋琢磨してくれないとお話にならない」


「・・・まぁ、引っ込み思案ですよね」



 アルビノの九条さんだ。ただでさえ奇異の目で見られる。

 弓道部でも控え目に行動していたのは見なくても分かる。

 実力が同輩と乖離していれば尚更だ。

 


「でも、今は弓具の手入ればかりさせられてるって」


「それもあの子の問題。1年生で仲間を作れば、平等に分担して平等に練習しましょうって話になるわ。だって、皆の弓具なんだから」



 なるほど。これが九条さんの試練なんだろうな。

 やっぱり最初から俺が手を出す話じゃなかったわけか。



「で。貴方のお願いを聞くなら、私にも何かないと不公平じゃない?」


「え、弓道部の話じゃ・・・」


「だって、貴方が私にそういう話をしに来たんでしょう」


「ぐっ・・・」



 先輩はにやりと悪戯するような笑みを浮かべて覗き込んでくる。

 うっへ。全部お見通しだったってことかよ。



「そうね。それじゃ、私が個人戦で結果を残せたら、貴方の時間を1日、私に頂戴」


「え?」



 ちょっと待て、なんだそれ。橘先輩の先輩とそういう話なんじゃ?



「それじゃ、そういうことでよろしくね」


「ちょ、ちょっと、橘先輩」


「明日、退院だっけ。お見舞いも今日で最後ね。また学校で」


「あの・・・」


「それじゃね」



 呆気に取られてぽかんとしてる間に、橘先輩は踵を返して部屋を出ていった。

 なんか嵐みたいだったな。特に後半。

 そもそも何で俺なんだ・・・橘先輩、百合じゃねぇのかよ。

 鈍感系主人公じゃねぇから流石に分かる。

 助けたことでフラグでも立ったのか・・・。

 でも、わっかんね。

 どうなってんだこの世界の貞操感。

 ゲームが両刀だったから、全員両刀ってことかね。

 そもそも想い人ってひとり・・・じゃなかったこの世界。

 多重婚ありだったよ。

 もしかしてもしかすると、男女複合あり?

 こういうのって何故か検索しても出てこねぇからな・・・直に聞くわけにもいかんし。

 うーん崩壊して来たぞ、俺の倫理。



 ◇



 しばらく悶々としているとまた扉が開いた。

 見れば担任と九条さんだった。

 時刻は16時。

 放課後に準備して来たって時間だな。

 そう考えると橘先輩、かなり急いで来てたんだな。



「調子はどうだ?」


「はい、お陰様で明日には退院できそうです」


「京極さん、お加減はどうですか?」


「九条さん、わざわざありがとう。そろそろ動けるしもう大丈夫だよ」


「何よりです。お見舞いが遅くなりごめんなさい」



 申し訳なさそうに、でもほっとしたのか笑顔を向けてくれる。

 やっぱ癒しのヒロインだ。

 でもクラスメイトは来ないと思ってたけど・・・

 これはアレだな。

 1.担任が風邪という。

 2.九条さんが俺の部屋に見舞いに来るが居ない。

 3.九条さんが担任に問い正す。

 4.入院と判明したので先生に着いて来た。←イマココ



「びっくりしました。風邪と聞いていましたのに入院だなんて」


「あはは、怪我が格好悪い理由だったからね。先生に口止めしてもらってたんだよ」



 事情、話してないよね? 先生。

 ちらりと担任の顔を見ると素知らぬ風を装っている。



「明日は土曜日ですから。退院のお手伝いに参ります」


「手伝いって大袈裟な・・・」


「お怪我はお背中の骨ですよね? まだお荷物は持たない方が良いです」


「大丈夫だって」


「いいえ。ここは譲りません」



 ぷいっと意地悪そうな顔をする九条さん。

 それでさえも絵になる。イイネ!

 九条さん、引っ込み思案なのにこういうところは意外に頑固なんだよな。

 仕方ない、言う通りにしよう。

 絆されたわけじゃないんだからね!



「もう大丈夫そうだな、俺は先に帰るぞ。お大事にな」



 先生は気を利かせたのか出て行った。

 ・・・九条さんは残ってる。

 部活が今日まで休みだから暇なのだろうけど。



「あの、京極さん」


「ん?」


「どなたか、こちらへお見舞いに?」



 お見舞いリンゴを見て九条さんが呟く。

 ああ、そりゃ目立つよな。

 殺風景な病室に置いてあれば。



「うん、友達がね」



 誰だよ友達。教えてくれよ俺。

 橘先輩が来たなんて言えねぇよ。

 ・・・外で遭遇したんじゃねぇよな?

 してたら誰が来たか分かるか。



「・・・そうなんですね」



 うわ、九条さん真顔だよ。能面みたいになったら色白が加速して怖ぇぇよ!

 って、嘘だってバレバレか。

 リンゴ置くなんて女性しかしねぇだろしな・・・。

 普段から一緒に行動してるからな、俺がぼっちなのそりゃ知ってるよね! うわぁぁん!


 何か気まずいので授業の話などを振ってみた。

 でも遠隔授業を受けているので特段の齟齬もなく。

 会話もまばらだ。

 どうして長居してんの九条さん。

 元気って言ってしまった手前、眠いとか調子悪い作戦も使えないし。



「ところで、あれから弓道部はどう?」



 最後の手段、ワタシ ナニモシリマセン作戦だ。



「あ、そうなのです。弓道場の緊急点検になって、今週はお休みになりました」


「え、そうなの?」


「はい。練習が出来ないので、こうやってお見舞いに来られたのです」



 だよね、知ってた。



「あれから橘先輩の様子はどう? 変わってない?」


「・・・はい。いつもどおり・・・・・・です」



 週明けから態度が変わるかもしれない。

 けれどそれを俺から言うわけにはいかない。



「・・・九条さん、さ」


「はい」


「俺、この間、弓道部の様子を見に行ったんだよ」


「そうなのですか?」



 少し驚いた様子だ。

 でも橘先輩と話に行くって約束したのだから不自然ではない。



「それで・・・俺が見た感じなんだけど」


「はい」


「橘先輩って誰にでも厳しいじゃん?」


「はい、そうですね」


「我慢してる1年生同士、ちょっと話をしてみたらどうかなーって・・・」



 結局、ヒントを出してしまった。

 だって・・・何かしておかないと約束破ったことになるじゃん?



「1年生同士・・・ですか」


「うん。共通の敵が居たほうが皆で結束できるかなって」



 ごめん橘先輩。俺の立ち位置を理解してくれ。



「・・・無理にとは言わないけど。何か変わるかもしれないじゃん?」


「・・・はい」



 今度は別の意味で空気重いよ・・・。

 でもここは後押ししないと。



「その、あれだ。例えば俺が九条さんに話しかけたのってさ。気になったからなんだ」


「気になったから? この見た目、ですか?」


「ううん、色白だからってことじゃなくて。ほら、可愛いって思って」



 言わせんなよ恥ずかしい!

 言ってる俺も少し顔が赤くなった自覚あんぞ!

 でもこれは事実だ。じゃないとあそこで話しかけてない。

 あの時は全力で誤魔化したけどな!

 九条さんもちょっとびっくりしたのか少し赤くなってアワアワしている。可愛い。



「でもこの話って、九条さんがあの時、俺に尋ねなかったら分からなかったよね?」


「・・・えっと、はい」


「だからさ、どう思われてるのかなんて、話をしないと分からないよ。見てるだけじゃさ」



 奇異の目で見られて、色々、陰口を重ねられて。

 人の考えていることを知るのが怖くなっている。

 きっと弓道部でも同じはずだ。

 だから同輩とも距離を置いて、ひとりで修練をしていた。

 いくらヒロインと言っても齢13になる年だぜ?

 精神力、そんなに強くねぇはずだ。



「だからほら、ちょっと話をしてみたら何か変わるかも。それで俺たち友達になれたんだし」


「・・・」



 無言んー!

 良いこと言ったつもりなのに滑ったよコンチクショウ。

 空気重いぜ・・・野郎同士ならボディタッチ含めたツッコミとかもできるから楽なんだけど。

 女の子が相手だと難しい。



「ま、まぁ考えてみてよ。アハハ・・・」


「・・・ふふ、分かりました。やってみます」



 ようやく笑ってくれた・・・!

 良かった、これで解放される・・・。



「ありがとうございます」


「え?」


「その、勇気をいただきまして」


「それはほら、友達だし。心配するじゃん」


「ふふ。それなら、明日の退院の付き添いもお友達ですから心配させてくださいね」


「あ、ハイ」



 少し目を合わせて、ふたりで吹き出した。

 心地良い笑いが九条さんの暗い雰囲気を吹き飛ばしてくれたような気がした。


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